セイ女が街にやってきた・1:ぷろろーぐ

@Nes

第1話 ぷろろーぐ

天使の世界だって、そりゃまぁ税金とか法律とか労働とか、色々あるんだよ。生活して(食っていく)ためにわね。

私もそれなりの大学出て、地方公務員なんかやっちゃって、それなりに手堅く食って(生きて)たんだ。


だけど・・・


あの日は、中央から熾天使が来るっていうんで、役所全体が異様な雰囲気でさ、普段顔を出さない三役やら地方議員やらまで登庁して(出て)きやがって、どいつもこいつも名刺片手にもみ手で顔を引きつらせてやがんの。


で、えらっそーな乗り物から降臨(お)りてきた熾天使(おエライ天使サマ)ってのがビックリでさ、素っ裸なんだ。信じられるか?お上品にすましたおキレイなツラのすぐ下にバカでっけぇ乳ぶら下げて、くびれた腰からあざとくでっぱったケツとそっから伸びたご都合主義的に細くて長ぇ脚ときたもんだ。美人で頭よくて偉かったら変態でもわたっていけるのかね、世の中ってのは。


そんでよぉ、このクソ熾天使が何つったと思う?

聞いて驚けよ、っつか聞いてくれよ、


「日本地区の爾媚淫行課は本日をもって一時閉鎖。再開は未定。職員は即刻免職としますわン」


って、本当にその一言だけで私の配属先だった爾媚淫行課(じびいんこうか)、通称「すぐヤる課」は閉鎖になっちまった。信じられるか?安定だけが売りの公務員が、露出狂のお偉いさんの一言でいきなり無職にされっちまったんだぞ?!私の将来設計どぉすんだよ?!


・・・


あの、もう夜遅いんで、大声出すならよそへ行ってもらえます・・・?

それが、僕が彼女に向けて発した最初の言葉だった。


RF現代篇

石鈴大(いすず・まさる)の場合

プロローグ:性女が街にやってきた・1


冷蔵庫から勝手に取り出したビールを片手に、勝手に開けたスナック菓子をかじりながら、全身網タイツ姿の金髪変態女は延々と愚痴り続けていた。歳はアラサーくらい?肉付きが良い蠱惑的なボディにはそそられるものの、背中にはコウモリのような黒い羽があり、床には彼女の尻尾らしいものがその精神の腑抜けっぷりを表すようにだらしなく垂れさがっていた。コスプレ、露出狂、不法侵入。居直り強盗もここまで来ると、警察よりも心の救急車を呼んだ方がいいんじゃないかという気すらしてくる。


「あの、それ食べたら帰ってもらえますか?」

言いつつ、この不審な侵入者を一瞥する。卑猥だなぁ。

この部屋はマンションの4階にある。深夜二時。当然、戸締りもしているし、簡単に出入りできるわけがない。彼女がいつ、どのように部屋に侵入してきたのかはわからない。深夜の原稿作業を中断して、冷蔵庫に麦茶を取りに行こうとしたら、すでに今のテーブルで飲んだくれていた。兎に角、出て行ってもらわないと。

僕は原稿作業に戻ることもできず、四畳半の真ん中に置いてあるテーブルにつっぷして酒臭い息を吐いている変態と意思の疎通を取ろうとした。

「なんだよ手前ぇ、大人の話はちゃんと聞いとかないとダメ人間になっちゃいますぞぉ」

「お前みたいにか」

「ぎゃーっはっはっはっは!こいつは一本とられてしまいましたーって、ざーんねーーんっ!わ・た・し・は、人間ではありまっせーん!」

昭和のコントかと思うようなコッテコテな振る舞いをする変態女の胸元で、かるくHカップはあるかというおっぱいがはずんでドッとテーブルに着地した。すげぇ、巨乳ってこーなってるのか。いやそうじゃない。

「警察呼びますよ」

「おーう呼べ、呼べ!パワーでもドミニオンでもなんでも呼んで来やがれってんだー!公僕同士、宮仕えのつらぁぁいお話を共有したいと思っていたところれすよぉ」

もう呂律が回っていない。

いかん。このままではここで寝られてしまう。急いで警察を呼ばないと、いらん誤解を生みかねない。全身網タイツ、これ、ボディストッキングでいいのか?に悪魔のコスプレ姿の、金髪爆乳の酔っ払いが、いきなり家に入ってきて酔いつぶれようとしている。これ、朝になってこの女に騒がれたら、警察や近所の人はどっちの証言を信じるだろう。僕はまごうこと無きこの部屋の借主で、普通の大学生だけれど、その、なんだ・・・エロ漫画とか描いてるし・・・。


厭な想像が脳裡を掠めているうちに、変態は酔いつぶれて寝てしまった。

とはいえ、実際は少しほっとしていたりもする。

最初こそ驚いたものの、この愚痴は既に一時間近く続いており、更に先ほどから同じ内容がループしていた。酒癖が悪いのか、アタマをやられてしまっているのか、いずれにしてもこれは立派な不法侵入であり、この後に美人局やら厄介なトラブルやらに発展しかねない危険な事象だった。

時折、とんでもなく不穏だったり卑猥だったりな寝言を口走る彼女をしり目に、僕は事態を正確に伝えるために何度か台本めいたメモを書いて話を整理し、通報を済ませる。30分もしないうちに警察がやってきて、変態は寝たまま連れていかれた。



警察に事態を説明していたら、調書らしいものを書くので、明日、交番か警察署に行く羽目になってしまった。明日は講義が無いから昼前まで寝ていられると思って作業をねばったのに、闖入者のせいでそうもいかなくなった。

戸締りを確認して、シャワーを浴びる前に水を飲んで一息つく。

「なんだってんだよ、もう」

リュウケンはダイジョウブ、と筆書きされたプリントの入った湯呑をテーブルに置く。透明なテーブルには、網目が入ったおっぱいの後が薄く残っていた。



翌朝、交番よりも近くにある警察署に行った。

「石鈴大(いすず・まさる)さん、20歳、大学生・・・あの部屋には一人暮らしですか。いや、大変だったね」

事務的ですらなく、臆面もなく面倒くさそうに聴取を進める中年の警察官の態度は、被害者への労りやら配慮やらにかけているようにも思えた。こちらを舐めているのか、態度が横柄で、無駄に威圧感があった。

「ああいうマンガさ、俺もたまに読むけど、大学入ったんでしょ。うちの娘じゃ入れないような難しい大学入れてもらって、こういうことして親に申し訳ないと思わないの?」

若者向けに砕けた言い方をしているつもりかもしれないが、デリカシー方面にまったくもってしくじったこのおっさんをどうしてくれよう。

ともあれ、こんなところで変に突っ張って目をつけられても面倒くさそうなので「はぁ、本当なガ○ダムとかファイブス○ー物語とか描きたかったんですけど、他に仕事も見つからなくて」とか、弁解じみた余計なことを喋ってしまう。

「真面目にアルバイトでもしろよ」

「いや、そういことじゃなくて」

「あ?じゃあ何?」

舌打ちをかみ殺す。

「漫画家の仕事で・・・」

「君あれだろ、持ち込みとかしてんの?漫画家にしたって、もっとあるだろ、ジャンプとか、マガジンとか」

じゃあ何で手前ぇは警視庁のキャリアでもFBIでも無ぇんだよ。しょぼくれた三下の木っ端役人なんかやってるなら埋立地でパ○レイバーでも動かしてろ。

警察官ってのはどうしてこう感じが悪いんだろう。

後で知るのだけれど、警察官ってのもキャリアでも無けりゃ公務員試験は下から数えた方が早いくらいには程度が低い。おまけに、これも後で痛感するのだが、警察学校という場所は全国の学校の中でも有数の事件発生率を誇るチンピラの職業訓練校のような趣きがある。当然、検挙率の高さにも影響される数字なのだろうが、警察とヤクザは兄弟とはよく言ったもんだ。

「はい。もう行っていいよ」

邪魔だからどっかいけ、的な感じでかったあるそうに立ち上がったおっさんは、一応ドアを開けてくれた。

「あぁ、そうだ。君に会いたいって人が来てるから、受付によっていけよ」

どこまで横柄なんだ、てめぇのクソガキでエロ漫画描いてばら撒いてやろうか。

は、飲み込んた。

代わりに「どうもお手数おかけしました」軽く頭を下げて取調室らしき部屋を後にして、軽く迷いながら受付に辿り着き、今度はあんまり美人でもなけりゃ感じも良くない女性職員から待合室のようなところに案内された。


待合室に入ると、長い銀髪を三つ編みにした、サングラス姿の長身の男が待っていた。

この男には見覚えがある。

東雲業汰(しののめ・ごうた)。僕が住んでいるマンション「エフQ11」の大家さんである。

「いやぁ、済まなかったね」

僕を見るなり立ち上がった業汰さんは190㎝近くある。細身ながら立ち上がると迫力があるものの、口を開くと覇気のかけらも感じられない。ダメ人間特有のオーラを垂れ流している業汰さんは、僕に昨晩のことを説明し始めた。

曰く、昨晩侵入してきた女は業汰さんの遠縁にあたる親戚の子で、歳は26。地方公務員だったのだが、色々あってクビになり、こっちで暮らすことになったものの、大家である業汰さんの手違いで僕の部屋の鍵を渡してしまったとのこと。ご丁寧に部屋番号まで間違えてって伝えていたわけだけど、この見るからにダメな人ならやりかねない。そんなことを思っているうちに、待合室の扉が開いて、警官に付き添われて誰か入ってきた。


「おう、君か。今、事情を説明しているところだ」

業汰さんが軽く手をあげて、入ってきた女を手招きする。

ジャージ姿の女は、黒髪をアップにしてまとめあげ、大きめの黒縁眼鏡をかけていた。

「す、すみませんでした!」

入ってくるなり90度の謝罪をした女の声と、風切り音がしそうなほどの巨乳から、どうやら目の前にいるのが昨晩の闖入者であったことがわかる。

「はぁ、大家さんの手違いだったそうで・・・」

ってことは最悪近所か・・・部屋を間違えたにしても、半裸にコスプレの説明には一切なってねーし。いずれにしてもこれ以上関わりたくない。

「まぁまぁ。石鈴(いすず)君も気にしてないって言ってるし」

「言ってません」

「そうかい?この巨乳をだぜ?」

「いやあの、ああいう趣味はちょっと」

「いや、あれは仕事着でして」

「はぁ?!」

変な声を出してしまった。なんだよ風俗嬢か・・・まぁ、「エフQ11」はほぼ新築、23区外とはいえ都内で、近くに幼稚園、保育所も学校も無い静かな住宅地で、最寄り駅からも徒歩10分なんて立地なのに、3LDKで家賃が月3万5千円という破格の物件だ。色々と訳アリの住人が詰め込まれているなら、それも値段のうちということなのだろうか。

「あ、そっちのお仕事がバレて免職に・・・」

「い、いえ、これは私が宮仕えだったころの制服で」

「ノーパンシャブシャブかプチエンジェル方面のお仕事でしたか」

「あーいや、そっちの方は後で説明するから、とりあずこれ」

業汰さんは話を遮ると、紙袋から札束を取り出した。2束づつ2列に並べ、その上に5束目を置いてから「君に仕事の依頼をしたいんだ」そう言った。

「お断りします」

「速いなぁ、話くらい聞いてからでもいいじゃないか」

「プチエンジェルからの流れがヤバすぎるでしょ?!下手したら翌朝東京湾コースですよこれ」

「いやいや、そんなアブナイ仕事じゃなくて、ちゃんとした依頼だよ」

業汰さんは紙袋から書類を取り出して、一枚一枚説明し始めた。

このダメ人間にしては奇妙にまともな説明の仕方で、中身がすんなりと頭に入ってくる。

僕にエロ漫画じゃない、普通の漫画を依頼するらしい。ただし、毎回、あるテーマのもとにこれは取材を敢行し、その資料を基に描かれたものでなければならない。要するに、ルポマンガとエッセイマンガの中間のような感じだ。あれかな、風俗の体験マンガみたいな感じにすればいいのかな?

「アルバイトだと思ってくれればいいし、ちゃんと商業誌に連載するからキャリアにもなるでしょ?悪くない話だと思うけどなぁ」

「で、でもですね、このお金は・・・」

「当座の必要経費と準備金、それと契約金ってところかな。移動したり泊りがけの取材にもなりそうだから。君、そんなにお金持ってないだろ?後で請求ってことも最初は出来ないんじゃないかと思ってさ」

「だからって500万は多すぎでしょう」

「それね。悪いんだけど、こっちの手違いで、まだ彼女の部屋が無いんだ。部屋が見つかるまで君の部屋に居候させてやってくれないかな。これは、家賃と食費諸々も込み、ま、経費ってわけだね」

「そ、そんなことを言われてもですね・・・」

「そうか・・・じゃあ仕方が無いね」

ゆらり、と、業汰さんの長身が立ち上がる。

「頼むっ!この通りだ!」

銀髪のおさげが揺れて、残像が見えるような速さで業汰さんは土下座した。

それは鮮やかな、というか、この人、土下座し慣れているんじゃないかと思うほど見事な土下座だった。

「あ、あわわわわわ・・・・っ」

何故か、彼女の顔が青ざめて、泡を喰っている。

「あっあっ、あの!石鈴さん、これ、とてもマズいことなんです!?え、えぇとその・・・素直に聞いておいた方が良いと思います!」

目を><にして脅迫めいたことを言う彼女を唖然として見つめながら、僕はつい「は、はぁ、とりあえずやるだけやってみます」なんて言ってしまったのだった。

「ほ、本当ですか?!ありがとうございます、ありがとうございますっ!」

僕の腕を掴んで何度も礼を言う彼女。

「そ、それはどうも・・・ところで」

「はい?」

「君、誰だ?」



どうしてこうなった。

それから30分後、僕は彼女を連れて生活用品とまずもって衣類の買い出しに向かっていた。彼女の本名はセーラ・ロイド。日本に帰化してからは青井瀬良(あおい・せら)と名乗っているらしい。

「瀬良と呼んでください!」

とのことなので、瀬良さんのサイズに合うブラジャーが無いやら、選ぶ服が一々煽情的というか過激なので、色々と気をもみながら買い物を続けるうち、気づけば日が暮れかけていた。

何だかひどく疲れたが、瀬良さんはノーブラのジャージ姿なので、このままその辺のレストランに入るわけにもいかず、とりあえず家に帰ることにした。


「へ、変じゃないですか?」

とりあえず、まともな下着と部屋着に着替えた瀬良さんが洗面所から出てきた。

ハイネックにジーンズ。非常に雑に言うと、おっぱいとケツのラインが無造作に出ていて、なんともケシカラン感じではあるが、昨晩の恰好よりはマシというものだった。

「いえいえ、似合っていますよ」

「そ、そうですか」

安心したらしい瀬良さんは「変に隠すと変態っぽいかなぁとか、思っちゃって、その、不安だったんですよね」訳の分からないことを言い出した。

「そ、そうですか。あの、瀬良さん、昨日は金髪だったような・・・」

「あ、あれは、日本では黒髪が一般的だと気づきましたので。金髪のほうが良かったです?」

昨晩酔いつぶれていたのと同じ場所に座り、用意したお茶に口をつけていた瀬良さんは無邪気そうに微笑んだ。

「は、はぁ・・・」

なんだ、カツラか何かだったのか。

「で、こちらでは何をするつもりなんですか?」

「そう。それなんです」

床にペタンと座り込んで呑気にお茶を啜っていた瀬良さんは唐突に立ち上がると、真面目な顔で迫ってきた。

「あのですね、私、宮仕えだったんですが、クビになっちゃったんです」

神妙な面持ちで迫る瀬良さんは、昨晩と似たような話をし始めた。

「私が勤めていたのは、その、なんといいますか、人間の出生率を管理する部門、と説明するのが端的だと思うのですが」

「厚生労働省ですか?」

「人間の世界で言えばそうかもしれませんが、私たちは人間ではありませんから、この場合は農林水産省にあたります」

「ひでぇ表現だ。って、人間じゃないって何??」

「ですから、天使です。昨晩も申しました通り」

「て、天使・・・?」


曰く、瀬良、いやセーラさんは、天使で、そっちの世界で人間の生殖活動、ようするに再生産を管理する部署に勤務していたらしい。

「ところがですね、ここ30年、日本地区の出生率は下がる一方。私たちもそれなりに努力してきたんですが、増えてくれないんです・・・それで、上の方が業を煮やして、うちのやり方じゃダメだから、潰して新部門を立ち上げるって言うんです。おかげで、私たち職員は免職。クビにされちゃいました・・・そんなわけで、今はフリーのサキュバスなんです」

「・・・サキュバス?」

「あ、はい。申し遅れました。私、本名はセーラ・ロイド。フリーのサキュバスです。まだ駆け出しですけれど、仕事の経験なら100年ほどありますので、ご用命の際はぜひご懇意にお願いいたします」

瀬良さんは、黒縁めがねのつるを持ち上げると、おっぱいに手を突っ込んで名刺を取り出して、両手で僕の手に包むように握らせた。なんともそそる行為、なのだろうが、口調も態度も事務的で、イマイチ気分が出ない。

「サキュバスって、あのエロい悪魔の?」

「はぁ・・・悪魔。まぁ、人間の皆さまはそういう認識ですね。私共には元来そうした区別はございませんで、天使というのはあくまでお上公認の職業でこちら世界に干渉する人を指す総称ですね。人間の世界で言う、警察官や市職員、自衛官というのが、いわゆる天使。それ以外のフリーや一般法人の職員のことは悪魔とか、系統によって明王とかヤークシャとか、色々呼ばれているんです。私も、爾媚淫行課に勤めていた頃は天使でしたが、今はフリーですから、悪魔、こちらの世界では総称としてアストラルと呼ばれる身の上なのです」

「あ、アストラル・・・?」

「天使とか、悪魔とか、幽霊とか、その辺の者をひっくるめて人間が呼ぶときに使う名前です。まぁ、ワシたちからしてみれば、スーパーファミコンもゲームギアもプレステもひっくるめてピコピコって呼ばれるくらい雑な括られ方なんですけど」

あ、そういえばアストラル(この呼称)もあの一件以来、人間の世界では語られなくなったのでした。とかなんとか、ブツブツ言っているものの、なんのことだかサッパリわからない。とりあえず、意味不明な個所は飛ばして話を進めることにした。

「・・・で、そのサキュバスさんが何をしに?」

無粋な質問だったかな。言ってからちょっと悩む。サキュバスなんだからエロい事をしにきたんだろう。

瀬良さんはちょっと考え込んでから、やや真剣な面持ちでこちらを見た。

「私、ずっと疑問に思っていたんです。この国の出生率。すぐヤる課(私たち)がこんなに頑張ってきたのに、なんで日本地区は子どもが産まれないんでしょう?これは異常事態ですよ!」

「そりゃあんた、仕方が無いよ。セックスしないってワケじゃなくて、したくないってワケでもなくて、子どもが出来たら育てなきゃならんけど、そうするだけの金も時間も無いってのが最大の理由さ。産み棄てが許されるか、子どもを高額で買い取るようなところが、それこそ役所にでもあれば、そりゃ励むってもんだぜ」

それを聞いた瀬良さんの表情が曇った。

困った顔で不愉快そうにため息をつき、お説教モードで話を再開する。

「あなたは何を言っているんですか?私たちがセックスをさせるために立ち回っていると?まさか、セックスが目的だとお思いですか?だとしたら酷い勘違いです。私たち、サキュバスの仕事は、生殖です。生む、増える、と書いて、生殖です。聖書(契約書)に何と書いてあったか思い出してください!」

「う、産めよ、増やせよ・・・?」

「そして地に満ちよ、です!あなたたちは個体の能力にも寿命にも限度がある、世代を跨いだ発展や問題解決を主旨とする種族の筈。それなのに、自分たちの世代のことで想像力と思考が完結してしまっていて、次の世代の事を全く考えていないように見えます。だから子どもを作らないし、子どもの世代に何も残さない。そんな、人間という生物の構造として破たんした行為を、一体何を考えたらできるのですか?こんな自殺行為に及んでいるのは日本地区だけですよ?!」

「そ、そんなこと言われても・・・アメリカじゃ白人の人口だってどんどん減ってるっていうじゃないですか。状況で見れば日本だけの話ってわけでも・・・」

「人種って、そんな些末な問題じゃないんですけど・・・まぁいいです」

瀬良さんはやれやれと言った具合に話をきり直す。

「私、ある方の命を受けて、日本地区だけで何故このようなことになっているのか、調査しようと思っているんです。天使をクビにはなりましたけれど、これもサキュバスとしての使命と心得ておりますので!」

鼻息荒く息まいた瀬良さんは、コホン、と咳払いすると再び座った。

「と、そういうった事情がありまして。しばらく人間の世界にお世話になることに致しました。どうぞよろしくお願いします」


「あ・・・っ」


僕は息をのんだ。

腰を下ろした瀬良さんは、そのまま正座し、三つ指を衝いて頭を下げた。

髪の毛は金色に戻り、悪魔の翼と、尻尾が現れて、服装も昨晩の全身網タイツに戻っていた。全身網タイツ姿だとケツのラインが妙にエロく際立つ。っていうか、肉付きが良いとこのアングルでも結構グッとくるものがあるんだなぁ。

「この通り、私は悪魔(アストラル)です。けれど、決して石鈴さんにご迷惑はおかけしませんので、どうか、お力をお貸しください・・・!」

うわぁ。と思った。

業汰さんは事情を知っていたんだ。ルポってのは、多分このことか・・・。少子化?性意識?こりゃ聞くからに面倒くさそうな問題だなぁ・・・。

「ま、まぁまぁ、解りましたから・・・頭を上げてください」

顔を上げた瀬良さん、セーラは、ゾッとするほど美人だった。

黒縁メガネがそのままで、立っている僕の角度から見ると無きぼくろが見えるのがちょっとエロい。

「解りました。やれるだけやってみましょう。けど、僕はあくまで大学生です。アストラルがどうとか、教育や政治や子育ての問題に関してはサッパリです。それでもよければ」


本当にいるんだなぁ、悪魔って。

いや、天使も悪魔も総称してアストラルって言うんだっけ?ま、まぁ、迷惑かけないって言ってるし、お金も貰ってる。それに何より、可愛いからいいか・・・。細かいことは追々聞いていけばいいか。

そんなことを思いながら、僕は、この面倒くさそうな自称サキュバス、瀬良さんとの共同生活を始めることになった。


つづくー。

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