第7話 荒西くんの決意と別れ
周りは真っ白だった。
わたしはなぜ、そこにいるのかはわからなかった。
急に足音がしてきたので、振り返る。
視界に、荒西くんの姿が映った。
「白原さん」
「荒西くん、ここってどこ?」
「ぼくにもわからない。それよりも、あの話なんだけど……」
彼は小声で言うと、合わせたくないのか、目を逸らす。
「色々考えたけど、白原さんを絞め殺そうと思って……」
「えっ? 荒西くん?」
「色々と考えた結果なんだ。白原さん、いいよね……?」
申し訳なさそうな口調の荒西くんは、おもむろに視線を向ける。心のどこかに罪悪感があるようだった。
わたしは断らずに、笑みを浮かべる。
「気にしないよ。それに、わたしのほうから頼んでいたことだから。それを荒西くんは、色々と考えてくれた末に決めてくれたから、謝ることはないよ」
「なんだか、ぼく、謝ること多いよね」
「そうだね。でも、それは荒西くんがやさしいってことだと思う」
「やさしいか……。まあ、やさしすぎると自分が損するんだろうけどね」
彼は言うと、ポケットから一本のビニールひもを取り出した。雑木林で渡したものだ。
「白原さん、本当にいいの?」
「うん。これがわたしにとって、一番の幸せな方法と思っているから。後悔はしないつもりだから」
「そうは言われても、『うん、そうだね』と言って、簡単にできなさそうだけどね」
「ためらっているの? 荒西くん?」
「いや、もういい。ぼくはやるって決めたんだから、ここであきらめるのは優柔不断になるだけだ」
荒西くんはかぶりを振ると、ビニールひもの両端をそれぞれの手で持つ。たるまないようにまっすぐ張ると、正面に出した。
ビニールひもの先には、わたしの首がある。
「いくよ、白原さん。あの、それでなんだけど、最後に言い残したい言葉とかってある?」
「荒西くんのこと、わたし、前から好きだったってことぐらい……」
「そっか……。ぼくはうれしいと思うと同時に、悲しいけどね」
彼は声を潜ませると、顔を逸らす。片手で瞳のほうを擦っているところから、涙がこぼれたみたいだった。
一方でわたしは、荒西くんが首を絞めてくれることを待っていた。
好きな人に殺されることをうれしく思っている。もうすぐ、両親や兄に会えることを楽しみにしている自分がいた。
時間を置いてから、首の前にビニールひもが出される。彼は背後に立ち、握りこぶしにして、ひもを掴んでいた。
「短い間だったけど、ぼくのことを好きになってくれて、ありがとう」
「こちらこそ、わたしの願いを受け入れてくれて、ありがとう……」
「じゃあ、いくよ」
「うん」
お互いに声を交わしてから、荒西くんの持つビニールひもが首に巻きつけられる。すぐに力を込められたせいか、ビニールひもがきつく締めつけられ、わたしは苦しくなってきた。
手が自然と、ビニールひもを外そうとして握ろうとするも、わたしはすぐにやめた。自分で決めたことを変えるわけはなかった。ただ、締めつけられることは辛くて、我慢するしかなかった。
しばらくして、わたしは急に意識がなくなった。視界が暗闇になり、自分がどこにいるのか、わからなくなる。
気づけば、わたしは白い空間で倒れている自分の姿を眺めていた。
そばには、ビニールひもを持ったままで立っている荒西くんがいる。
「やったんだ、白原さんを……」
彼は息が荒く、肩が何回も上下していた。
一方でわたしは、倒れているもうひとりの自分を見ていることに、不思議さを覚える。
「まるで、幽体離脱したみたい……。というより、わたし、死んだんだ……」
わたしは言うと、おもむろに自分の両手を見る。体は透き通っていて、立っている荒西くんの上にいる。宙に浮かんでいた。
荒西くんは膝を崩して、顔をうつむかせる。嗚咽が聞こえてきて、悲しんでいることはまちがいなかった。
その光景を眺めて、わたしは片方の手を振る。
「さようなら、荒西くん……」
かけた声は、彼に届いていないのかもしれない。幽霊になったから、生きた人にはわからないだろう。
わたしが周りに顔をやると、どこから現れたのか、二人の警察官が荒西くんのほうへ歩いていく。
「だめ……。荒西くんはなにもしてない! わたしが頼んで殺してもらっただけだから! お願い! 荒西くんになにもしないで!」
わたしは叫ぶも、警察官は目を動かそうとしないから、気づいてはいないようだった。
加えて、体はさらに上のほうへ昇っていく。もう、死んだ人はここにいてはいけないということだろうか。
だけど、彼が逮捕されることを恐れて、わたしは両手を伸ばして、なんとかしようとする。もしかしたら、戻れるかもしれないと信じて。
だけれども、荒西くんや倒れている体から遠ざかっていく。
「なんで! わたしは荒西くんに悪いことをさせようとして、こうやったんじゃないの! なんで!?」
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