短編

はむちゅ

小さな約束

 浮遊病。もしくは、流星症候群スターダスト・シンドローム

 僕達が生まれる少し前に、この星にひとつの流星が落ちてきて。

 流星は地面に辿り着く前に、大気圏で燃え尽きて消えてしまったのだけれど、当時はとても大きなニュースになったらしい。


 その流星が、この星に残した置き土産。それが浮遊病だ。

 この病気の大きな特徴は、2つ。


 ひとつは、海抜の低い所——ざっくり言うと、地上——では、いわゆる『溺れた』状態に近くなる。流星の粒子に身体が反応して、その濃度が濃い場所では、身体が水の中にいるような感じになるらしい。だから、ふわふわと泳ぐように、移動する。

 それが浮遊しているように見えるから、浮遊病。


 そしてもうひとつ。

 それは、『存在を忘れられてしまう』という症状だ。


 少しずつ少しずつ、その人の事を思い出せなくなってしまう。

 僕達だって、忘れたいわけじゃない。でもその人と会わなくなると、段々と忘れてしまうのだ。

 名前も顔も、その人が誰だったのかも。



 忘れてしまうのだ。

 どれだけ親しくても、好きだったとしても。

 ——忘れたくないのに。覚えていたいのに。





「私なら大丈夫。あなたが私を忘れたって、私はあなたを覚えているもの」

 そう言って、君は笑った。

 君はベランダの手摺に座り、僕はその隣で、手摺に寄りかかって。


 二人で、冬の夜空を見ていた。

 星座を辿りながら、取り留めもなく話を続ける。

 嫌味なほどに、月は綺麗に輝いていて。


 きっと僕は、今日を忘れることは無いだろうと。

 絶対に、忘れるものかと。

 そう思ったのに。




 あれは、オリオン座。その隣が牡牛座。

 オリオンの足元には、エリダヌス座。


 星と星を繋ぎあわせて、君の指先が星座を辿る。辿りながら、その星座にまつわる物語を聴かせてくれる。

 話し続ける君の声を、忘れるものか、忘れてなるものかと。

 必死で記憶に留めようとして、僕はもがく。



 泣きそうな僕の顔を、瞳を。君は真っ直ぐに見つめて、言う。



「私は、あなたを忘れないよ。……だから」

 だから、安心して——忘れてね。



 そう呟いた君の顔を、僕は——忘れたく、なかったのに。

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