私を忘れてしまえばいい
ずっと、ずっと。
多分あの日から、ずうっと。
私は、お前から離れたかったんだ。
自分から切り離されていったモノが何だったのかを理解した時には、もう遅すぎた。
何もかも、遅すぎたんだ。
それしか方法がなかったことも、解かる。
お前が、私を失いたくなかったことも。
自分の居た世界が消えて失くなってしまう恐怖と、新しい世界で、たった一人ぼっちになってしまう恐怖。
ただでさえお前は、あの世界では孤独だったのに。
私だけが、お前にとって
お前は、自分が孤独になるのが耐えられなくて、私をこの世界に繋ぎ止めた。
私は、多分とても大切だった何かと引き換えに、この世界に繋ぎ止められた。
その『何か』が。
今こうして、お前と私を苦しめる事になるなんて。
なんて、皮肉なんだろう。
なんて、滑稽なんだろう。
私から切り離された、何か。
それは、私の記憶であり、過去であり――私の生きた、証しだった。
お前は私を失くしはしなかったけれど。
私は、『私』を失ってしまったんだ。
私がとても大切にしていた、もうひとりの『私』の記憶。
思い出せないのに、感情だけが、ふとした瞬間に込み上げてくるのだ。
私が想っていた人達が、居た。
私を想ってくれていた人達が、居た。
確かに、その人達は居たはずなのに、私は彼らを、何一つ思い出せない。
欠片ひとつも、思い出すことは出来ない。
出来ないのだ。
無邪気に笑う私を見て、お前が酷く辛そうな顔をした時に。
お前が私に対して、一体何をしたのか。
私からお前が、何を奪ったのかが、解ったんだ。
私の記憶の中のお前は、とても無邪気に、優しく笑っていた。
まだ、私達が子どもだった頃。
何も知らない、ただの子どもだった頃。私達は同じような顔で、笑っていたのに。
――笑って、いたのに。
世界中でたったひとり。私と血を分けたお前。
私はお前が、とても大切だった。それは今も変わらないし、きっと永遠に変わらない。
それはお前だって、同じだろうに。
愛しているが故に。
愛されているが故に。
お前と私は、もう傍には居られない。
お前を見る度に、私は辛くなるんだ。
お前の苦しそうな、罪悪感に苛まされる表情を見る度に、私も辛くなるんだ。
だってお前は、私のたったひとりの、家族だから。
愛しているから。
私がお前の前から居なくなれば。
お前は、いずれ私を忘れるだろう。
私は本来、この世界には居られない。
私は存在はするけれど。私は誰かの記憶に留まり続けることは、出来ない。
私が誰であったのか。私がお前から離れてしまえば、きっと私を忘れられるだろう。
そうすれば、お前はきっと、罪悪感に苛まされることも、泣きそうな顔で笑うことも、なくなるだろう。
私はお前に、笑っていて欲しかった。
この世界でたったひとりの、姉弟だから。
お前が望んだから、私はこの世界に留まったのだろう。
だから。
私は、お前に笑っていて欲しいんだ。
私が、私の存在がそれをさせてくれないのなら。
私はお前の傍には居られない。
お前が私にした事を、お前自身が、許せないと感じてしまうのであれば。
――私がお前を、許せなくなってしまう前に。
お前は私を、忘れてしまえばいい。
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