第39話 2087年12月22日 夕方 三陸沿岸 サンタ・ピアドソ号 一等甲板

三陸沿岸をゆっくりと下るサンタ・ピアドソ号、夕日に染まり行く最上部先頭一等甲板には、4人の姿

甲板の照明が足元を明るくすべく点灯してゆく


航路を背にデッキの手摺りに寄りかかる、防寒対策素材の黒スーツのままに、もはやSP風情の二人

嘉織、徐に背中側の腰のホルスターに手を伸ばしては、もはや着慣れた慣れた手付きで拳銃を抜き出す

「身包み剥がされてさ、結局残ったのは、純とお揃いのS&WM49エレクトロと、新たに支給されたこのSIGSAUERP226SーFiveだよ、ネゴシエーターがこの装備でいいのかな、まあな、サンタ・ピアドソ号ならこれなんだろうな、確かに試射で普通の鉛玉でも水中で撃てたから確実ではあるよな、でもな、クラシックガンの再発どころか、今でもSIGに開発製造させるなんて、つばめ公女も確かに物を申すだけはあるな、」何度も手にした拳銃を手に馴染ませる

久住、手持ち無沙汰にも黒スーツのフックを掛けたままでも柄を自由に回しては

「俺も黒鉄刀取り上げられて、名刀安定貰いましたよ、あるものですね、サンタ・ピアドソ号、」

嘉織、手にした拳銃を軽やかに回しては背中の腰のホルスターに収め

「それって、あいつ蜜屋のだろ、良いから貰っちゃえよ、スペイン公国の教導騎士の称号貰うくらいだから、否が応でも名刀集まってくるって、」

久住、ただぽつりと

「蜜屋さんって、そんな強いですか、」

嘉織、神妙に

「それな、最上曰く剛刀らしい、御前試合で押すものかね、」

久住、はきと

「実戦派ですね、対峙したら、刀身を受けるのが嫌で選択肢が減りますよ、」

嘉織、うんざりと

「際どい事言ってる割に、久住空っぽだよ、尻叩きたいけど、まあ今が今だしな、」

久住、神妙に

「迷いが生まれてる時点で、武士に相応しくないですよね、」

嘉織、くしゃりと

「良いって、そんな迷いの無い人間いるか、無理に精神修養するな、ここにエネミーはいない、それだけだ、」

久住、ぽつりと

「平穏な生活も悪くないですね、」

嘉織、大きく息を吸い

「それは今のお役目の一つ、世界中の悪党を捕まえたら考えなよ、」

久住、尚も

「今直ぐ武士を廃業して、聖職者に進むのも有りですかね、」

嘉織、ふと頬が和らぎ

「私には、久住が純を疎かに出来ると思えないけどね、でしょう、」

久住、言葉を繰り出しては

「今、答えないといけないですか、」

嘉織、遠い視線も

「いや、いいよ、私も答えられないかな、」そのまま視線をマストに伸ばす


サンタ・ピアドソ号、遠くにすれ違うオールフェリー船に汽笛で応じては、旅情が増す


久住、寒さの増す一等甲板より、海岸の点在する灯りの差し始める漁村を眺めては

「嘉織さん、煙草、持ってないですよね、」

嘉織、スーツ中のポケットを軽く叩きながら

「久住、その質問、無いよ、私が破天荒だからって、吸ってる様に見えるかね、」

久住、ただ素っ気なく

「いいえ、聞いてみただけです、」

嘉織、深く溜息しては

「久住さ、いやさ、第七次東南アジア事変帰り、皆そうだけど、話途切らせて、聞くなの雰囲気なんなの、なあ、」

久住、視線を海岸に向けたままに

「煙草あったら、話しますよ、」

階上、ポケットを深く探って右手を開き

「もうさ仕方無いな、煙草無いけど森永全乳ミルクキャラメルあるよ、これで話を聞かせろよ、第七次東南アジア事変のきっかけは私だよ、なあ、聞く権利は多分にあるよ、」

久住、右手を差し出しては、嘉織から一粒受け取っては包み紙を取頬張る

「ミルクキャラメルありがとうございます、でも気分は煙草です、それに、俺にも話す権利は有ります、そうですね、レポートをまとめる期間として、源さんから実質休息日貰ったのですけど、今の俺、ここでこれですからね、」

嘉織、豪快に森永ミルクキャラメルを包み紙を取り頬張っては

「もう、何から何迄私が関与するよな、久住を同行させて恐縮だけどさ、この空いてる時間で書けよ、書類判読も公務だからな、」

木製通路の一等甲板に黒のローヒールの音が響く中、近づく見た目おきゃんな皆とお揃いの黒スーツに白ロングスカート黒タイツの女性桃配永遠

「ふふ、久住さん、煙草有りますよ、京都の謹製ですが、クラシックサンライス如何ですか、」

久住、そのクラシックなパッケージに不思議顔で

「ああ、はい、永遠さん、ありがとうございます、」

永遠、ほくそ笑んでは

「京都の嗜好品は、皆さんお土産にされますから、いくつか持って来て正解ですね、」

歩み寄る一条白鴎、襟に黒糸のレース刺繍の入った黒スーツの内ポケットより

「久住さん、マッチも有りますよ、如何ですか、これ、雨でも風でも使えますからね、」

久住、目を見張るも

「これはスペイン近衛騎士団の紋章、白鴎さん、ありがとうございます、」

嘉織、ただうんざりと

「永遠、このくそ寒い中、何時から聞いてた、って久住も、何時の間に名前で挨拶だよ、見た目そのままに、永遠ちゃんで無いのが救いか、ふん、」

永遠、綻びながら

「嘉織ちゃん、そこのベンチにいたの気付いてますよね、」

嘉織、神妙に

「まあな、君の折角の恋路は邪魔出来ないよ、と言うか、よく平安出れたね、」

永遠、くしゃりと

「そこは、ふふ、やや長くも有り短くも有り、と言うか、嘉織ちゃんこそが、照れて視線逸らしますよね、」

嘉織、あんぐりと

「あっと、いやそっちじゃなくて、永遠の隣りがこいつだとな、毎度毎度の、器具を使ったリモートビューイングで、結局怒鳴り込みだよ、知っててやってるだろ、白鴎の君、」

白鴎、照れ隠しに顔を背けるも

「こほん、そのリモートビューイングですが、嘉織さん、外れは無いですよね、」

嘉織、うんざり顔も

「無い、だが、生身のリモートビューイングより正確では、報告書に書き難いだろ、読み様によっては白鴎が一枚嚙んでるとしか思えないって、その配慮に至る書き手の苦労察してくれよ、」

白鴎、畏まっては

「嘉織さん、その都度のご配慮ありがとうございます、スペイン公国公族皆が感謝しています、」

嘉織、くしゃりと

「まあ、感謝が高じての、今、ここなんだけど、何と言うか、先々永遠まで関与させて良いのか、なあ永遠に白鴎、純粋な恋愛感情有りきの、その婚約だよな、ついこの前迄の平安で、早いって、何もかもさ、」

永遠、左手の薬指を翳しては

「嘉織ちゃんの不機嫌はここですか、馴れ初めは、何れのタイミングにしましょう、小学校時代から丁寧に行きましょうね、」

嘉織、うんざりも

「何れって、明日の朝には横須賀新港だよ、夕食食べたら、その直後しかないでしょう、純がこれだから、空返事しか出来ないのはご挨拶だけどね、」


永遠と白鴎、仲睦まじく嘉織に丁寧にお辞儀しては


白鴎、凛と

「嘉織さん、結構です、お話はお早い方が良いでしょう、今だ三つのユーロの公族の見合話を断れませんので、敏腕ネゴシエーターの階上嘉織さんが見届人なれば、婚約の一件、誰にも口出しはさせません、」

嘉織、憮然と

「白鴎、永遠の前で、私をそんな風に私を使うな、そういう間柄にしたら、婚礼で皆がかちこちになるって、」

永遠、頬笑みながら

「大丈夫、嘉織ちゃんは嘉織ちゃんですよ、」不意に居を正しては久住に向き直り「久住さん、さて、お望みの煙草一式は差し上げました、お話願いましょうか、第七次東南アジア事変のお悩みを、」

久住、深く一礼するも

「永遠さん、今ここでは、御容赦下さい、」

嘉織、久住に肘打ちしては

「こら、久住、煙草一式貰ったんだから、話せよ、込み入った出だしも話せば何とかなるもんだって、」

久住、右手のクラシックサンライスとスペイン近衛騎士団謹製マッチを徐にポケット二入れては

「とは言え、煙草、吸った事も無いんですけどね、」

永遠、頬笑んだまま

「久住さん一服位しておきませんと、変装した際にばれちゃいますよ、そう、お体の負担なら大丈夫、ガン予防の生薬が入っていますので全く心配は入りません、それでも健康の為なら、お持ちになるだけでも構いませんよ、」

白鴎、凛と

「久住さん、その一式は持っておきましょう、止む得ずの袖の下でないと通用しない輩もいます、」

久住、そのまま居を正し

「やや、長くなります、良いですか、」

永遠、尚も

「甲板に雪は有りません、結構ですよ、」

嘉織、溜息混じりに

「永遠、ぐいぐい来るね、その割りには京都から、滅多に出ない癖にさ、そんなに土師家一門総帥の仕事が多岐に渡るものかね、」

永遠、事も無げに

「それはもうですけど、それよりも、京都にも第七次東南アジア事変先陣隊が寄られましたが、一様に顔が曇っています、おもてなしの方向性は決めておかないとね、」

白鴎、ただ朗らかに

「久住さん、どんなに短くても、察しますよ、どこからでも切り出して下さい、」

久住、重い唇が漸く開いて行く

「そうですね、エピソードから搔い摘みますので、どうか察して下さい、第七次東南アジア事変、俺が派遣されたのはシンガポールの郊外になります、いわゆる牧場の幾つものガサ入れです、」

嘉織、思わず踵で甲板をかんと蹴り

「そうか、牧場、何となくそうだろうと思ったけど、性奴隷の話は気が重いよな、」

久住、意に介さず

「その牧場、何れも至って開放的でして、踊り子が檻に鎖で繋がってるかと思って、慎重に侵攻したのですが、ただ呆気に取られました、」

白鴎、眼差しそのままに

「暴力が茶飯事ですか、古の時代ですが、児童相手では手っ取り早い処罰ですからね、」

嘉織、歯噛みのままに

「まあ、裏山に骨とかあったから、あるよな、暴力さ、」

久住、溜息混じりに

「いいえ、大方は普通に生活して、個室さえ持っています、もう職業なんですよ、その一切合切が、」

嘉織、愕然と

「ちょっと待てよ、久住、児童って、拐かされたんだろ、突入で、何で助かったと泣き喚かないんだよ、普通に生活って何がなんだよ、」

久住、重々しくも

「良いですか、言い難いですけど、何れも未成年なのに、漏れ無く、もう立派な売春婦です、俺達完全武装でどなり込んだのに客と勘違いしては、多言語で誘っては遊んで行きなよです、踏み込む度に、皆、泣きました、」

嘉織、わなわなと

「何でそうなる、仮にでも、踊ってる本当の踊り子だろ、売春婦だって、ふざけるな、」

白鴎、身じろぎもせず

「まさか、そちらの線ですか、泡銭が定期的に落とされば、三食も平らげましょう、このアジア全体の現状では、夢の様な話ですよ、」

嘉織、声を荒げ

「ふざけるな白鴎、何したり顔で言うんだよ、夢って、ここで使うな、」ただ涙が溢れたままに「なあ、久住、遊んで行きなって、いやまさか、それでも客と勘違いしたから、そうなんだよな、そうだよな、」久住の右腕を強く掴む

永遠、制する様に嘉織の背中に両手を置いては

「嘉織ちゃん、多分違うわ、」

久住、慇懃にも

「嘉織さん、ここはちゃんと聞いて下さい、突入の度に、俺達の身分証明書も見せ、尖兵の大儀も説明しましたが、彼女等に一人残らず泣きながら言われました、“私達の職業を奪わないで”って、“お金はいらないから見逃して”って、皆、腰を振っては縋っては来るんですよ、」

嘉織、怒号省みず

「久住、それ、児童じゃないだろ、なあ、本職も混ざってるだろ、それさ、違う牧場に行ったんだろ、違うって、なあ、違うって言ってくれよ、頼む、」ただ落涙のままに

久住、漸く繰り出し 

「嘉織さん、いいえです、」

白鴎、視線そのままに

「久住さん、拐かされた児童と、認証が一致したんですね、」

久住、ゆっくり頷き

「ええ、そうです、現場での遺伝子検査で一致しましたが、顔と身なりは美容整形で認証は出来ませんでした、」

嘉織、久住に縋ったまま力無く

「ああ、信じられない、久住、カウボーイ残らず連れて来い、女抱けない様にしてやる、」

久住、振り絞っては

「だから、嘉織さん、違うんですって、」

永遠、思いも深く

「そうね、多感期よね、綺麗で有りたいだろうし、そうなれば、劣悪なサークルでも一番にもなりたいものよね、」

嘉織、堪らず号泣しては

「もう駄目だ、皆、何言ってるか、さっぱり分かんない、」

白鴎、毅然と

「さぞかし、凄いチップを強請っては、美容整形に注ぎ込むんですね、郊外の牧場でチップを消費出来るとしたら、それ位ですよ、」

嘉織、怒号省みず打ち消しては

「白鴎、違う、それは強制だ、児童なんだぞ、そんな事ある分けないだろ、」

久住、ゆっくり首を横に振り

「いいえ嘉織さん、永遠さんと白鴎さんのお察しの通りです、聞き取りを丁寧に行いましたが、態々多感期の頃を選んで拐かしたら、共感が高じて、押し並べてそうなります、何れの牧場も、メイクも相まって大人びた同じ顔が並んでいました、」

嘉織、打ち震えては

「久住、そんなの信じられるか、信じないって、私が、皆が、当たり前の生活を過ごしてる間に、その児童達は、毎日、それしか頭が無いのかよ、そんなの誰が信じる、なあ久住、そうだろ、信じないられないよ、」不意に右腕のリングが青く灯り始める

久住、察しては嘉織の指を一つ一つ離そうも、自身の右腕が強く握られたまま

「ですから、嘉織さん、お役目である以上、報告書には事細かに心理状態まで書かないといけません、俺、いや皆辛いんです、よく聞いて下さい、この拐かしの仕組みを考え抜いた奴は、本当悪魔ですよ、」

嘉織、右腕の青のリングが唸っては、遠雷とばかりにサンタ・ピアドソ号中に響き渡り

「悪魔、」

白鴎、はきと

「永遠さん、久住さんが死にます、」

永遠、黒スーツの内ポケットから透かさず、呪符を五枚抜き出しては、嘉織の背中にどんと貼付け

「臨兵闘者皆陣列前行、前、前、前、」右手の指を嘉織の背中に深く捩じ込む


呪符発動

嘉織、みるみる硬直が取れては、力無く久住へとしなだれる

しかし、甲板の照明の点滅は未だ激しくも有り


永遠、久住から、やっと立つ嘉織を優しく引き受け、ただ抱きしめては、

「怒らないで、嘉織ちゃん、暴走しちゃ駄目、今の嘉織ちゃんは、生物なら全身の細胞破壊出来るのよ、中学二年の時のキャンプに絡んで来た頭のおかしい人と違うのよ、両足複雑骨折で済まないの、判ってるの、」

白鴎、確と

「久住さん、嘉織さん怖いですよね、それでも、今迄の関係をお願いします、」深く一礼

嘉織、くすりと

「久住、笑えよ、私って、手に負えないだろ、でも純は違うからな、」

久住、頬笑んでは

「別に、亀裂骨折なら修練で度々有ります、それに純ちゃんのお姉さんなら、ちゃんと向き合わないと、純ちゃんに嫌われますから、」

嘉織、深く息を吸っては吐き

「向き合うか、そうだよな、それを私ってば、どうしても上っ面だよ、」甲板に涙が零れ落ちる

永遠、尚も嘉織を抱き込んだまま

「嘉織ちゃん、今は久住さんのお話をきちんと聞くだけよ、余計な妄想はしないで、」

嘉織、何度も固めた拳を握ったままに上下に振っては、静かに吠え

「いや、ふざけるな、これは知らなかった私にもふざけるなだ、良いか、その拐かされた児童達死ぬ程懺悔しても、残りの人生、その罪全部背負わないといけないんだよ、皆が許しても、きっと自分を許せなくなる、誰が救えるんだ、神様がいるなら真の救済を見せてくれよ、なあ、」

永遠、嘉織をただきつく抱きしめ

「大丈夫、皆、信じれば救われるわ、」

白鴎、進み出ては

「嘉織さん、その児童達の為の新たな寺院は作りましょう、牧場と同じサークルとの接触を避ける為に、各国にも多くの参加を呼びかけます、」

嘉織、抱きしめる永遠の腕に縋ったままに

「だから、何で背負わないといけないのさ、そういうの、どうすれば忘れられるんだよ、」


甲板の照明が、嘉織の勘気も解け始め、元通りに仄かに灯り始める


永遠、嘉織背中に頬を寄せたままに

「嘉織ちゃんは背負い込まないの、そう、まずは純ちゃんでしょう、取り乱さないで、ね、」一等甲板の照明を見ては得心し、嘉織の両腕をぽんと「さあ、もう、大丈夫よね、」


点検の為に、一等甲板に上がって来るパーサーの一群、白鴎ただ遠く太平洋を指差し、稲光りの様相を両手で示すも、その稲光り見えずとやや得心せずに持ち場に戻るパーサー達、白鴎大仰に問題無しのゼスチャーで宥める


嘉織、くしゃりと

「まあ、図らずも取り乱したけど、まあ、聞いたからいいや、久住、良いか、報告書には白鴎の提起ちゃんと書けよ、」

白鴎、ゆっくり頷き

「久住さん、私は何ら問題有りませんよ、」

久住、長いお辞儀のままに

「一条白鴎公子、ご配慮ありがとうございます、」神妙な顔から温かい笑みで「あとは純ちゃんか、良く眠ってますよね、さっきの雷でも起きないんでしょうね、」

嘉織、神妙に

「冬の雷ってあんなものだよ、雪国なら慣れたものさ、それでも純か、ああ、さすがに頂点は越えた筈だよ、痛いの通り越して気を失っててさ、鴆毒の化学式背負ってないのに、何だよもう、純さ、純てばさ、」がばと手摺りに捕まっては海岸に吠える

永遠、こくりと

「そうね、深作筆頭に聞いたわ、改めて純ちゃんに驚愕ね、この類いなら、粋がってる輩はとうにショック死よ、」

嘉織、繁々と

「だろうな、まさか純も、施した数々の症例の功徳が、ここで生きるなんてね、もうさ、代償と功徳の境目が分からなくなるよ、」

久住、ふと真顔に

「純ちゃんのあの寝顔、声も掛けれないですからね、」

嘉織、不意の海風に流れる髪を押えては

「ああ、それな、分厚いフロントガラスでも、それは勘弁してくれ、純もさ、疲れ切って、自ら深い意識の底にいると思うからさ、」

久住、ただ神妙に

「嘉織さん、その姿の純ちゃんを見ても、奇跡を信じるんですか、」

嘉織、凛と

「ああ、あるよ、奇跡、信じない奴いないのかよ、」

久住、言葉を濁すも

「でも、」

嘉織、はきと

「久住、聞き及んでいるならそれで良い、皆に言っておくよ、ローマにスペインに京都も、上家衆に敬意持ってくれてるだろ、中でも宗家は、何もかも想像を絶するんだよ、表立って連携取った事無いと思うけど、ここは奇跡を信じてくれ、」

久住、表情そのままに右目から涙が伝い

「俺は純ちゃんが助かってくれたら、もう何も入りません、」

階上、久住の胸にグーパンチ入れては、頬笑むも涙が溢れ

「それさ、純が起きたら、何処かのタイミングで言うからな、」



一同、太陽が太平洋に沈み行く中、ゆっくり宙を見上ては

永遠、ただ手を広げ

「雪よね、降って来ましたよ、」

白鴎、皆を入口に促しては

「やせ我慢もここまですね、皆さん、寒いから中に入りましょう、」

嘉織、揉み手をしては揉み解し

「そうだな、純も低温カプセルのとんでもない程の寒い中頑張ってるんだ、付ききりじゃないとな、」

白鴎、頬笑みながら

「その前にバルセロナ・グラン・コメドール行って、カフェ・コン・レチェで体を温めましょう、そうしましょう、」

嘉織、嬉々と

「いいね、バルセロナ・グラン・コメドール、まずはそっち、カフェ・コン・レチェね、スペインも縁遠くなって、懐かしくも華やかな大食堂に通っちゃうよ、とにかくミルク成分豊潤だよな、」

白鴎、胸を張る様に

「購入リストを精査して、小岩井から取り寄せましたからね、自慢の一杯、カフェ・コン・レチェ、かなり完成度は高いです、」

嘉織、朗らかにも

「永遠有能、白鴎正解、まあ、お二人お幸せにだよ、それで良いんだよね、」

永遠、嘉織の両手を取っては

「もう、嘉織ちゃん、ありがとうね、」

白鴎、一礼しては

「これで、いつでも発表出来ます、同窓会から一気に進展、仲立ちは嘉織さんと言う事で良いですね、」

嘉織、訝し気に

「凄い捲るね、事実だけど、今日のここでしょう、どうしたんだよ、スペイン公国さ、」

白鴎、はきと

「今年の熱帯夜に、後見役と言いつつ日々満喫しているセシーリア2世が予知夢を見られたそうです、空中庭園で和むスペイン公族一同、ただ私の相手が判らなくて皆のフォトアルバム集めて一通り写真をご覧になったら、セシーリア2世がお会いした事も無い永遠さんでした、スペイン公国筋は勘が強いですから、その筋から選ぶのが優先事項みたいです、」

嘉織、切に

「それって、いや何と言うか、愛情あるのか、」

永遠、ただ誇らしくも

「嘉織ちゃん、電流の走る恋愛も有り、お見合いで両家円満も有り、でもね、一つ一つ積み重ねた恋愛の方が私には合ってるかな、」

嘉織、はきと

「そう、永遠が良いなら、もうそれ、京都に紛れた密偵に懐柔されるよりは、ましか、だよね、」

永遠、はきと

「それもね、華辺様のお目通りでほぼ弾かれちゃうよ、」

嘉織、首を傾げては

「待てよ、華辺様謁見で、白鴎問題無いのかよ、そんな柔和な感じだったかな、」

白鴎、宙を見るも

「いいえです、華辺様故に、ハードルが高いのなんのですよ、」

永遠、居を正し

「華辺様の厳しい謁見は勿論ですけど、陰陽師家の名跡は厳格なしきたりが有りますからね、本当にかなりえぐい、白鴎さんの適応見定めてこその了承でしたよ、」

嘉織、思わず笑いが溢れ

「白鴎、それ見たことかだ、参考までに適応てどんな感じ、百日回峰行は期間的にあれだし、合格なら経文読み上げか、白鴎は声のトーンだけは良いからな、」

永遠、大手に振り

「嘉織ちゃん、この厳冬に熊野三山回向走破よ、」

嘉織、みるみる目を丸くしては

「待てよ、それって、獣道しか無くて、誰も踏破してないだろ、小雪も積もってもいるだろう、なあ、」

白鴎、遠い目も 

「その全てなればこそです、華辺様が容易くも、リモートビューイング出来るなら好都合だから道標を打って来て、と軽くおっしゃいました、役者五人、私一条白鴎・必然にも桃配家永遠さん・土師家評定衆公麟坊さん・絶賛売り出し中の武士上泉さん・そして帰郷中の土御門本家果歩さんもです、皆で樫の木の道標持ったものの最後の行程までが重いのなんのです、そして、運良く天候は快晴なれど、不自然にすれ違う各行者との説法に、猪の大群の猛追走に、狐の嫁入りに出くわしたりで、最後は修験道延々早歩きですよ、本当、皆さんタフですよね、」

嘉織、歯がゆくも

「まあ、その面子だけでも、とんでもない依頼料だよ、華辺様の一声凄いよ、って、白鴎関与の事なのに、君は相変わらず他人事だね、」

白鴎、したり顔も

「私が冷静でないと、皆さんを遭難させますからね、」

嘉織、ふと

「そもそも、この冬の時期に熊野三山回向走破って、白鴎、小学生の頃の林間学校のオリエンテーリングで最下位だったのにな、ずるしたのか、」

白鴎、不意に溜息も

「そこは今やでしょうか、深作筆頭に、サンタ・ピアドソ号のクルーとして乗員させられてますからね、かなり鍛えられてます、」

永遠、不意に溜息も

「そう、最終地点の熊野速玉大社にまたしても華辺様待ち構えていて、時間内の到達で無事合格、熊野三山回向街道おめでとうとおっしゃいながらも、翳されたタイマーは、残り39分24秒なんて、はあ、」

嘉織、ひくつきながらも

「まあ、華辺様、何れもが本気の様だからな、ご機嫌のままで良かったなと、」慌てる素振りも永遠の長い髪の雪をただ払いながら「それで夕食のメニュー、何、軽く聞いただけで腹減ってきたよ、」

白鴎、朗らかにも

「今日はパエリアのトルコライスですよ、」

嘉織、綻ぶも 

「バルセロナ・グラン・コメドールさ、何か、やたら日本寄りのメニュー多くないか、」

白鴎、理路整然と

「地元の方と話題を切らせない為に、寄港地の土地土地のメニューに寄せています、スペイン公国の肩書きでは、固さが有りますからね、」

嘉織、ふわりと

「トルコライスね、ああ、寄合所の大盛りナポリタン食べたいよ、あのトマトの酸味、あそこじゃないと食えないよ、和泉さ、本当に仕入れ先教えないよな、」

永遠、神妙に

「京都の寄合所は秘密の固まりですよ、その寄合所は会員制ですけど、見た目がそのまま喫茶店ですからね、勢いのまま入られる方増えたので、今は休業の札を立ててますよ、そのお話はおいおいにしましょう、」

嘉織、永遠の背中を押しながら

「やさぐれ武士な、やや、察しておくよ、ささ、中入ろうよ、」


足音も立ち消え、一等甲板の木製床に静かに雪が落ちてはうっすらと積もって行く

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