「右」を何と説明しますか?


          「右って、何?」


あなたはそう質問された時、なんと説明しますか?

お箸を持つ方が右でお茶碗を持つ方が左、と説明するでしょうか?

確かに、日本では昔からそのような説明をされてきたでしょうが、これだと箸を使わない国の人には説明できませんし、左利きの人ならば逆になるのではないでしょうか?

なので、この説明では「右って、何?」の答えにはなりません。

では、次のような説明ではどうでしょうか?

相手の右手をつかみ、「こっちを右手」と言い、次に相手の左手をつかみ、「こっちを左手って言うんだよ。」と説明する。

この説明はダメですね。まず、相手と向かい合っている必要があるので、電話やメールではこの説明では通じません。そもそも、右とは?の答えを知りたい相手に右手がどうのこうのというのは、説明になっていない気がします。ならば、物を使った説明はどうでしょうか?

例えば、手元にあった紙の本。例えば、小説でもマンガでも国語辞典でも雑誌、もしくは教科書でも。その4分の3くらいのあたりを開いてみる。偶数のページの方が右、奇数のページの方が左という説明はどうでしょうか?

これも当然、本によって開き方が違うので説明にはならないでしょう。

ここまできたら、「ググれ」と言いたくなるかもしれませんが、ネット環境のないところでは説明になりません。

「右」という当たり前のことを説明することはとても難しいものです。

では、どういった説明をすれば誰もが納得する説明になるのでしょうか?



「ねえねえ、この船の名前って何だっけ?」

「ヴァルダス号だよ。」

「さすが、お父さんは物知りだね。」

息子の私に向けたキラキラした目に微笑み返す。

私は、船に乗るときにもらった表紙にでかでかと「ヴァルダス号」と書かれた文字とその横の大きな砂時計(この船のシンボルである)が表紙の案内のページをめくる。表紙の次には船の施設がどこにあるかということが、船の階層図とともに書かれている。デッキや船内レストラン、バーからトイレの場所までざっくりとした図ではあるが実に分かりやすい。もう一回ページをめくると船内レストランで食べられるメニューについて書かれている。料理について簡潔に説明されている。そのほかのページにも船内の施設について簡潔に書かれている。長々しく書かれていないのが実に良い。この船を選んでよかったなと思う。

「ねえねえ、お父さんあとどれくらいで着く?」

「んー、そうだな、青いキラキラしたのが下に落ちてるのが見える?」

「うん。あれ気になってたんだよね。あれ何?」

「実はな、あれを見れば次の場所までどれくらいで着くかわかるんだよ。あのキラキラが全部下に落ちたら、着きましたよ、っていう合図なんだよ。」

「へえー、すごーい。あと、もう少しだね。」

息子はキラキラした目をあの下に落ちるキラキラの機械、砂時計に向ける。

子供の頃には、色々なものに興味が行く。私が、小さかった時もそうだったなと、自分の息子を見て思う。私もこの船に初めて父と乗った時、あの砂時計について、「ねえねえ」と聞いていたなと思う。私の父は、なんにでも質問してくる私に答えは返してくれてはいたものの、中には困惑した「ねえねえ」もあったらしい。

「ねえねえ、あの花はなに?」

「ねえねえ、あのシュワシュワっていうの何?」

「ねえねえ、キラキラは何?」

中でも一番困った質問が、「ねえねえ右ってなに?」らしい。

確かにこの質問を子供にされたら、困るなと思う。


私の場合、子供の頃に抱いていた色々なものへの興味が大人になった今でも続き、それがいまの私の職業、研究者につながっている。私はいま、星についての研究をしている。星には、まだまだ解明されていない部分がたくさんあり、私の興味を刺激してくれる。


だがしかし、今回は息子との船旅を楽しもうと思う。昔、私の父が連れて行ってくれた船旅が私の研究者という職業につながっているように私の息子にもこれが何かしらの将来につながってくれたらなという思いもある。


目的地までどれくらいか砂時計に目を向けると、残り僅かというところだ。すると、船内にアナウンスが流れる。

「もうすぐ、到着いたしますので乗客の皆さんは席にお座りください。」

すると、空いていた周りの席に乗客たちが座っていく。

乗客が全員座ったところで、船はスピードを緩め、やがて停止する。

「着いた?」

息子は今すぐにも外に出ていきたいらしい。

「着いたけど、アナウンスがあるまでもう少し待ってね。」

降りる準備をしていると、船内にアナウンスが流れる。正直、私も息子と同じように早く外に出たいとワクワクしている。

「さあ、降りるか」

「やったあ」

私たちは、早足で乗降口へと向かう。この時の私の目は息子と同じようにキラキラしていたかもしれない。

外に出てみると多くの人が行きかっている。

「ねえねえお父さん、あの人たち僕たちと一緒だね」

息子の視線の先に目をやると、私たちと同じくらいの年齢であろう親子がいる。親子の会話が聞こえてくる。


「お父さん、渋谷って人がいっぱいいるね。」

「そうだね、お父さんから離れないようにな。」

「はーい」

「ねえねえ、この横断歩道大きいね。」

「そうだね、これはねスクランブル交差点って言うんだよ。あ、そうだ信号を渡るときはどうするんだっけ?」

「んーとね、なんだっけ?」

「よしじゃあ、お父さんと一緒にやろうか。信号が青になったら右見て左見て、もう一回右見る。で、車が来ていないのを確認して手を挙げてわたる。覚えた?」

「ねえねえ、お父さん右ってどっち?」

「お箸を持つ方だよ、こっちこっち、お父さんが指さしているほう。」

「ねえ、右ってなに?」

「えーと、ちょっと待ってね。」

スマホの辞書で「右」と検索してみると「北を向いたとき、東の方」と出てくる。子供にこれは伝わらないよな、と思う。はあ、とため息をつくと信号が青になった。息子の方を見れば、右見て左見てもう一回右見てをしっかりやっている。なんだよ、分かってるじゃん。


親子が手を挙げながら信号を渡っていくのを私はじっと見つめていた。

「ねえねえ、『ミギ』って何?」

私の息子が聞いてくる。

「なんだろうなあ、お父さんも知りたいな」

「え、お父さんも知らないの?だってお父さん地球についていっぱい勉強してるんでしょ?」

「そうなんだけどな、地球にはまだまだ分からないことがいっぱいあるんだよ。言葉もまだまだ謎だらけなんだ。」

「ふーん」

息子は地球について興味をもってくれただろうか?私が子供のとき、父に連れられてきた星、地球。そこで私は地球への興味がわいた。

ふと、上を見る。「109」と書かれた建物の上に停まっている私たちの乗って来た船は、私たち乗客には見えているが、この地球の生物には見えない特殊なコーティングがされているらしい。今日は研究はやめて、息子と楽しく過ごそうと思っていたがそれにプラスして地球の色々な調査もしてみようかな、と思う。まだまだ、船旅の時間はあるし。

次に行く星、グラメイタも楽しみだ。


興味が止まらない。







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