ONE AND ONLY
柚木千耶
ONE AND ONLY①
第1話 ~SIDE Y~
「珠緒(たまお)、飯」
目の前に座る幼馴染である珠緒に声をかける。
はぁ、と溜息をつき項垂れると、少し長めに伸ばしている一度も染めたことのない黒髪がハラリと落ちた。
「……俺はアンタの飯炊き女房じゃ無いんですけど!……今更だけどさ」
そう言って文句を言うくせに、ちゃんと俺の面倒を見てくれるのを知っている。
産まれた病院が一緒で、母親同士も初産で、同じ病室で同じ日に産まれれば放って置いたって母親同士は仲は良くなる。
これで家も隣同士だったら話が出来すぎているのかもしれないが、生憎俺たちの家は隣同士ではなかった。
隣同士ではないが、同じ学区内だったので結構話は出来すぎているかもしれない。
「明日の予定は?」
「それって俺の?善也(よしや)の?」
「珠緒の」
このやり取りだって今が初めてじゃないんだから無意味だと気づけばいい。
溜息なんか吐いて嫌そうに答える珠緒を何度も見てきた。
どうして珠緒は分からないんだろう。
産まれた時から一緒で、いつでも一緒に居て、でも家族ではなく他人。別の個体。別の人間。
珠緒の傍には俺が居なきゃいけなくて、俺の傍には珠緒が居なきゃいけない。
それは高校を卒業して、大学4年になった今でも変わらない事なのに。
「明日はー、先輩がやっと就職決まったからそのお祝いがあるよ。だから明日は俺は善也の面倒見れませーん」
ベーっ、と舌を出して告げられた言葉は俺の気分を害するには十分で。
俺は持っていた茶碗を強くテーブルに叩き付けた。
「またアイツか?」
「アイツとか言わないでよ。ちょっと大学生活ハメを外し過ぎて留年しちゃった先輩だよ」
珠緒の言う先輩とは、俺たちと同学年で去年卒業できなかった人間の事だ。
俺自身とはまったく関わり合いはないが、構内で珠緒と一緒に居るのを何度も見かけている。
俺の傍に珠緒がいない。
あろう事か目の前の珠緒は大学の専攻を俺と別にしたのだった。
その時だって何故だと責めたが、珠緒は『俺たちだってそろそろ離れる準備しなきゃ』と言い放った。
同じ大学に在籍しているのに、会うのはほんの僅か。
幼・小・中・高と珠緒を人から遠ざけ、俺だけが傍に居たのに。
俺が大事に守ってきた珠緒は、俺の手を巣立とうとしている。
「だから善也は彼女さんにでもご飯つくりに来てもらったら?」
「……終わったら必ず連絡しろ。迎えに行く」
「いや、いいよ。彼女さんにも悪いし、俺だって何時に終わるかわからないのに……」
「そんなのっ……!」
誰と居ようが何をしていようが、珠緒から呼ばれれば俺はそれを優先するのに。
珠緒以上に俺の心を占める人間なんていないのに。
珠緒は俺のだから。
そうすれば珠緒だって同じように接してくれる。珠緒は優しいから、俺が与える分俺に与え返してくれるんだ。
「とりあえず、迎えはいいから。連絡はきちんとするよ」
『じゃね』と言って俺のアパートから帰ろうとする珠緒を俺は玄関に立って見送る。
産まれたときから一緒で、いつでも一緒にいて、やっと同じ家に住めるかと思ったのに。
大学進学を機に家を出て、当然珠緒も一緒に暮らすものだと思っていたのに珠緒は俺と一緒に住むことを了承しなかった。
自由が欲しいと珠緒は言った。そして俺にも自由を与えたいと。
だから一緒に住むことはしたくないと。
本当は今日だってまだ返したくなかったが、そうしたら珠緒の自由はなくなるからその選択をしない。
一人になった部屋はひどく寒く、そして広い。
俺は電話を片手に、明日の予定を埋める存在を探し始めた。
珠緒じゃないのなら誰でも同じだから、別に誰だって構わない。
「あー、もしもし?」
電話越しに聞こえる少し高めな女の声。
長く聞いているのも耳障りだ。
早く明日が終わればいい。
そしたら珠緒はまた俺のところに帰ってくる。
珠緒の居ない明日は長いなと思いながら、珠緒の作った飯を口に運んだ。
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