手探りで書いた10の小話集
銀鮭
第1話 ちょっとエッチでくだらない話
私が二杯目のビールに口をつけようとした時に、彼はやってきた。
「いや~遅れてすまない。あっ、俺もビールね!」
と、席に着くなり注文する。
「いったい、どうしたんだよ」
「実は、家内と一緒に庭の草刈をしていたんだ」
彼の家は、都心から電車を乗り継いで二時間もかかる田舎である。
「それにしても遅いじゃないか」
「うん。蛇が出たんだよ」
「蛇?」
「そうなんだ。マムシが出たんだ」
マムシとはハブと並んで猛毒の蛇である。噛まれればその毒で人間が死に到ることもあるのだ。
「噛まれたのか?」
「ばか。噛まれれば来られるわけないだろう」
「そりゃそうだ」
「実は、妻とけんかをしてね遅れたんだよ」
彼は、カウンターに置かれたビールを手にすると旨そうにのどに流し込んだ。
「もし、俺が噛まれたら毒を吸い出してくれるかって聞いたんだけど、どうして? ってぬかしやがる」
「なるほど、それでひと悶着か……」
「俺だって嫌だけど、まあ夫婦だから毒は吸い出してやるってのに……」
「いや、実際、頼まなくって正解だ! 僕の知り合いに頼んでえらいことになった奴がいるんだ」
高校二年生の頃の話だ。
私たちの学校は、夏に一泊二日で林間学校へ行くことが行事となっていた。避暑を兼ねた集団生活の勉強なんだけれど、ほとんどは宿坊で、翌日の朝には全員が草刈に借りだされることになる。草刈の前には和尚さんから注意があって、毒蛇の見分け方やその対処方法を教わった。どういうわけか知らないが、そいつはクラスでいちばんかわいくておとなしい、マドンナ的存在の女の子と組んで本堂の裏山を刈ることになったんだ。
「あー知ってるぜ、その話。いやらしいやつだなぁ~」
そう言って彼は肘で小突いてくる。
「知ってるって?」
「そいつは自分のアレをマムシに噛まれたんだろう? それでマドンナに毒を吸い出してくれって……」
誰でも知っているエロ話じゃないか、とにやけた顔をする。
「いや、少し違うかな……」
「違うって、何が?」
小一時間ほど草を刈ってから、ふたりは休憩をとっていたんだ。少し離れた小川のほとりで――。
すると、そいつは突然叫び声を上げ、のたうちまわったそうだ。マドンナはもう驚いてその場で固まってしまった。そんなマドンナに向かって、そいつは言ったんだ。
「マムシに噛まれた! は、はやく、毒を吸い出してくれ!」
そいつは短パンをはいていたのだけれど、いつの間にか下着とともに脱いでいた。彼女は、もうどうしていいのかわからなくなった。そいつの股には、両手で握ってもとても隠し切れないほどの巨大なアレが腫れあがっている。痛みを和らげるためか、そいつがさすればさするほど腫れあがっていく。
何とかしなければ! と弱気になりかけた彼女は自分を叱った。
「もう毒が根元までまわってるんだ。早く! 吸い出してくれ!」
彼女は人生最大の決断を下した。
「そいつ酢でも飲んでりゃ自分で吸い出せるだろうに……しかし、本当は噛まれていないんだろう……?」
「ああ、噛まれてなんかいないさ。自分で刺激を与えただけさ。でも、マドンナはそんなことは知らない。男の裸など見たことがないんだから、手コキであんなに大きくなるなんて想像もできなかったろう」
「それで結局は……吸い出したか。はははっ、騙されるところだった。やっぱり作り話なんだろう?」
「いや、本当の話だ。彼女はクラスメートであるそいつの命を救うことに真剣だったんだ。でも、どうしても吸うことはできなかった。だから刈ったんだよ――」
「草をかい?」
「いいや、そいつのアレを根元からザックリと、カマでね……」
「嘘つけ! 冗談だろう! 本当なら証拠を示せよ」
「よし、わかった! おーい、ママ!」
隅のボックス席で他の客と談笑していた花柄の小太りが、笑顔で二人の席へやってくる。
「あら、こちらお友達なの、ハンサムね~。ちょっと独身なの、それとも……」
そのしわがれた声は明らかに男性のものだった。
「ママさぁ、こちらさんに今、ママの学生時代の失敗談を話してやってたんだよ」
私は、少し苦笑しながら言った。
「あら、何かしら? 教えて~、ねえ、おしえて~よ~~~~」
(了)
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