傾いたら倒れるよね

あさき まち

第1話 お姫様と私(the Queen and I)

私はお姫様が好き。お姫様になりたいなんてあつかましいことは微塵にも思っていません。生まれた瞬間から、お姫様になれるかなれないかなんて決まってるもん。私の場合は、稲城市の病院生まれだから、あ、違うってわかったよ。

私のお姫様好きは、お姫様になりたいんじゃなくて、お姫様を崇めたいという感じかなあ。あれ?一気にヲタク臭くなった?うーん、じゃあお姫様を応援したいとかそんな言葉でいいや。なんで応援したいかって?うーん、女ながらに私が守ってあげたいとか思っちゃっているのかもしれない。

あ、そうだよね。私が言うお姫様がまだわからないよね。説明するね。

まず、本当のお姫様なんてこの世に何人かしか現存していない。なんでこう言いきれるのかって?そりゃ何人もいたら、お姫様だってやっていられないでしょ。経済は希少性が大事なのよ。

 

日本で私が確認したお姫様はまだ一人。たぶん他にはいないと思う。

びっくりでしょ。声優やっている子の中にお姫様がいたんだよ。

キャラでしょ?キャラじゃないキャラじゃない。本人がそういうんだもん。

ガラスの靴はいてた?ガラスの靴なんて履くわけないじゃない。あんなのシンデレラだけ。そもそもシンデレラはお姫様じゃないし。その証拠にシンデレラがお姫様として過ごしたキャリアについて私は読んだことがないもん。私のシンデレラの印象は、ボロ衣まとっているか、舞踏会のドレス着てるか。後者はお姫様っぽいけど、まだあの時はただ紛れ込んでたねずみでしょ。シンデレラのお姫様性がでるのは「お姫様として王子様と幸せにすごしましたとさ」の文くらいじゃない?

私が言うお姫様は、なんかこう目が子供みたいにキラキラしているの。生あるものみーんなにやさしいの。え、私わからない~って、世の中とか汚いものを知らないの。それでいてなんだか陰があるの。裏でためいきついているんだろうね。あーあ、お姫様も疲れるよ、ってね。



「で、あんたのいうお姫様は誰なのよ。」

と美穂が言う。

「あかりんだよ。あ、あかり王国のお姫様の田丸あかりさんね。」

と私。

美穂は呆れ顔で言う。

「どうせ、何年か経ったらその趣味も飽きるんだから、早くやめな。」

ん?どうして、誰かを尊敬したり応援したりする気持ちが飽きるのかな。私はキング牧師の話を聞いてからこれまでずっとキング牧師を尊敬してきたし、これからもずっとキング牧師を尊敬し続ける。みんなだってそうじゃない?

別にあかりんとお近づきになりたいなんてことは思ってもいないし、私は自分のできる範囲であかりんを見守っているだけなのになんで美穂にとやかく言われなきゃいけないのだろうか。あ、返事が返ってこないと見るや、美穂がまだなんか言い足そうとしている。

「あんまりこんなこといいたくないけど、そんなんだから彼氏ができないんだよ。」

はい。すみません。彼氏が、できなくて。私、劣っています。そんなこと、わかっている。でも、あかりんは、お姫様だし、お姫様好きの私に近況を教えてくれるし、私はあかりんを尊敬し応援しているもん。あんたがたの真似事と同じでしょう。あかりんがいるからいいもん。あ、うわっ、彼氏の代用品として、あかりんを見るという考え方が、私の頭の引き出しにあったことにショック。あかりん、ごめんなさい。ごめんなさい。嘘。嘘です。あかりんに嘘ついてごめんなさい。あ、また美穂が返事待ちの顔をしている。返事、返事。

「ごめんなさい。」

あちゃ、頭の中の思考を引きずってしまった。これでは唯一私を気にかけてくれている友人をどうでもいいといわんばかりの返事で跳ね除けてしまっているようだ。

「はあ、まあ彼氏云々は別にいいんだけど、私は房枝が心配なのよ。」

あれ?セーフ?というかどうでもよかったんだ。こっちはあかりんの品位を落としかねない考え方が自分の頭に浮かんで一瞬パニックになりかけたというのに。

「心配かけてごめんね。でも今はあかりんを応援することが一番大事なんだ。もし、私がさ、彼氏とか欲しくなったら、そのときは美穂に相談させてもらうね。」

思ってもいないことであったけれど、美穂はこうでも言わないと引き下がってはくれない。

「うん、急には無理だよね。そんなことわかっている、少しずつ治していけばいいよ。」

治すってなんだよ。まるであかりんを応援していることが欠陥みたいじゃない。

あかりんの話はここで終わった。お互いの友情を維持するには、ここでやめといたほうがよい、と二人とも判断したのだろう。誰とでもできるような大学の話題などについての会話を済ませた私たちは、吉祥寺のカフェをあとにした。


「このあとどうする?」

今日は昼ごはんを食べるという名目であったはずなのに、すでに時計は4時を回っていた。

「私レポートやんなきゃ、もう帰るわ。明日一限一緒だよね。またそのときに。」

そっか、美穂は用事があるのか。じゃあね。

「あ、あんたもちゃんとレポートやんなよ。」

ほいほい。


私は、中央線に乗り、中野に向かう。あかりんグッズ新しいものあるかなぁ。中野の大型ショッピングモール(というのかな)に入っている、そういう人たちのための店を目指す。「そういう人たち」と言葉をにごらせたのは、ヲタクと私のような純粋な気持ちで応援している人を一緒にして欲しくないから。まあ、他所の人から見たら区別はできないだろうから、どうでもいいか。

そういう店に着いた。そういう人たちがいっぱいいる。うげ、汗くさ。そういう人たちが汗くさいということを言うのは、私にも汗くさいのレッテルを貼ることとなるため、あまり言いたくはないけれど、まあ率は高い。汗くさい率70%。私は一瞬で鼻から息を吸ってゆっくりそれを吐き出すという方法をとることにした。口呼吸という手もあるが、邪道。私としては、鼻で呼吸をすることによって多少の悪臭がすることより、くさいきたないおえおえな空気が口を通って体内に取り込まれることのほうが許せない。おえおえ。

先に述べた方法で呼吸をしながら、(きっと鼻息が荒い女だと思われただろう)ガラスケースに入っているあかりんグッズを眺める。あ、お姫様だ。何回あかりんを見ても、こう思う。毎回びっくりしている。ありゃりゃ、お姫様がまだいらっしゃったのですねとね。生写真(生って何、ねえ生って何)、マフラータオル、Tシャツ、DVD、CD、、、、大体のものにはあかりんの写真やイラストが入っているが、そうでないものもある。このグッズはあかりんとどのようなメカニズムで結びついているのだろうか。毎回買ったあと家に帰って買い物袋を開けると考えてしまう。コレクター精神というものだろうか。いや断じて違う。私はコレクターとは違う。彼らはモノに執着するもの、自分が一番この分野でモノを持っているのだということに充足感を覚える人種。私は、モノに執着しているのではなく、記号に執着しているのかもしれない。別に欲しくもないグッズであってもあかりん印が刻印されていれば購入する。購入することに意味がある。うーん、例えばチャリティーナントカみたいな商品を想像してみて。あれって、チャリティーナントカを買うという行為によって満たされるでしょ。別にそのお金の行き先だ、とかそのチャリティーナントカが欲しいか、なんてのは二の次でしょ。それと大体一緒だよね。あ、いやな単語が頭に浮かんできた。「お布施」


今の財布のお金で買えるものは大体既に買っていたため、私は新しいものと思われる一枚の生写真を購入した。ステージで汗を流しながら笑顔で歌っている写真。あ、お姫様だ。

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