ヨバルズシア 天樹の涙

寺須六鹿

はじまり

 天空に一つの木在り。

 大地が焦がれし、大きな天樹。

 歌を紡ぎ、喜びを与え、風を生む、美しき天の樹。

 その名をヨバルスと言う。



 人はみんな、天空にいた。

 翼を持ち、ヨバルスを守り、ヨバルスの作る実を食べて、ヨバルスのために生きていた。

 ある日、一人が空の下を見つめて呟いた。

「あの下には何があるのだろう」

 その疑問は、次々に人々に伝染して行く。

「行ってみようか」

「行ってみよう」

「でも怖いね」

「怖いね」

「では、ヨバルスを連れて行こうよ」

「ヨバルスさえあれば、怖いことはないよ」

 ヨバルスにそう言うと、ヨバルスは一枝を差し出した。

「私の分身を持っていきなさい。

 ただ、大地には触れないこと。

 触れてしまえば、貴方達はここに帰りたくなくなるからね」

「大地?」

「そう、大地。

 大地は私に焦がれ、私の子達であるお前達も欲しがっている。

 大地に触れれば、飛び方を忘れてしまうんだよ」

 みんな、その言葉の意味がわからなかった。

 ただ、その『ヨバルスの一枝』を手に嬉しそうに人々は降りて行く。

 新しい遊び場所を求めて。



 そして、二度と帰ってこなかった。

 空を忘れた人々は、翼を失い飛ぶことを忘れた。

 それが、「地人」となった。

 我々を「地人」は「翼人」と呼ぶ。

 またの名を「ヨバルズシア」。

 天樹の守り人と。

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