衝動判定『原初の恐怖』:侵食率85%→107%
暗い、暗い、暗い……。
これはあたしの心の中に落ちていく感覚だ。いやまあ、今までそんな経験したことないけど、これがどういう事かというのはなんとなくわかる。
幻視。一瞬だけ見る夢。フラッシュバック。言い方はそれぞれだ。ただ一瞬、心の中にある『何か』が脳裏に写り、その記憶を再現してしまう。
『
「で、あたしの場合はこうなるのか」
暗い部屋。拘束具に捕らわれた自分。そしてジャーム。
その圧倒的な暴力で散々体を痛めつけられたあの時。皮を剥がれ、針で刺され、骨を折られ、神経を刺激され、そしてそれら全てを癒されてまた同じ苦痛を何度も繰り返されたあの夜。
ジャームの欲望のままに丹念にいたぶられ、悲鳴を上げ、助けを請い、それでも聞き入れられずに絶望し、心が狂う事すら許されずに痛みを受け続けた拷問。
「……だったらよかったのに」
それだったら、あたしはどれだけ救われただろうか。
確かに心地良い思い出ではない。だが、最終的にあたしは助かった。助かることが分かっている拷問など、絶望ではない。もう一度あのジャームをぶち殺せるというのなら、正直な所願ったりだ。
「朋美、椿、瑠璃……」
あたしがの目の前で苦しむ三人の女生徒達。
あの日あたしと一緒に誘拐されて、助からなかった友人達。
目の前で器具により人の形を失っていく友人達。手を伸ばし、助けようとしても届かない。これがあの日の再現というのなら、届かなくて当然だ。あたしは助けようともしなかったのだから。
自分の身だけを大事にし、友人が苦しんでいる中でも彼女達の事を全く思えなかった。助けてと叫ぶ友人達に、手を伸ばすことも声をかけることもできなかった。
「あたしは……」
あたしが彼女達の事を
あたしは彼女達に対して謝る権利もない。
あたしに出来るのは、忘れない事だけ。
結果としてオーヴァードに目覚めて助かったあたしは、助かった原因であるこの力と共に生きるしかない。
オーヴァードの事とか、UGNの理念とか、世界の事とか、そんなものはどうでもいい。
この超能力を使って世界征服をするというのなら、好きにすればいい。
「あたしは……生きる」
みっともなくても、かっこよくなくても、蔑まれても。
あたしはあたしの生きたいように生きる。
何の力のない学生のように、自分の思うままに生きる。朝起きて、学校に行って、恋をして、キスをして、可愛い女の子とベットインして。そして『それ普通のJKじゃない』って言われたら何よー、って怒って。
「あたしは、あたしらしく生きる。あたしは酷い女で、わがままで、自分勝手で、皆が苦しんでいるのに助けることができなかったから」
あの三人が生きていたらどういう人生を送っていたか。そんなことは誰にもわからない。普通に男と恋をしてたかもしれない。普通に部活で活躍していたかもしれない。普通にテストでいい点数を取っていたかもしれない。
でも、もうその未来はない。どれだけオーヴァードが力を得たとしても、その未来はないのだ。
悲鳴と苦痛をあげる友人達。この光景があたしの『
「女の子には無理強いせずに迫り、痛がらせないように気持ちよくするテクニシャンを目指して頑張るから!」
※ ※ ※
「女の子には無理強いせずに迫り、痛がらせないように気持ちよくするテクニシャンを目指して頑張るから!」
「……いや、君は何を言っているのだ」
気が付けば白昼夢は終わり、あたしの意識は現実に戻ってくる。夢を見ていたのはほんの一瞬なのだろう。
思わず声に出していたらしい。P266の冷たい声があたしの耳に届く。
「えええ!? ほら、あたしの
「ごめん、ちょっと、引くわ」
「その、大声を出して叫ぶのはどうかと思うの」
むぅ、恵子ちゃんと秋絵ちゃんが一歩引いた視線を向けてくる。ああん、逃げないで。
「冗談はともかく――」
「いや、本気発言なんだけど。女性は優しく気持ちよくさせようというのは本気なんだけど」
「……レネゲイトウィルスの侵食率は大丈夫なのかね?」
P266はため息交じりにあたしの本気発言を聞き流す。おのれおまえもか。
ちなみにウィルス侵食率が100%を超えた段階というのは、危険な状態なのである。この状態が一定時間以上経過すれば、心までレネゲイトウィルスに侵食されてしまいジャームとなってしまうのだ。
日常を思いながら心を静めれば侵食率は下がるのだが、戦闘を前にしてそんな余裕はない。
体内をかけめぐるウィルスはその密度を増し、心を侵食してくる感覚が伝わってくる。
なのであたしは言った。
「問題ないわ。サクッと終わらせましょう」
そうだ。問題ない。
あたしはあたしのように生きると決めたのだから。レネゲイトウィルスなんかに心を侵食なんかさせない。
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