ENDで始まるものがたり

@pem_king

第1章 終わりは突然に!

とんとん。サー。

上階の住人の歩く音がうるさい。

いや、本当はうるさくはないのだろう。うるさいと思うのは、それは春の陽気の所為でもある。そして、せっかくの休日だって言うのに、日がなやることがない自分自身の所為でもある。そんな些細なことでさえ、気になってしまう。

そう。彼は暇なのだ。そして世界に不満を抱いている。

自分はこうなるはずじゃなかった、と。

10代の時は、クラスでそんなに目立つ方じゃなかった。純文学にのめりこんだ。世界を作り出す作家に憧れては、いつかは自分もこんな輝かしい世界を創りだすのだと、信じてやまなかった。

20代の頃は、血を吐くような努力をした。いや、努力をしていた気になっていただけなのかもしれない。人並みに普通に彼女もいたし、仕事もしていた。それなりに仕事はうまくいき、空いた時間は創作にいそしんだ。道を開く努力もした。しかし道はそう簡単には開かなかった。彼の最大の失敗は、そこで諦めてしまったのである。正確には、諦めた、という訳ではない。いつか叶うと信じながら、努力をし続けることを中断したのである。そうするうちにいつしか30代がやってきた。その時彼は気付いたのであった。もう遅い、と。


「終わった。」


無気力な彼はそうつぶやく。いつも。恒例行事のようにつぶやいた言葉の後に、怠惰な時間がリュウグウノツカイのような長い尾ひれとしてくっついて、一匹の自堕落な魚を形成する。木造アパートの1階は、深海と同じだった。

その時だった。


ピンポーン


突然インターホンがなった。NHKの支払いの催促か?和仁はいぶかしむ。何故ならこんな自分には尋ねてきてくれる人なんていやしない。ましてや荷物が届くはずもない。通販を注文する金もない。いや、正確にはあるが、注文していない。


ピンポーンピンポーン


現代式のノックは、一言で言うとうるさい。

こうなると上階の足音など、気にもならない。

鍵はもちろんかけてある。何ならチェーンもかけてある。


このまま居留守を使おうか、それとも出るべきか。

答えを出せず、和仁は上階の住人とは打って変わってドアも前まで気付かれぬように足音を殺しながら、近づいた。


そっとのぞき穴を見てみる。


・・・女だ。それもとびっきりの。

スーツというにはやや体にぴたりとしすぎている。眼鏡は申し訳ないが全く似合っていない。そして一番目に付くのは、ドアの前で降ろしたのだろう。

左手に軽くつかんだシルクハット。

こうなると答えは一つしかない。宗教の勧誘だ。


足音を已然殺しながら、そっとドアから離れ、やり過ごそうとする和仁の背中でそれは鳴り響いた。


ガチャ!

突然扉が開いた!

和仁の鼓動は早馬の足音のように高らかに鳴り響き始めた。

こめかみ付近から汗が流れる。額にも、玉が浮かぶ。

振り向いていいのだろうか。いや、振り向かぬ方がいいのだろうか。

確実に背後に、気配が・・・する!


やばい。


今すぐに逃げた方がいいのではないか。振り向いたらまさか銃でも構えているとか・・・

和仁は瞬時に考えた。

時計の秒針は、5つか6つ動いただろうか。

そうして命を守る最善の方法を辿ろうとする。和仁が取った方法は、何とか微笑み余裕を見せつつ、敵意と逃亡の意志がないことを示し、相手の真意を探り、この場を乗り切ることだった。


春の陽気に、真夏日のような汗を浮かべながら、静寂だけが染み渡る。

すっと左足を後ろに引く。

次に右足をゆっくりと反時計回りにターンさせる。

顔は・・・きっと気持ち悪い薄ら笑いを浮かべているんだろうな。。


ターンの途中にドアに瞬間目を向ける。

鍵は開き、ドアも薄く開いている。

チェーンはかかったままでいる!


そうして背後にいた気配に視線を向ける!


そこには、ドア前にいた女が近すぎるくらいの距離でこちらをにこやかに見つめていた。


美しい弧を描いていた唇がすっと小さくすぼみ、人の言葉を紡ぎ出す。

それは確かにこう言った。


「終わりを届けにあがりました」


第1章 終


第2章は近日中に公開予定です。

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