第12話 叔母とわたし

 次の日から、わたしは学校へ行かなくなった。

 教室に行っても、荒西くんに会えないからというわけではなかった。外に出ること自体、面倒になってきたからだ。

 おそらく、病院で見た彼の姿が頭に残っているからかもしれない。つまりは、わたしがいなければ、荒西くんは車に撥ねられなかった。自分が悪いと考えてしまい、どうすればいいかわからなくなっていた。再び病院に行く気も起きなかった。

 ビニールひもは彼がまだ持っている。だけど、もう、絞め殺してなどと頼む気持ちはしぼんでいた。けがをした原因のひとつはわたしがあるのに、そういうことを言えるわけがなかった。

 気づけば、自分の部屋にほぼいる日々が三日ぐらい続いていた。

 窓からは、夕焼けに染まる日の光が差し込んできている。

「入るけど、いい?」

 叔母の声は、部屋のドアから聞こえてきた。わたしは返事しなかったが、入っていいと受け取られたみたいだ。おもむろにドアを開けられる。

 現れた叔母は、まだ兄がいたころからお世話になっている人だ。母親の妹で、両親が亡くなってから、叔母の夫も含めて十年ぐらい一緒に住んでいる。

「どうしたの? もう三日も学校に行かなくなっているけど?」

「うん……。わかってるけど、その、行く気が起きなくて……」

「先生がさっき、家にいらしてね、心配していたわよ」

 叔母は言うと、ドアを閉める。先生はクラスの担任だろう。午後にだれかが来たことは、チャイムや玄関の扉を開け閉めする音で知っていた。感覚としては長く話していたようだった。

「後、これは先生から聞いたけど、なんだったかしら? ほら、あの男の子。あら、いしくん?」

「荒西くんのこと?」

「あっ、そうそう。荒西くんだったわね。ほら、前にお見舞いへ行った子でしょ? その彼もね、心配しているそうよ。学校に来なくなったことを知って」

「荒西くんが、わたしのことを?」

「そう。にしても、そんなに心配してくれる男の子がいるなんて、よかったわね」

 答えてから叔母は、安心したような表情をする。

 わたしはどこがよかったのか、わからなかった。

「わたしはね、そういう思ってくれる人ができてくれて、うれしいのよ。今まで、兄がいないことをどこかしらで、つらく感じていたみたいに見えたから。荒西くんは、それもわかってくれると思うわよ」

「おばさんは、わたしが引きこもりがちになっているのに、怒らないの?」

「怒っても、学校に戻ろうとはしないでしょ?」

「たぶん、そうかもしれない……」

「だけどね、心配してくれる荒西くんっていう男の子、彼は大事にしたほうがいいかもしれない。まあ、これはあくまでもおばさんの意見だけどね」

「わたし、荒西くんに会う資格なんて、ない。だって、荒西くんがけがしたのはわたしのせいで……」

「もしかして、それでずっと悩んでいたの?」

 叔母の問いかけに、わたしは首をゆっくりと縦に振る。いつの間にか、瞳は潤み、涙が頬を伝っていた。

 涙が部屋の床にこぼれそうになったとき、叔母がさりげなく、指で拭い取ってくれた。

「わたしは、先生からしか事故のことは聞いていないけど、助けてくれたんでしょ?」

「助けてくれたけど、わたしが荒西くんといなかったら、助けることもなく、けがもせずに済んだはずだから……」

「それを、入院している荒西くんの姿を見て、強く意識するようになったの?」

「うん……」

 わたしは躊躇せずにうなずく。荒西くんは、「今回のけがを白原さんのせいだなんて、これっぽっちも思ってないよ」と言っていた。だけれども、それで罪悪感を消すことはできなかった。やはり、けがをして病院にいるということがいやでも感じるからだ。

「荒西くん、心配しているんだから、もう一度、病院に行ってみたらどう?」

「だいじょうぶかな……」

「『だいじょうぶ』って?」

「わたしのこと、もしかしたら、心の底で嫌っていたりしないかなって……」

「そんな不安をするもんじゃないでしょ? そしたら、もし、荒西くんが本当に心配していたら、失礼でしょ?」

「そうなのかな……」

「とにかく、明日にでも病院に行ってきてあげたほうがいいわよ。ついでに、学校にも行ってきたらどう?」

 叔母は心配してくれるような口調で言うと、部屋のドアを開ける。

 わたしはどう言葉を返そうか、考えていた。

 叔母が部屋を出て、扉を閉めようとする。

「ありがとう……。おばさん……」

「ありがとうだなんて……。本当は、姉がいてくれたら、いいんだけどね」

「姉……。あっ、お母さんのこと……」

「亡くなってから、もう十年ぐらい経つのね。月日は早いものね」

 叔母はひとり言のように口にすると、部屋のドアを閉めた。続けて、廊下を歩く音が耳に届いてくる。

 わたしは窓のほうへ視線をやる。

 夕日は半分以上が沈みはじめていた。照らしてくる光は、叔母がやってくる前より弱まっている気がした。

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