第4話 神々の黄昏
俺が目を覚ますと、真っ白に壁を塗られた部屋の中心でベッドに寝かされていた。
この部屋に有るのはベッドと書棚、そして作業用の机とPC。
拉致されて軟禁状態ってことか。服も何時の間にか入院患者みたいな白い服になっている。
俺の能力を使う為の実験でも始まるのだろうか。非人道的な実験による能力の調査なんて、能力バトル物ならば有りがちな展開だ。
だがしかし、そんなことはどうでもいい。俺の頭の中は別のことで一杯なんだ。
「やらかしたな……」
瞼をつぶれば今も見える。
椋は泣いていた。
ティナも泣いていた。
俺は俺の迷いのせいで、大切な二人を泣かせてしまった。
ああ、あのバカ共め。こんなことになるくらいなら最初から神だの何だの無視して、適当に馴れ合っておけばよかったのだ。
奴らも自分の奉ずる神々が敵対関係だったらああまで敵対する必要なんて無かっただろうに。
信じていて生活に支障をきたす神など早々に捨ててしまうに限る。
「とはいえ……その適当な慣れ合いも出来なければ、神を信じることもない男に、こんなことを言われた所で響く訳も無いか」
俺は後悔している。
俺にはまだ出来ることが有った筈なのにそれを出来なかった。
「俺は……」
そう言いかけた時、部屋の壁の一部が自動ドアのように開き、椋が入ってくる。
「やあ緑郎、元気になったかい?」
「……椋か」
「少し、話をしたくてね。隣良いかな」
「好きにしろ」
椋はそれを聞くと、部屋に有った作業用デスクについていた椅子に座る。
俺も不機嫌でこそあったが、それを友人にぶつけることはしたくない。まずは大人しく話を聞いてやるとしよう。
だがその前に一つ聞きたいことがある。
「……なあ椋」
「どうしたんだい緑郎」
「お前、お前が仮面ハスターだというなら……仮面ハスターの起こしたっていう殺人事件は……。いや、はっきり聞こう。お前が人を殺したのか?」
椋はそれを聞くと優しく微笑む。
「あの女も居ないし、本当のところを話そうか。僕としては殺すつもりだっただけど、この支部で生け捕りにした後はブラザーフッドの本部に送ったよ。支部長の方針でね。子供に人を殺させたくないんだとさ。自分はガンガンやってるくせにさ。甘いよね、ほんと」
「そうか、少しホッとしたよ。お前の上司の甘さが俺の精神衛生を守ってくれたみたいだ」
椋はそれを聞いて嬉しそうに頷く。
「君に嫌われずに済んだなら、支部長の言うことを聞いた甲斐が有ったかな」
「例え殺していたとしても咎めはしないよ。こんな能力を持った連中を野放しにしておく方がよっぽど怖い。むしろお前一人にそんな重圧を背負わせることの方が……」
「ありがとう緑郎。君は本当にお人好しだ。邪神の娘相手に執着するのはそれが原因かい?」
「かもな。ただそれだけじゃない。俺は不器用で、その気もないのに他人を傷つける。だから人間じゃないものと一緒に居れば幸せになれるかもしれないと思ったんだ。だが結果は――――」
結果は、このザマだ。
「だが? なんだい?」
「あいつも人間だった。俺達人間と変わらず泣いて笑う生き物だった。俺はあいつを不幸にしてしまった」
最初に会った時はもっと邪悪な何かだと思っていたのに。話せば話すほど良い奴だった。
まるであいつの人格があの晩を境に変わり始めたかのように。
「そうかもしれないね。確かにあの邪神は感情表現のパターンが人間に酷似していた」
「やはりそうなのか?」
「多分、君のせいで彼女が変化している」
「俺!?」
本当に変わってたの!?
隠れていた優しさとかじゃなくて!?
「君の“理想の物語を付与する
「あっ、ああっ……!? ああああああああああ!!」
恥ずかしさのあまり頭を抱える俺。
あえて魔法少女と言わないところに友情と優しさを感じるよ。ありがとう椋。
「だがそうだとすると合点がいく! 妙に人懐っこいと思ったよ!」
「そうか……洗脳されていたのは君じゃなくて彼女ってことか。先に洗脳されていたからこそ操れなかったのか? いやまあ良い。精密検査の結果を合わせると、君が邪神による暗示や催眠を掛けられている可能性は低いそうだ。良かったよ、そこは本当に良かった」
「……いや、待てよ」
「どうしたんだい?」
浮かんでいた疑問が一つ解決すると、あとはパズルがカッチリと嵌まるみたいに理解が連鎖していく。
「洗脳……そうだよ。だからあいつル・リエーから追放されてたんだ! 洗脳された同胞なんて危険因子だもんな!」
「なにそれ? 聞いてないよ。あの子が追放されたなんて。てっきりクトゥルーによる侵略の尖兵か何かだとばかり……だったら保護すべきかもしれないね」
この雰囲気だとティナはブラザーフッドに捕まらずに逃げたみたいだな。
となると俺を取り返す為に身を隠しているか、それとも見捨てて何処か別の契約者を見つけに行ったか。
できれば前者であって欲しい。
ともかく居ても立ってもいられない。急いで彼女を迎えに行くとしよう!
「俺は邪神だの化物だのよく分からん。だが、俺は俺の読者の期待は裏切らん。あいつは俺の読者で、俺を迎えに来ようとしている……と俺は信じている! それを邪魔するなら今からでも押し通るからな!」
椋はわざとらしく肩を竦める。
「何言ってるのさ緑郎。自分一人じゃ戦えない癖に」
「ふっ、ふん! こういう時は既に良い感じの知恵が回っているものだ!」
「はいはい分かった分かった。君が自分で思う程に悪知恵回るタイプじゃないのは僕が一番知ってるからさ」
「だ、だったらお前はどうする!」
「好きにしろ、そして裏切られなよ。それで死にそうになったならば……僕が助けてやる」
思わぬ解答に俺はたじろぐ。
一応、この状況を脱する為の作戦が無いではなかったが、こんな簡単に椋が俺の自由な行動を許可するとは。
「こんな事言っておいてあれだけど……そんな気軽に俺を手伝って良いのか? この組織がそれを許すのか?」
「僕にはブラザーフッドの一員として、あのティナと名乗る邪神、そして君自身の
「オッケー任せろ! 何せ俺はやかましい! そういうのなら大の得意だ!」
いつもの俺達の雰囲気に戻ってきた。
とびっきりバカで、とびっきり粋がってて、とびっきり最強な男子高校生って奴の雰囲気だ。
思春期特有の万能感、でもそれも悪く無いだろ?
だってそれを実現する
「不思議だよね。君の話には夢がある。聞いているとワクワクして、なんだかちょっと付き合ってみたくなるんだよ。きっとそれが君の力だ。夢を見る力、本当なら多くの人が子供の時に失ってしまう筈の力。それが君を突き動かし、その特異な
「夢物語を語るならば俺に任せておけ。誰よりも面白いものを、最高の物語をこの世界に描き出してやろうじゃないか。我こそは
「良い返事だ。まずはどうする?」
「ティナを探す!」
「よし、それじゃあ――――」
椋の言葉は中断される。
俺達の居る部屋が大きく揺れたのだ。
「Dr.マリニー! 何が有ったんですか!」
椋がそう叫ぶと部屋の壁から突然モニターが現れ、白衣を身に纏った白人の男性が映し出される。この組織の研究者といったところか。
「ムク! 君は無事か! 話は後だ。これを見てくれ!」
モニターの映像が切り替わる。
一見して何も無い空き地を白髪桃瞳の少女が歩いている。
少女の背後には無数の怪物達。今朝見たのと同じ蛙や魚人、虹色に輝く泡、その他諸々の異形の生命が統率の取れた動きで少女に付き従っている。
ああ、あれは!
「お、おい……! 椋!」
「暴走してるみたいだね。神の力を使って、一人の人間の為に戦おうとするなんて……矛盾しているよあの邪神は。もう邪神とは呼べないかもしれないね」
あまりの事態に俺は言葉を失う。
すぐに地面に穴が空いたかと思うとそこから機銃が伸びて、少女に向けて火を噴いた。
「やめろ!」
だが映像の向こうに俺の叫びが聞こえる訳が無い。
無数の鋼弾が少女に向けて飛翔し、同じく無数の異形が少女の盾になる。
しかし異形が倒れたと同時に少女のすぐ近くの空間が歪んで別の異形が現れる。
俺の目にもこれではキリがないことは分かった。
「正体不明の魔力反応が接近中。少女のような姿だが、反応からすると
俺と椋は顔を見合わせる。
「お、おい……椋。あれは」
「そうだね、君の可愛い可愛い神様だ。健気にも君を取り返しに来たみたいだ」
軽口と裏腹に、椋の口調は重い。
俺はベッドに拳を打ち付ける。
「くそっ――――ティナ! 何をしているんだ!」
白い髪と桃色の瞳の少女は、夕日を背に、カメラの方を振り向く。
俺の声が聞こえたのか?
そしてそれだけで三千世界の命を磨り潰しかねない凄惨な笑みを浮かべ、こう言った。
「待っててねロクロー。今、迎えに行くから」
ああ……お前こそ待ってろティナ、今迎えに行く。
【第四話 神々の黄昏 完】
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