オープニングフェイズ

秋絵ちゃん P:抱き枕v N:ガード堅いなぁ…

 昨日と同じ今日。今日と同じ明日。

 だが、世界は確かに変貌していた。


 スマートフォンのアラームが鳴る。いつも目覚めの時になるアラームだ。

 あたし――牧村亜紀子は手を伸ばし、スマートフォンを探す。いつも置いてある場所にないと気付き、どうするか迷ってベッドの中に潜り込んだ。今日は日曜日。このまま微睡みの中に溶けていきたい。傍に置いてある柔らかい抱き枕を寄せた。

 むにっとしたモチのような感触。優しくつかめば返ってくる、水風船を思わせる弾力。体温に近い温度と心地良い柔らかさが――


「ひゃああん! 亜紀子ちゃん、その、朝から、んっ」


 耳元に響く声。目を開けると目の前には秋絵ちゃんがいた。隣のクラスの子で、図書委員をやっていて、確か出会いは依る街を歩いている所に声をかけたんだっけか。うんうん、心地良い。昨晩も散々お楽しみさせていただきました。


「わわわわ、あの、ケータイ、鳴ってるから、おきないと!」


 顔を真っ赤にして起き上がる抱き枕――もとい、秋絵ちゃん。ちぇー。あたしは渋々起き上がる。無理強いはしないのが淑女の努め。ああ、でもこの娘なら強引に押し倒しても嫌な顔はしないで流されて――やっぱりアラームうるさいから止めよう。

 脱ぎ散らかした服から聞こえてくるアラーム音。ベットから近い順に白のショーツ、黒のスカート、白のブラ、赤のブラウスと並んでおり、一番遠いブラウスのポケットにスマートフォンが入っている。なんでその順番かって? そりゃ部屋に入ってその順番に服を脱いで、ベットインしたからさ!


『シキソクゼクー。クウソクゼシキー』


 ブラウスからスマートフォンを取り出し、スライドする。流れていたアラームが止まり、部屋は静寂に訪れる。よしこれで続きができるぞ、と振り返れば服を着ている秋絵ちゃんがいた。むぅ、残念。


「……なんで般若心経なの?」

「心にビビッときたのよ」


 秋絵ちゃんの質問に答えながら、あたしは軽く伸びをする。そのまま部屋のドアを開けた。


「え!? 亜紀子ちゃん服着ないの!?」

「シャワー浴びてくるから要らない。秋絵ちゃんも一緒に入る?」

「いいいいいいい一緒!? そそそそそそんなことできません!」


 顔を真っ赤にして断る秋絵ちゃん。むぅ、昨日体の隅々まで知り合った仲なのに。あたしは下で唇を舐めながら、昨晩の蜜月を反芻していた。この唇が秋絵ちゃんの体の隅々まで触れた夜を。そのたびに秋絵ちゃんは激しく反応し、そして最後には――


「おおっと、いけないいけない。いけないスイッチが入りそうになった。シャワーシャワー」


 桃色エッチぃ妄想に捕らわれそうになる思考を振り払い、あたしはシャワー室に向かう。今日と言う一日を始めるために。


 あたしの名前は牧村亜紀子。花も恥じらうJK。……何か文句がありそうな人もいるけど、とにかく青春真っ盛りの高校生女子。

 ただまあ、あたしは他の人と違う所がある。そう、それはあたしがオーヴァードだということだ。レネゲイトウィルスに感染し、発症した人が目覚める超能力者。あたしはそういった人を超えた者オーヴァードなのだ。

 あたしの持つ能力は獣のような力キュマイラ影を操る力ウロボロスを得たようだ。専門家じゃないのでよくわからないが、あたしのは影その者が戦うという特別なもので、傍らに立つ影シャドウバディだとか映し身アヴァターとか呼ばれている。ちんぷんかんぷんだけど。

 力に溺れすぎると怪物ジャームになるから気を付けてね的な事を言われたが、基本的にそう言った力を使うことはない。この力の一部ワーディングを使えば女の子を誘拐することも可能みたいだけど……そういうのは流石に。だってほら、合意じゃないと。

 何はともあれ、そういう力がある以外は普通の乙女だ。趣味はちょっと特殊かもって言われるけど、それぐらいは個人の自由の範疇だ。

 シャワーが髪の毛の泡を落とし、そのままボディソープで体を洗う。顔、首、背中、腕、そしてふくよかな……まあ秋絵ちゃんには劣るけどそこそこふくよかな胸。そしてお腹から下にスポンジが迫る。足元から太ももに上がり、そして乙女の領域に――


「あの! 昨日はお話を聞いてくれてありがとうございました! ……その、失礼しますね!」


 扉越しに聞こえてくる秋絵ちゃんの声。あらまお帰りですか。朝ご飯ぐらい食べて帰ればいいのに。今日は休日。一日中お楽しみできると思ってたのになぁ。


「……ま、しょうがないか。お母さんと喧嘩したんだもんね」


 進路のことで親とすれ違う。安定した職と、創造的な仕事。親としては安定した仕事についてもらいたいのは当然だ。イラストで食べていきたいという秋絵ちゃんはそこで親と口論し――あたしはそんな秋絵ちゃんを家に泊めたのだ。いったん落ち着いて話をするように、と。


(まあ、落ち着かせるためのをしたのは、事実だけど)


 どのような形であれ、吐き出してしまえば心は落ち着くのです。結果、秋絵ちゃんがどういう結論を出したかまでは、あたしの関与するところではない。


「とはいえ、困ったなぁ。今日は一日中秋絵ちゃんとお付き合いする予定だったし。今日はどうしようかなぁ?」


 予定が全部パーになったデート予定表を消去する。今は朝七時半。朝ご飯を食べれば八時ぐらいか。他の友達とにゃんにゃんするのも悪くないけど。


「うん。今日はいい天気だし、のんびり散歩しよう」


 言ってあたしは服を着るために部屋に戻るのでした。

 

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