第15話魔法の杖、ソフィアとサーリャ
思い立ったら即行動。
台風の目こと王女ソフィア様の来訪の翌日、俺は王宮の前にいた。
門前の兵はこちらをみて膠着している。
「どうも、セイン・レイフォードと家族のサーリャです。ソフィア王女殿下のご招待で伺いました」
膠着するのも無理はないだろう。
小さな子供が魔導士の証であるローブを着、後ろには獣人を差別するこの国の人間ですら、息を飲むほど美しい猫族の女性が、薄い水色のドレスに身を包み、王女の招待で王城に招かれているのだ。
セインにも驚いているのだろうが、門兵はサーリャに釘づけの様子で、ゴクリと生唾を飲んでいる。頭の中ではさぞお楽しみなのだろう、下卑た表情が隠せていない。
「すみませんが、僕は家族と言いました。あなた方はレイフォード家の家族にその様な表情を向けるのですか?」
「も、申し訳ありません!!」
「分かれば結構です。もう通ってもいいでしょうか。」
「はっ!! お通りください!」
不快な気分を押さえ込み門を抜け、王城までの長い石畳を歩く。
城の扉の前では、筆頭王国戦士長が俺たちを待っていた。
「この間は挨拶する間もなく、申し訳ない。筆頭王国戦士長のアイザック・アルベルトだ。宜しく頼む」
「セイン・レイフォードです。こちらこそ宜しくお願いします」
ごつごつとした手に握手を求められ、そのまま受ける。決して丁寧な言葉遣いではないが、真面目な気質が、声色と態度から現れている。
「案内を仰せつかっている。ついてきてくれ」
導かれるまま城に入り、小さな廊下に入る、まるで迷路のような分岐を何度か曲がり、地下へ降りる。
地下は石で周りを覆われた通路になり、一定間隔のろうそくを頼りに進む。
このまま殺されたりしないよな……などと不安を感じ始めたのは俺だけじゃなく、サーリャも俺のローブを掴みながら、手を震わせている。
どこまで続くのか不安になってくるほど長い時間通路を進み、目の前にようやく鉄の大きな扉が現れ、ゆっくりと扉が開く。
「待っていたぞ、アイザックご苦労だった」
中から現れたソフィアは、手招きするように俺たちを部屋に導くと、そこにはあたり一面どこを見渡しても杖だらけの空間が広がっていた。
すべて銀でできている大振りの杖。
神聖な気を覆っているのだろうか、美しい木に小さな魔宝石をちりばめられた杖。
金でできた蛇の造形で、蛇の口に大きな魔水晶がはめられている杖。
「ここは杖の宝物庫でな、長年歴代の王が集めてきたものだ。せっせと名品をため込んだ割に、ほとんど使われることもない」
「いっそ売り払おうかと思ったのだが、王が宝を持たないなどありえんと反発を食らってな。だが飾られているだけでは杖も可哀想であろう。セインが気に入ったものをやろう」
「ありがとうございます。でもこれだけあると選ぶのもたいへ……」
数々の名品と思われる品々が並ぶ中、ある1つの杖から目線が外せない。
それは八歳の俺にはとてももてそうに無い大きな杖、全面ほとんど黒に覆われ先端はまるで斧のようになり、片面が刃のように鋭くなっている。
斧部分の中心には杖全体とは対照的に、金色に光る宝玉が埋め込まれていた。
その杖か斧かはたまた両方を意図して作られたのか、一見ではわからないアンバランスさに、漆黒で染められた全体に、金の宝玉という対照的な色彩。
惹かれるようにしてその杖に吸い寄せられる。
杖をつかんだ瞬間、杖から発せられっる閃光。
「うおっ!?」
魔力を押さえ込むと同時に光の発光が収まる。
「その杖は何だったかな……すまんな、私も宝物を把握しきれていなくてな、この中では比較的高価な杖ではないことだけは、目録をみて分かるのだが……」
「これにします。何か惹かれますし、強い力も秘めてると思います」
「そうなのか?」
「まぁなんとなくなんですけど。でも今の僕じゃあ魔力を常に体内で活性化させて、身体能力をあげないと、とても持ち運びできそうにないですね」
「そうだろうな、セインの背丈より全然大きいし、重さも相当だろう」
「まぁこのくらいの魔力量で持てるなら、三日くらいは魔力切れの心配はなさそうですけど」
「アイザック、身体能力を強化する魔力活性は、魔法を使えない者でもできるのだったな」
「可能です。むしろそうでなくては上級騎士にはなれません」
「ふむ。それを踏まえて聞くが、身体強化というのは三日も続けられるものなのか?」
「いえ、戦いの中の一瞬一瞬に力を使うようにしなければ、すぐに魔力が切れるでしょう。力の上げる割合にもよりますが、魔力活性の維持は私でももって半刻というところです」
「……なるほどな」
「陛下、これにしてもよいですか? 直感を信じようと思いますので」
「いいぞ、持って行け、ここにあっても錆付くだけだ」
「それはそうと、獣人国にはいつ出発するのだ?」
「明日には立とうかと思います。まだこのエルレイン王国に獣人国……いやゼルガルド王国が攻めていない理由は、人間に捕まったという証拠がないという理由だけだと思います。ばれた瞬間即開戦が濃厚でしょうから、急がないと。」
「苦労をかけるな……カンザスの奴はこっちでたっぷり絞ってやるから安心しろ」
「それと……サーリャだったか?」
不意にサーリャの方に向きかえり歩を進めるソフィア。
それと相対するように怯えた様子で一歩づつ後ろに下がるサーリャ、一歩、また一歩と少しずつ距離が近づいていく。
何をしようとしているか分からない俺とアイザックはただ見ていることしかできない。
壁際の杖にサーリャがぶつかり、杖が倒れ、追い込まれたサーリャは頭を両手でかばい縮こまる。
さすがに止めに入ろうとした俺はアイザックによって押し留められる。
「サーリャ……本当にすまなかった。愚かな者達を御し切れなかった私の責任だ」
自分を優しく包む体温に、サーリャもゆっくりと目を開ける。
自分の顔の横には、薄っすらと涙が滲む美しい顔が映る。
徐々に抱きしめる力が強くなり、薄っすらと浮かんでいた涙が頬を伝う。
耳元では「すまない」という言葉を、まるで懺悔のように繰り返しているソフィアがいた。
突然のことに驚いていたサーリャだったが、震えが止まらない手で、ゆっくりとソフィアを包み返す。
言い訳などもせず、国の人間達が見下す種族に対して、王でありながら涙を流し、謝罪することができるソフィア。
人が近寄るだけで体が震えるような恐怖から未だに立ち直れないのにもかかわらず、許しを請うソフィアを許すようにそっと抱き返すサーリャ。
二人は神が与えた人という存在の本当の美しさ、尊さを教えてくれる。
俺はこの世界に来て、初めて涙を流した。
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しばらくしてソフィアとサーリャの対話が終わると、二人はすっかり仲良くなった。
若干の硬さが残るものの、ソフィアはサーリャのサラサラの髪やふわふわの耳をなでながら、地上に戻る道を談笑しながら進む。
俺だけが触っていた場所をほかの人間に触られるのは正直少し嫉妬したが、女性同士がイチャイチャしているのも、これはこれで眼福だ。うん。
ソフィア達と別れ、王宮の門から城門を目指す。
まぶしい日差しに目を細めつつ、サーリャの手を握り進む。
先ほどの光景を思い出しているとふと、古い記憶がよみがえる。
記憶の片隅にある、懐かしい記憶、一部だが国の中核をなす人間達のいい加減で無責任な態度。
「記憶にございません」
「秘書が行ったようで」
「事実をしっかりと調べてから」
繰り返されるそんなニュースに俺は政治にかかわるものを見ることをやめた。
政治に関わる者などに期待や感心などできない。
だがこの国にはソフィアがいる。
しばらくすればエレナやリーナも民のために力をふるうだろう。
素晴らしい人間達が身近にいること、素晴らしい王がいる国に生まれたこと、この世界で生きられることに感謝しながら、俺は王城を後にした。
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この世界に感謝し、人々に期待し、獣人国に向かった俺は、その希望を打ち砕かれるように、人々の闇の部分を心に深く刻むのだった。
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