家族ごっこ。
Asuka
【箱の中】
目を覚ました時、周りは真っ暗な世界だった。
しかも、息する余裕もないくらいギュウギュウに押しつぶされた体。
いや、別に苦しくなんてないけれど、それでもやっぱり少しくらい隙間が欲しい。
なぁんてことを考えていると、ガタンッ!という衝撃に襲われ、すぐさまゴロゴロという振動が足元をくすぐる。
そして、怠そうな欠伸の音、ざわざわとした雑音に混じって、軽快な音楽が聞こえた。
なんだなんだと周りの奴らも騒ぎ出す。
「きっと外だ!やーっと足が伸ばせるぜ!」
「でも次はうるさくて、眠れやしない!」
わぁわぁ、どやどやと声が上がる中、パッと世界が明るくなった。
一層増してまわりの音が鼓膜を震わせる。
その時だ。
「うわ!なんだ!はなせ!」
仲間の一人が叫んだ。
僕はずっと下を向いていたのか、様子が分からなかったが、誰かが何者かに捕まったようだ。
仲間たちがヒエッと怯え、震えだす。
だが、敵はなんの気も止めず、次々と仲間たちを捉えていった。
段々と周りの仲間たちが消えていき、残りも少なくなった時、ひょいっと体が宙に浮いた。
生暖かな食感が腹回りにまとわりつく。
遠くなる仲間たち。
高くなる視界。
大きく鼓膜を鳴らす音楽。
するとくるりと世界が反転し、大きな目玉と口、僕らの何倍もあるそうな巨大な体な生物が目の前に現れた。
生暖かい感触は、コイツの手のようだ。
そして奴は、無造作に僕を四角い透明な箱に閉じ込めたのだった。
□□ □□
しばらくして知った事だが、あの巨大生物はニンゲンと呼ばれる生き物だそうだ。そして、この箱はUFOキャッチャーと呼ばれ、上にある丸い胴体に細いがに股の足が生えた生物はアームと呼ばれる。
ニンゲンはそのアームを自在に操り、僕たちヌイグルミ界の仲間をつっついたり、挟んだりして暗い穴の下へ落とす。落とされた仲間は何処か遠くに連れ去られてしまい、噂では酷い拷問や扱いを受けるとか。
僕と同じヌイグルミ界イヌ族の仲間だって、何人犠牲になったかも分からない。
「ハニーィ‥ハニーィ‥う、うぅ‥」
「おいおい、黒旦那よ。いつまで泣いてるんだよ?!いい加減その汚ねぇ面どうにかなんねぇか??」
しっかりしろよと、白いイヌが落ち込んだ様子の黒い毛並みのイヌをつっついた。
同じイヌ族のシローと黒旦那だ。
「ほら、何事もぷらすに考えなって。今ごろあんたのハニーは幸せに他の野郎と仲良くやってるはずさ。もしかしたら、あんなことやこんなことしてたり‥」
「あぁぁあ!!!!ハニィィィィイイ!!!」
この世の終わりだと言わんばかりの悲痛に泣き叫ぶ黒旦那の隣で、へへっと意地悪そうに笑うシロー。
ハニーというのは、ハニーブラウンの毛並みをした黒旦那の最愛なる彼女で、つい最近穴に落とされてしまった。それ以来ずっとこんな調子である。
「
「そんなに黒旦那をいじめるんじゃないよシロー‥。黒旦那も、元気出して下さい。」
なんだよと不満そうなシローを横目に、ポンポンと黒旦那の背中を撫でてやる。ちなみに茶々とは僕の事で、薄茶色に白い眉が生えている。
再びギャーギャー言い合う二人を余所に、僕はぼぅと外を見た。いい加減間に挟まれる僕の気持ちも考えていただきたい。
ニンゲンは不思議だ。
僕たちは皆んなそっくりなのに、ニンゲンは一体一体全く異なる。大きさも、顔も、身につけている物も、何もかも。そして、自在にアームを操り、ヌイグルミ族を突っつき、穴に落とせれば嬉しそうに笑い、落ちなければ悔しそうな顔をする。
そんなに悔しいなら、こんな箱なんかに僕たちを閉じ込める必要なんてないのに。
そんな事を考えていると、ふっと目の前が暗くなった。
ニンゲンのカップルがこちらの様子を伺っている。そして、カチャンと小さな音がしたかと思えば、ウィーンという機械音に、チャッチャラー♪と軽快な音楽が箱中に響きだした。
ビリッと箱中に緊張が走る。
「俺だ!俺を選べ!ハニーに‥ハニーの元に俺を連れて行け!!お願いだ!!お願い!!」
黒旦那が掠れた声で叫んだ。
「馬鹿野郎!何言ってんだよ!?!」
「いいんだ‥。例えハニーに会えなくても。バニーが居ないこの場所なんて‥」
僕は黒旦那が震えている事に気がついた。
本当は怖いはずだ。
箱の外の様子は誰も知らない。
戻って来た者など一人もいない。
ましてや、外に出たら身の安全なんてものは存在しない。
しかし、彼にとってはそれを望むほど、最愛の彼女が、そんな所に行ってしまった事が何よりも辛く、苦しい事なのだろう。
でも、僕たちはそれよりも残酷なことを知っている。
ピタリ。
頭上でアームが止まった気配がした。
「茶々‥‥。」
そう、何よりも残酷なのは
誰が穴に落とされるか分からないこと。
つまり、僕たちは自分で運命を選ぶことができないということだ。
「黒旦那、もしハニーさんに会ったら、ちゃんと黒旦那のこと伝えておきますから。」
ゆっくりとアームが下がって来る。
「‥‥あぁ、頼んだよ。」
運命を選べない分、僕たちには決まり事がある。
冷んやりと冷たい感触が伝わる。
「約束です。」
箱の外に出たものは、中の仲間の意思を、必ず伝える事。
僕はゆっくりと暗い穴へ落ちていった。
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