第28話狐族の村


 盗賊の拠点を出発して三日が経った。

 周りは木々に覆われ獣道を縫うように馬を進める。

 木々は俺が前世で知っているようなサイズではなく、直径が二メートル以上のものばかりだ。

 森はどこを見ても目印になるようなものはなく、右を見ても左を見ても緑が広っている。

 盗賊達はよくこんな道を迷わず進み、奴隷狩りなどやっていたと感心してしまうほどだ。


「見えてきたぞ」


 レイアの指差す方を見ると、木製の柵があり、その奥には木々が周りよりも少し少なくなって、開けた場所が見える。

 木々の上に木製の小屋のようなものがあり、また木の下にも同じような小屋が見える。

 木の上にはツルや木の板などでできた梯子のようなものが掛かっており、別の木への通路のようになっている。

 映画やゲームの中でしかありえないような光景だ。

 木でできた柵の辺りまで来ると、門の奥にいた二人の狐族の男がいた。


「レイア様!! ご無事でしたか!!」


「ああ、我は無事じゃ。他にも行方不明になっていた三人も一緒にいる。村に入ってもいいかの?」


「ええもちろん!! ですが、その後ろの者は?」


 レイアの無事な姿を見て喜んでいた男は、俺とラーズを見るとあからさまに警戒したようなそぶりを見せる。


「サーリャは知っているじゃろう。後ろの二人は人族だが、我を助けてくれた者じゃ。警戒せずとも良い」


「なるほど、そうでしたか。レイア様を助けてくださりありがとうございます。どうぞ、領内にお入りください。おい、族長達にこのことを先に行って伝えてきてくれ」


「はい! 了解しました!」


「では参ろうか」


 村の中でレイアの姿を見たのもが次々と嬉しそうな声を上げる。

 それに答えるようにレイアも手を上げ微笑みを向けている。

 この村ではよほどレイアは愛されていたのだろう。

 本当に間に合ってよかった。

 俺達は村の中心の大樹の上にある家に通された。

 どうやら族長の家、つまりレイアの家らしい。

 中は絨毯が敷かれた部屋になっていて、中心に大きな机がある。

 その奥の席に一人狐族の女性が座っていた。

 美しく、どこか儚げな印象のその女性の容姿はレイアにとてもよく似ている。多分レイアの母親だろう。


「ようこそいらっしゃいました、狐族族長シルファでございます。どうぞお座りください」


 シルファの言葉に従うように、レイアはシルファの近くの奥の席に座り、俺はサーリャに勧められるままに、シルファとちょうど正面の位置、いわゆるお誕生日席に座った。


「まずはお礼を、この度は娘と部族の者を助けて頂きありがとうございます。失礼ですが、お名前を教えて頂いてもよろしいでしょうか」


「セイン・レイフォードと申します。エルレイン王国で最近貴族になった家の長男です。この度エルレインで奴隷とされていたサーリャを解放し、ゼルガルド王国の猫族領に送っている途中、盗賊団に遭遇しなりゆきで本拠地を落とすことになり、レイアさんを救出した次第です」


「詳しい話は私から」


 サーリャが俺の言葉に続けるように、ラーズが盗賊だということだけを隠し、今の状態を事細かく説明していく。

 奴隷になった経緯や、奴隷狩りをしていた盗賊団、その手口。

 奴隷商の話や、犬族の関与、猫族へ向かったロベルト達の話。

 表情が読めないように見えたシルファの顔色は、少しずつ悪くなっていった。


「なるほど……。この度の失踪の件、何かおかしいと思い、秘密裏に猫族族長と話をしていて良かったです。もしそれがなければ、策略にはまり戦になっていたでしょう……」


「ええ、族長が戦を反対しているという話は聞いていましたので、慎重な判断にとても助けられました。それがなければきっと戦を止めるのは間に合わなかったでしょう」


「ですが、なぜ私達獣人を助けてくれるのですか? エルレインの国は商人の中に獣人を快く思ってくれる方もいますが、多くの人は奴隷としてしか見ていないでしょう。ましてあなたはその考えを広めている貴族側の方でしょう」


「簡単な理由ですよ。僕が獣人のことが好きだからです。それに種族が違うからって差別するような考えを私は持ちません。今のエルレインの女王や僕の家の当主である母もそういった考えの人間です。まぁ残念ながら貴族の大半は今シルファさんが仰ったような考えを持ってしまっているのは間違いないですがね。それに僕も奴隷制度を否定してるわけではありません。罪があるものが奴隷になるのは特に何も思いませんから、ですが、理不尽に奴隷にされたのであれば話は別ですけどね」


「獣人が……好き……ですか……」


 何かを考えるような表情のシルファ。獣人が好きな人間はやはり珍しいのだろう。


「私も罪がある者が奴隷になるのは仕方ないと思ってます。実際ゼルガルド王国にも人間の奴隷がいますからね。もちろん全員罪を犯した者達です。ともかく理由は分かりました、この度は本当にありがとうございました」


 シルファは俺に深く頭を下げる。

 先程までの探るような表情は解け、少しだけ和らいだ表情が見える。

 俺の助けた理由は曖昧だったろうが、実際に助けているのだ、信じてくれたのだろう。


「ありがとうございましたはまだ早いかもしれません。まだ奴隷商と犬族族長に報いを与えないと」


「いえ、そこまで手を貸していただくわけには、先ほどの話で奴隷商の現れる場所と時間は分かりましたしこちらで捕まえることは可能でしょう。犬族族長も我々獣人の問題です。これ以上ご迷惑をおかけするわけにはいけません……」


「いえいえ、私は手を貸すのではないのですよ」


「えっと、どういうことでしょう?」


「単純な話です。僕はサーリャの事を大切に思っているし、獣人の方が大好きです。だからそれを虐げた奴らを許しません。個人的な憂さ晴らしと思ってもらえれば大丈夫です。あとこれは希望なのですが、できれば奴隷商の身柄を頂きたい。他種族を復讐でもなく一方的に虐げるとどうなるかという見せしめに使いたいので」


「な……なるほど……。すごい力をもった魔術師とのことですので、手伝っていただけるのであればありがたいです」


「気にしないでください。では猫族領に向かってそちらにも援軍を頂きましょう。情報が正しければ奴隷商が来るまであと十二日程です。急ぎましょう」


「はい。ではすぐに精鋭に準備させます。その間に食事など用意させましょう、少しでも休んで頂ければと思います」


「ありがとうございます」


 盗賊の拠点で奴隷商を待ち構えるのにそんなに数はいらない。

 情報ではいつも奴隷商は十人前後の人族の護衛と、犬族の族長もしくは幹部、そして犬族の精鋭十人程らしい。

 狐族と猫族から少し数を出してもらうだけで十分に対応できるだろう。

 そうこう考えていると料理が運ばれてきた。

 当たり前だがみんな狐耳に狐尻尾の女性だ。そして総じてみんな可愛いかったり美しい。

 レイフォード家を継ぐのも選択肢の一つだが、もし自由にしてもいいなら獣人国で冒険者でもやりながら住むのもいいなぁ……。

 狐族の女性ばかりをみていたらサーリャが拗ねた顔でこちらを見ていた。

 よしよし、一番はサーリャだよ。俺はサーリャの頭をなでる。

 その様子をみていたレイアが驚愕の表情をしていた。


「ん? どうしました?」


「私の知っているサーリャは男に頭をなでさせたりしないのじゃが……。むしろ求婚してきた者をことごとく」


「レイア」


「す……すまん……。なんでもない忘れてくれ」


「サーリャ、そんなにレイアさんを怖がらせちゃだめだよ」


「す……すみませんセイン」


 レイアは俺達がイチャイチャしている光景を恐ろしいものを見るような眼でずっとこちらを見ていた。

 レイアの感じをみる限り、サーリャはきっと男に触れさせるようなことをしない子だったのだろう。

 そう思うと自分が特別な存在と思えてうれしい。やはり別れたくないなぁ……。


 レイアやサーリャとのやりとりに夢中になっていた間に料理が机に並びきった。

 バーニャカウダのような感じのソースに、生野菜が置かれているもの、焼かれた野菜が美しく並べられたもの。

 鳥だろうか? 肉を香りの強い野菜で包み蒸した料理や、ステーキのような豪快に焼かれただけのもの。

 川が近かったから川魚だろう、こちらも綺麗な焼きめがついて香ばしい匂いが漂っている。

 全体的に野菜が多いが、どれもつやがあっておいしそうだ。

 レイアのどうぞという声を聞き、俺は料理に手を伸ばした。


 美味い。すんごく美味い。野菜は前世で食べていたものの味が薄まっていたのではないかと思うほど濃厚な味だ。

 このソースはなんだろうか。塩気がきいていて野菜の濃厚な旨味を邪魔せず高めている。

 肉は普通に美味い。だがこちらは普通に前世でも食べたことのあるような感じだ。野菜のようにパンチがきいた感じではない。

 しかし、旅の間ほとんど干し肉だったからだろうか。手が止まらない。

 魚も薄い葉のようなものが皿の上に敷かれていたが、その葉の香りが魚にしっかり付いていてすごく上品な香りだ。川魚のさっぱりとした味とマッチしている。

 

「レイア、料理どれも本当においしいよ。特に野菜がすごく美味い、獣人国だと野菜はこんなに味が濃くておいしいのかな?」


「我は獣人国から出たことがないから聞いた話しかしらんが、人間の商人にはよく売れるぞ。獣人国でも奥地のこのあたりや猫族領でしか採れんらしいがの」


「なるほどなぁ。いやありがとう。御馳走様でした」


「喜んでもらえて何よりじゃ、母様の支度が整うまでは、その辺でくつろいでくれ」


「じゃあお言葉に甘えて少し横になりますか」


「ええセイン」


 当たり前のように横になる俺のとなりで同じく横になるサーリャ。

 レイアはまた少しギョッとしたが慣れてきたのだろう、ため息をはいて部屋の外に出て行った。

 さすがに疲れたのだろう、柔らかい絨毯の力もあいまって俺はすぐに眠りについた。


 しばらくして目が覚めると、俺の横でサーリャが俺を見ながら微笑んでいた。

 寝顔を観察されていたか……。不覚……。

 そんなサーリャの額にキスをして、俺は体を起こす。

 丁度そのタイミングで部屋の扉が開いた。


 そこにはまるで巫女服のような恰好をしたシルファとレイア、そして後ろには何人もの狐族の女性がいた。

 あの服は戦装束なのかな、そういえばレイアを助けた時はボロボロでよくわからなかったが、あんな恰好だったきがする。

 しかし変形巫女服だからだろうか、妙に色っぽいつくりになっている。大きく開いたスリットや、少し緩めの胸元に目が釘付けだ。


「お待たせしてすみません、準備ができました。猫族領に向かいましょう」


 そうして俺達は狐族の村を後にした。


 






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