第26話盗賊達の住処.
辺り一面の木々をかわしながら、足音に気を付け慎重に斜面を登っていく。
静けさが支配する中、虫の音だけが小さく響いている。
頬をなでる風が心地よく、澄んだ空気が俺の疲れた心を癒すようだ。
今この山を登っている理由を考えなければ、きっと心地よい気分だったろう。
前を進む二人は山になれていない俺に合わせるように速度を落としつつ、辺りを警戒している。
サーリャが俺を気づかうのはわかるが、ラーズも俺を気にかけているようだ。
正直裏切りらないかとかなり注意しているが、あれだけ力の差を見せたのだ、どちらに付くのがいいか理解したのだろう。
とはいえ俺は油断などしない。
前世の世界と違い、こちらでは命がたやすく消える。
そうこう思っている間に、前を進む二人の足が止まる。
ラーズの指が指す方向には、松明を照明として設置し、見張りが二人立っている洞窟があった。
見張りは茂みに隠れた俺達に、まだ気付いていないようだ。
ラーズは俺にそっと近づき耳打ちをしようとする。
まだ警戒している俺は、ラーズが近づくのを手で静止させ、ジェスチャーで伝えるように指示する。
少し気を落としたように見えるラーズに少し悪い気もしたが、そう簡単に信用するなど思っていないのだろう、すぐに気を戻しジェスチャーを始めた。
内容はジェスチャーでも簡単で分かりやすかった。
声を上げさせることなく、二人を始末したいという内容だ。
中の盗賊に気が付かれないようにしたいのだろう。
気が付かれて乱戦になれば、最悪捕えられている狐族の者達が人質にされかねないし、正しい判断だろう。
俺はそっと風の刃を作り出し、ブーメランのように弧を描くように飛ばた。
風の刃は木々の間を縫うようにすり抜け、二人の見張りの首を落とした。
首の落ちる音や、体が倒れる音がしないように、体と頭を風で受け止め、そっと地面に置く。
「じゃあ行きましょう」
もう殺しを躊躇するようなこともなくなった。そして恐怖の目を向けられるのにも慣れてしまった。
少しずつ自分がおかしくなっているのではないかと思うこともあるが、殺らなければ殺られる。
気を引き締めなおし、二人を引き連れるように、松明が照らす洞窟に向かい歩を進めるのだった。
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洞窟の中は思ったよりも広かった。良く考えれば五十人以上の人間が拠点として使っているのだ、広いに決まっている。
一定間隔でロウソクが置かれているが、距離が遠く薄暗い。
洞窟の中には横穴がいくつかあり、そこには寝具だろうか、布などが散乱している。
ラーズ曰く、俺が殺した連中の寝床らしい、幹部はもっと奥の部屋にいるらしく、また洞窟内を慎重に進む。
大きくカーブしている長細い道を進むと、少しずつ笑い声が耳に入ってきた。
気取られないように、少しずつ歩を進めると、カーブが終わり前方への道と横穴に別れている場所に着いた。
横穴からは先ほどまでと違い明かりが通路に差し込み、男達の笑い声が響いている。
直進方向は先ほどまでの道と同じで一定間隔にロウソクが並んび道が続いていた。
壁に背を預け、ゆっくりと横穴を覗くと、先ほどまでにあった横穴の空間とは違い、大きな空間があった。
そこには盗んだであろう銀貨が入った袋や、煌びやかな武器、そして、これも盗んだであろう旨そうな肉を食いながら楽しそうにしている二十人程の男達がいた。
「それにしてもこの仕事に就いてからかなり儲かったな」
「ああ、狐族と猫族は犬族と違って珍しいし高く売れるしな、最初奴隷商から話を振られたときは乗り気じゃなかったが、こりゃあやめられねえよ! ですよね頭!!」
「犬族の奴らが奴隷商と一緒に来ているときは、決して犬族を馬鹿にするなよ。あいつらはプライドが高いし殺されるぞ。まぁ向こうも狐族と猫族が衰退して、獣人国のトップを狙える上に、自分達の奴隷被害をそっくりそのまま擦り付けつつ金も稼いでかなり美味い思いをしてるし、少しくらい失言しようが許すとは思うがな」
「どっちも得をする、本当笑いがとまらないっすねぇ!!」
「ッハハハハハハハ」
サーリャの頭に青筋が出ている。今にも飛び掛りに行きそうだ。
サーリャの頭を俺の胸に引き込み、ゆっくりと頭を撫でる。
少しずつ強張っていた体から力が抜けていくのを確認する。
ラーズの方に顔を向けると、ラーズはジェスチャーでこの先に捕らえられている者達がいることを教えてくれた。
ここで奴らと戦闘になり騒ぎが起きれば、牢屋に番人がいた場合、捕らえられている者達が危ない。
俺はサーリャに牢屋の方に向かって貰うように指で示した。
サーリャは頷くと物音を立てないよう、かつ迅速に横穴の前を通り過ぎる。
「ん? 何か今……」
一人出入り口方面を向いていた者が、一瞬の内に通り過ぎたサーリャに気づきかけたが、酔っているからだろう、目をゴシゴシと手で拭い、また肉を食べ始めた。
きっと俺だったらあんなに物音をさせず素早く動くことは出来ない。身体強化をしたとしても、足音などを消したりするのは身のこなしの問題で、きっと俺は大きな音をたてるだろう。
やはりサーリャの身のこなしは凄まじい。俺も魔力の膨大さでかなりの力を持っているが、魔法に対して耐性を持っている奴や、魔法を打ち消す魔道具なんかを持っている奴が出てきたらきっと容易く負けるだろう。
この旅が終わったら体術や剣術も本格的に修行しようと思いながらも、洞窟の奥からサーリャが倒した男達のものであろう、悲鳴が聞こえるとともに、俺は横穴の前に立ちふさがった。
「やあやあ、こんばんは、盗賊の幹部の方々、いい夜をお過ごしでしょうか?」
悲鳴に気づき、牢屋に向かおうと武器に手をかけていた盗賊達が、身構えるように構えたが、俺の姿を見てすぐに警戒を解いた。
「だれだこの小僧は」
「ぼくちゃんここは危ないところだよお? おじさん達の中にはねぇ、捕まえた女に手を出せないから男でも良いってやつもいるからねぇ」
「そりゃお前だろうが」
「ッハハハハハ」
「まぁとりあえず牢屋の方で何かあったみたいだし、そこをどいてもら」
こちらに向かいながら話していた男の首が飛ぶ、狙いた通り、頭と呼ばれていた男の足元に首が落ちる。
「皆さんは僕を怒らせることをしました。なので、死んでもらいます」
再び警戒するように素早く構えを取る盗賊達、やはり幹部なだけある。
一人死んだ瞬間に全員が今にも向かってきそうなほどの殺気を放っている。
洞窟内では空間も狭いし得意魔法の中では風の刃以外は使いづらい。距離も近いから一斉に向かってこられたら危険だろう。
洞窟内で得意の大規模な火魔法を使えば酸素が少なくなって自滅しかねないし、風と火以外の魔法は、戦闘で使用したことが無いため、いきなり実践で使うのは不安だ。
悠長に出て行かず、奇襲するべきだったか……。
どうも最近自分が強いと思って余裕を出してしまう。今後は気をつけなければ……。
まぁ四の五の考えても仕方ない。風の刃以外も使いつつ戦うしかないだろう。
「俺達がお前になにかしたのかな? それともさっきの言動に怒ってるのか?」
思考を巡らせていると、頭と呼ばれていた盗賊がこちらに質問を投げてきた。
どうやらいきなり戦闘ってわけではないらしい。
「身内が一人あなた達に捕らえられて、エルレインの変態貴族に売られたんですよ。まぁもう救出しましたけどね」
「なるほどなぁ。あのクソ奴隷商……。獣人国の人間に見られないように匿える人間にしか売らないとか言っておきながらしっかり足着いちまってるじゃねえか」
なるほど、確かに見つからないように自分の領地に囲ってしまえば、発見される危険もない。
カンザスが俺達に堂々と見せびらかしてしまったのは、あの街自体、奴隷以外に獣人がいないからだろうし、まさか俺達エルレイン側の人間が、わざわざ危険を犯して首を突っ込むはずもないと思うだろうしな。
そう思うと、あそこでサーリャを見ていなければ、今後も奴隷被害は増えただろうし、きっと獣人国も犬族が支配したのだろう。
残念ながら俺の目に止まってしまったからには、そんなことにはさせないけどな。
「まあエルレインの人間が、首を突っ込むと思ってなかったのでしょうね。まぁおしゃべりはいいでしょう。そろそろ戦いますか?」
「いいのか? お前魔法使いだろう。この距離でこの数に攻められれば死ぬのはお前だぞ?」
「あなたが話しかけてくれたおかげで作戦も練れたし、魔力も練れました。この時間がなければもっと苦戦したでしょうが、残念でしたね」
魔法は要は状況判断と発想だ。地形や場所、必要とする魔力、敵の数、陣形、色々な要素の中で最適なもの自分の手札から導き使用する。
飛行魔法などで相手の攻撃が届かない場所なら、適当でも大丈夫だが、こういった状況では、一瞬の判断を間違えないことが魔法使いの強さにつながる。
あの盗賊の頭は、戦闘経験の殆どが開けた場所の殲滅戦しかしてこなかった俺に、この状況を考える時間を与えた。敗因をあげるならここに尽きるだろう。
「ぬかせガキが」
頭の言葉とともに駆けてくる盗賊達、一瞬で距離が詰まっていく。
対する俺は手に練りこんだ魔力を横穴の壁に押し当て開放した。
「アースウォール」
土魔法の中級では基本の魔法だ。名前の通り土や岩の壁を作る。ただそれだけの魔法。
一瞬の内に横穴の出口が分厚い岩に覆われ盗賊達の出口が無くなった。
考えれば簡単だ、出れなくなればこいつらはいづれ餓死する。
中級土魔法では本来ここまで地形を変化させたりはできない。
今のように壁を作ったりも出来るが、普通は厚さ三十センチくらいが限度だ。
しかし俺には膨大な魔力がある。要は魔力の大きさで無理やり分厚い岩の壁をつくったのだ。
正直練った魔力はトルネードウォールの半分近くも使ったが、中級魔法だからだろう、このくらいの壁しか作れなかった。
練った魔力から、もっと分厚い壁になると思っていたが危なかった。
もしもっと薄い壁ができていたら、下手すると破られていたかもしれない……。
偉そうに話しておきながらミスってたら、すごい恥ずかしいところだ……。
「クソが!! おい、ありったけ剣持って来い!! この岩を崩すぞ!!」
岩の壁に僅かに開いた隙間から声が聞こえてくる。
「そんなことさせると思ってますか?」
俺はゆっくりと魔力を練り、部屋の中心に向けて魔法を放つ。
俺が狙ったのは食料が置かれていた部屋の中心だ。
そこに大きな火球を出現させる。
「その部屋の食料は焼きました。そしてその部屋の酸素はどんどん失われていきます。まぁ酸素っていっても通じないと思いますけど……。あとはこの壁を補強してついでに隙間をなくせばジエンドです」
「待て!!! 取引しよう!!! ここには銀貨が大量にある!!! 全部あわせれば金貨百枚はくだらないはずだ!!!」
「あー。金貨百枚か……。埋めるには惜しいですね……」
「だろう!? 全部やる!! だから助けてくれ!! 決して騙したりはしない!!」
「残念でした。俺はサーリャを奴隷に貶めた奴らを許したりしません。一度死んで後悔してください。怖がらなくても大丈夫です。来世は必ずありますから、今度は正しく生きることをお勧めしますよ。まぁ自分の中の正義の為とはいえ人を殺しまくっている僕が言えた義理ではありませんけどね」
「いいからだせよ!!! 出してくれ!!! 出して…… 出してくれえええええええええ!!!」
「さようなら」
土魔法で出口を補強し完全に塞ぐ、後ろにいたラーズにも常に注意していたためかなり神経を使ったが、裏切ることはなかった。
振り向くとラーズは真っ青な顔をしていた。
「ああ、さっきはああ言いましたけど、ラーズ君は助けてあげますよ、約束しましたしね。さあ行きましょう」
ラーズの肩を叩き洞窟の奥へと進む。ラーズは青い顔のまま俺の後ろをついて来るのだった。
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洞窟を進むと牢屋が並ぶ場所にサーリャと狐族と思われる女性四人がいた。
見張りは二人だったようだが、どちらもすでに事切れている。
「サーリャご苦労様。こっちも片付いたよ。彼女達は無事かい?」
彼女達のもとに近づくと、乾いた音とともに、俺の頬に痛みが走った。
「寄るな人間!! 我らは人間の男なぞ今は見たくないのじゃ!!」
どうやら頬を叩かれたらしい。ジンジンと痛む。
俺……親父にもぶたれた事無いのに!!!
なんて言ってみたいところだが、どうもそんな空気でもなさそうだ。
人間に捕らえられた彼女達に無神経に近づいたのは不味かったな、少し考えれば分かることだ。
そんなことを考えているとパンとさっきよりも大きな音が洞窟に響き、俺を叩いた子が地面にへたり込む。
「恩人に……。セインになんてこと言うの!!! 謝りなさい!!!!」
凄まじい形相で睨みながら叱り付けるサーリャの声が洞窟内にこだまする。
地面にへたり込んだ子は突然のことで頭が回らないのだろう、サーリャを見上げながら、驚いた表情をしていた。
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