お題小説
しずく
呪いをこめてあなたへ
大学生のとき、友人の紹介で知り合ったある女性がいたんですよ。
彼女は容姿はあまり整っていませんでしたが、性格が愛らしくて茶目っ気があり、皆に好かれている存在でした。私達は知り合ったときから気が合い、よく大学で話をしていました。お互いに意識をして付き合いだすまでに時間はかかりませんでした。
告白は私がしたんですが、なにせちゃんとした告白をしたことがなくて、夕方の公園でガチガチになって声が出せない自分を見て、察した彼女が優しく微笑みながら手を握ってくれたことで、やっと好きですと言えることができました。いやはや、彼女には昔から頭があがりません。
彼女は本好きなのは知っていましたが、付き合ってからは特にこの本が素晴らしいとよく勧められていました。ですが、私はいかんせん堅苦しい文章を読むのが苦手で、適当な感想を言って返しては、ちゃんと読んでいないでしょうと怒られてしまうことが日常でした。
大学を卒業してから半年ほどで結婚したのですが、若気の至りといいますか、私が余所の子をひょいひょいとつまみ食いしていましたら、彼女は愛想つかして出て行ってしまいました。いや、お恥ずかしい限りです。
それからは私は心を改め、居酒屋で知り合った女性と真摯にお付き合いして、3年程で結婚いたしました。結婚するにあたり、さすがに前の妻も住んでいたこの場所で今の妻と暮らすのはどうかと思い、私は引っ越しをすることにしました。引っ越しの準備で荷物の整理をしているときに、見つけたんですよ。前の妻が大好きだと言っていた本が。
当時の私はどうしようかと少し考えましたが、彼女へ久しぶりに連絡をとりたくなった私は、携帯電話もない時代ですので、引っ越しが落ち着いた頃にその本とともに手紙を送ることにしました。
「お元気でしたか。引っ越しの整理をしていたらあなたの大好きな本が出てきました。私が持っていても宝の持ち腐れですので、返しておきます。最近冬の寒さが強くなり、風邪をひく人も増えてきましたのでお体には気をつけて」
このような内容の手紙と本を送りました。そしてその1週間後でしたかね、彼女から手紙と、送ったはずの本が戻ってきていました。
「私は元気です。その本は大学のときのあなたの誕生日プレゼントに差し上げたものです。忘れられた怨念とともに送り返しておきますので、捨てるなりなんなりご自由にしてください。あなたこそ、また冬なのにお腹を出して寝ていませんか? 新しい奥さんを大切にしてあげてください」
まったく、彼女には今でも頭があがりませんね。
本ですか? 今でも持っていますよ、怨念と書かれたしおりと一緒に。
お題小説 しずく @ss0w
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