延長戦2.番外編その4:何かを調べようと思った時に気を付けたいこと

【前置き】

 またまたご無沙汰しております。

 この原稿を書いているのは、二〇二一年の九月上旬。前回の更新から一年以上が経過しています。

 予想通り、コロナ禍は未だ収束を見せず、ワクチン接種や治療薬の開発が進むも、まだまだ「不断の努力」が必要な状況のようです。


 私事になってしまいますが……この一年余りで、私も様々なものを失ってしまいました。

 個人情報なので詳細は書けませんが、決して取り戻せない、かけがえのないものも失いました。

 得ることもあれば失うこともあるのが人生とは言え、中々にこたえるものがあります。

 せめて、この世界的災害だけでも早期に収束してほしいと願ってやみません。


 そういった思いも込めて、久々に本作を更新することにしました。



【本文】

 さて、今回は特定の言葉についてではなく、言葉の意味を含んだ「調べもの」、特にネット検索などを使って何かを調べようとする上で気を付けたい事について、取り扱いたいと思います。


 昨今、スマホの普及もあり、日常的に「ネットで検索して調べる」機会が非常に増えてきています。

 本作「間違えやすい日本語表現」にも、毎日のようにスマホ+検索エンジン経由のアクセスがあるようです。ありがたい事です。

 スマホ一つで言葉の意味から歴史上の出来事、今晩の夕食のレシピまで調べられるのですから、まったく便利な世の中になったものだなぁ、と老人のような感想を漏らすことも少なくありません。


 しかし、この便利なネット検索には気を付けなければならない「落とし穴」もあります。


 例えばある方が、〈39.『「下さい」と「ください」は意味が異なる』という誤解〉でも取り上げた、「下さい」と「ください」の違いについて調べようと思ったとします。

 その場合、検索ワードは『下さい ください 違い』のような感じになるかと思いますが……お暇な方は試しに検索してみてください。私が指摘した「間違った」解説を載せたWebサイトが、沢山出てくると思います(苦笑)。


 「Google」等の検索エンジンは独自のアルゴリズムによって、検索ワードと検索結果として表示するWebサイトの整合性を判定し、表示順位を決めています。

 大手検索エンジンのアルゴリズムは優秀ですが、「よりアクセス数が多いWebサイトが正確」と判断してしまう場合もあり、誤った情報の拡散を助長してしまっているケースが見受けられることもあります。


 言葉の意味を調べたい場合には、通常「コトバンク」等の信頼性の高い辞書サイトが優先的に表示されるはずですが、上記の「下さい」「ください」は元々「公用文のルール」であり、辞書に載るような意味の違いはありません。

 辞書に載っていない=辞書サイトにも当然載っていないものを表示できる訳もなく、結果として「公用文のルール」を「言葉の意味の違い」と勘違いして解説した、「間違った情報」を掲載したWebサイトばかりが検索上位に表示されてしまう、という残念な事態が起こってしまいます。


 そして困った事に、このように「検索上位に誤った内容を掲載したWebサイトが表示される」現象は、珍しいケースではありません。

 分かりやすい例を挙げると、俗に言う「謎マナー」が該当するでしょうか?


 曰く「徳利からお酒を注ぐ場合、注ぎ口から注いではいけない」、曰く「上司の印の横にハンコを押す時はお辞儀させるように傾けるべし」、曰く「『了解いたしました』を目上の人に使うのは失礼」etc......。

 どこの誰が言いだしたとも知れぬ、この「謎マナー」。もちろん、上記のようなマナーなど存在しないのですが、何故か拡散力がやたらと高く、ビジネス系サイトから雑学系個人ブログまで、幅広くもっとらしい紹介記事が書かれています。


 その結果、何が起こるかと言えば、「謎マナー」を初めて耳にした方が「本当にそんなマナーがあるのかな?」とネット検索すると、そのマナーを紹介したWebサイトが大量に出てくる事になり……人によっては、そのまま鵜呑みにしてしまいかねません。

 あからさまに怪しいマナーならば疑う余地も生まれるのでしょうが、時に「ありそう」な謎マナーも存在するので、実に厄介です。


 特に「『了解いたしました』を目上の人に使うのは失礼」は言葉の意味も捻じ曲げているので、悪質ですね(苦笑)。

 この点については、二〇一六年の時点で国語辞典編纂者の飯間浩明氏なども苦言を呈されています。


参考URL:

https://twitter.com/IIMA_Hiroaki/status/741895366618927104?s=20


 最近では「謎マナー」の怪しさに対する認識が広まったこともあり、このように識者が否定コメントを出したり、マスコミ各社が検証してくれたりするので怪しいWebサイトばかりが表示されるケースも少なくなりましたが……「謎マナー」は日々、いずこかで生まれている様子。

 イタチごっこの日々が続きそうです。



 さて、これら問題は誤った情報を広める人々や検索エンジン側の責任と言えるのですが、ユーザー、つまりネット検索を利用する我々の側の「ミス」で誤った情報ばかりを引き出してしまう事もあります。


 例えば、ある映画について評判を調べようと思った際、皆さんはどんな検索ワードを使うでしょうか?

 作品名と「評判」というキーワードの組み合わせならば比較的ニュートラルな検索結果が出てきそうですが、「つまらない」だとか「酷い」だとかいうネガティブワードとの組み合わせで検索したら、果たしてどうなるか?


 それこそ、検索する人がその映画にあまり良い印象を持っていなかったら、ネガティブな言葉との組み合わせばかりで検索してしまうのではないでしょうか。

 それで表示された検索結果は、本当に信用できるものでしょうか?


 「確証バイアス」という言葉があります。

 これは、自らの考える仮説や持論、信念に、反証となる情報を無視してしまう認知バイアスの一種を表すものです。

 お馴染み「デジタル大辞泉」によれば、『自分の願望や信念を裏付ける情報を重視・選択し、これに反証する情報を軽視・排除する心的傾向』とされています。


 何かについて調べようとする時に、先入観が邪魔をして本来必要である情報を見逃したり、はたまた無価値だと誤解して無視してしまう訳です。これでは「正しい情報」にアクセスできるはずがありません。


 これはネット検索に限らず、書籍やフィールドワークで調べものをしている際にも起こりうる現象です。自分の仮説に拘るあまり、意識的あるいは無意識的に、それにそぐわない記述や事象を見落としたり無視したりしてしまう訳ですね。


 かくいう私も、とある言葉の意味について調べていた際、無意識的に自分の中の「思い込み」を補強するような情報ばかりを集めてしまい、誤った内容をそのまま掲載してしまいそうになった事があります。

 途中で間違いに気付いたので最悪の事態は回避できましたが、あのまま掲載していたらと思うと……ゾッとします。


 特にネット検索の場合は、先述のように自分で選んだワードで検索する為、自分が望む検索結果「だけ」が上位に表示されてしまう状況が起こりやすい環境ですので、注意が必要です。

 「どのWebサイトも同じような事を書いているから、恐らくこれが正解なのだろう」と考えてしまった覚えがある方も、多いのではないでしょうか?


 もちろん、例えば科学的な定説などは「どのWebサイトも同じような事を書く」でしょうが、それは出典・論拠を同じくしているからです。膨大な知識と時間をかけた研究結果などが出典になっているからこそ、ある程度の信用がある訳です。

 「謎マナー」のように根拠不明なものの場合、いくら多くのWebサイトが扱っていても信用してしまうのは危険でしょう。


 「言葉の意味」の場合は、お馴染みの「デジタル大辞泉」や「コトバンク」のように信頼性の高い辞書サイトや、スマホアプリ版「広辞苑」や「大辞林」も存在するのですから、横着してGoogle検索などから辿るのではなく、直接そちらを使うことを強くお奨めいたします。


 検索エンジンから本作に辿り着いてくださった方々も、本文だけ読んで納得されるのではなく、私が出典として挙げている資料も直接自分の眼で確認して、見識を確かなものとしていただきたいと、切に願います。

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