報告と証明
小休止を挟み、道なりに行く事小一時間。我は町に辿り着いた。少し遠目からでも確認出来る程に街を守る長大な塀。魔物の進行があってもある程度は時間を稼ぐ事が出来る構造になっている。
街の名はフィアスコール。我は三十年くらい前に一度訪れた事があり、その時よりも少しばかり変化が見受けられた。街としてはそこそこ発展しており、確か小さいながらも魔法を習う学校も存在していた筈だ。今もあるなら、少しばかり顔を出して見るとするか。もしかしたら将来的に我を越えるかもしれない逸材がいるかもしれんしな。
そして、我はあの魔法陣を描いた廃墟はフィアスコール付近に建っていたのか、と独りでに納得した。
その事を知らなかったのは、魔法騎士団に追われるようになった我は行動パターンを読まれないように敢えて転移魔法【ランダムテレポート】を使って移動をしていたからだ。
見付かったら自分の意思は無視して何処か別の場所へと転移する。その繰り返しをここ数年行っていた。地図もずっと空間魔法で仕舞いっぱなしにして確認作業も怠っていたしな。お尋ね者になっていたので大手を振って人のいる場所には行けなかったからな。どうせ街に行く事はないのだから確認する必要も無かろうと自己完結していた。
まぁ、時折【ランダムテレポート】で町の中心やお偉いさんの屋敷の中に転移してしまう事もあり、一騒動起きてしまったが、無事に乗り切れたからこうして今がある。いい思い出……とはいかないまでも逃亡生活中の程よいスパイスにはなったな。
と感慨にふけりながら我は特に入場料も取られる事も無く、門番の横をアール達と一緒になって門を潜り抜けた。その際、アールは門番にもエンジェルベアが出現した事を話した。門番達は血相を変えていたな。そりゃ、近郊に生息していない強い魔物が現れたとなれば、慌てもするか。
我らは町の中を行き、少しばかり行き交う輩の奇異の視線にさらされながらも我は無視。アール達も無視して冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドへと到着し、扉を開いて中へ入り、真っ直ぐと受付へと向かい、アール達はオーク討伐に関する件とエンジェルベアが出現した事を報告した。
門番と同様、ギルドの受け付けも驚きを隠せないようで、更に持ってきたエンジェルベアの毛皮や翼と言った素材を提出された事により真実であると判断し、詳しい話を聞く為にわざわざ別室へと移動させられた。
因みに、オーク討伐に関しては、一応エンジェルベアの胃袋に少し溶けてはいたが二体分のオークの右耳が残っていた。なので、それを提出し商隊を襲ったオークによる被害は出ない事も証明した。
で、現在。事は少々大事になるっぽいとの事で、応接室でギルド長と向かい合っての報告となっている。
ギルド長は四十くらいの歳で、若干髪が後退してきているな。我はあまり後退せずに八十になってもふさふさの白髪を適当に伸ばして紐で結っていたが、こいつは六十くらいに頭頂部の髪は無くなるだろうな、と勝手に予測する。
また、筋骨隆々としており、素肌の見える箇所には古傷がいくつも存在している。若い頃からやんちゃをしていた事が窺える。その相手は人間だったり魔物だったり、様々だろう。
まぁ、ギルド長なんぞやっているのだから短絡馬鹿ではなく、そこそこ頭のまわる輩なんだろう。
「本当にこの小僧がエンジェルベアを倒したってのか?」
で、ギルド長は疑いの眼を我に向けてくる。アール達はきちんとギルド長にエンジェルベアとの遭遇から我に助けられた後の事まできっちりと話した。ギルド長は実力的にアール達が倒したとは最初から思っていなかったが、我が倒したと言うと片眉上げて怪訝な顔をした。
外見は十歳の少年なのだから、疑うのは分かる。まぁ、実年齢は八十なのだがな。我は。いや、リッチーとなったから享年八十歳とでも言った方がいいのか。……どちらでもいいか。
「あぁ。我にとってはあんな熊、雑魚でしかない」
我はソファの背もたれに身体を預けながら答える。
「ほぅ、あのエンジェルベアを雑魚って言うか。大した小僧だな」
「まぁ、我にとっては大概のものが雑魚だがな」
その答えが気に食わなかったらしく、ギルド長のこめかみがぴくぴくと小刻みに震え始める。
「……あんま調子にのんじゃねぇぞ小僧。そうやって驕ってるとそのうち足元すくわれるぜ?」
「驕ってなどいない。我は事実を述べただけだ」
更に我が口を開けば、その少し髪が後退した額に青筋が浮かび上がる。どうやら、更に我の言葉が気に障ったようだ。更に、怒気も立ち上っているように見える
しかし、我は本当に事実しか言っていない。魔法が使えなくなったとしても、大概のものは我にとって雑魚同然なのだ。無論、魔法の使えない我では太刀打ち出来ないものが存在している事もきちんと理解している。なので、我は驕ってもいない。
何やら張り詰めた空気がこの応接室を支配していくな。これは悪い空気だ。所謂、一触即発と言う奴だな。横に座るアール達がギルド長の怒気で恐怖を覚えて震え始めている。どうにかせねばいけないが、我が口を開いた瞬間に爆発しそうだな。
と言うか、我がいた方が話がスムーズに進むと言っていたが、それは誤りではなかったか? 結果としてこんな緊張状態が生み出されている訳だしな。
「い、いや。多分シオネくんの言ってる事は概ね本当だと思いますよ」
「あ?」
「あ、いや、その……」
この空気に耐えかねたアールが小さく手を挙げながら発言するが、ギルド長の一睨みで涙目になってしどろもどろになり、一層小さく縮こまってしまう。
「シオネくんは、魔力の譲渡も出来ますし、それに、エンジェルベアの頭を一撃で吹っ飛ばしましたし」
「何?」
それでも頑張って口を開くアール。そんなアールの言葉にギルド長は引っ掛かりを覚えたようだ。
「魔力の譲渡は訊いたが、エンジェルベアの頭を一撃で吹っ飛ばしただと?」
あ、そう言えばその事は言っていなかったな。ただ倒したとしかまだ説明をしていなかった。
「あぁ。正確には、頭半分を拳一発で吹き飛ばした、だがな」
我の補足説明に、ギルド長は軽く目を見張る。
「嘘、じゃねぇよな?」
「嘘を言ってどうする? それに、ギルド長はまだ見ていないのか? 討伐したエンジェルベアの素材を。頭部の毛皮が一部欠損していたり、頭蓋骨が存在していなかっただろう」
「……悪いな、軽く一瞥したくらいで、そこまではまだ見てねぇよ」
おい、とギルド長は応接室の扉付近に立っていたギルド職員を呼びつけ、エンジェルベアの毛皮と頭部の骨を持ってくるように伝える。
ギルド職員は直ぐ様応接室を出て、エンジェルベアの毛皮を持って戻ってくる。ギルド長はそれを広げ、頭部部分が欠損している事を確認する。
「……確かに、脳味噌がぶちまけられる感じで頭蓋が無くなってるな。だが、解体した後だとこの一撃だけで仕留めたとは」
それでも、ギルド長は信じられないようだ。
……面倒だ。もう実力行使して分からせた方が早く終わるな。
「おい、ギルド長」
「何だ?」
「一番質の良くて固い防具を一つ持って来い。それをぶっ壊して証明してやろう」
「……ほぅ」
ギルド長の片眉が勢いよく上がる。
「もし、壊せなかったらどうすんだ?」
「その時は、自分の力量を過大評価しており生意気な事を抜かしてすみませんでしたと土下座してやる。それとも、今後生意気な事を言わせないようにとお前と奴隷契約でも結ぼうか?」
「……ったく、年端もいかない小僧の癖に上から目線の生意気な物言いがムカつくな。おい、この小僧が言った通り、一番の防具持って来い!」
ギルド長はエンジェルベアの素材を持ってきた職員に新たな指令を出す。職員は直ぐに出て行き、少し時間が経ってから盾を一つ持ってきた。
ほぅ、あれはもしや……。
ギルド長は職員から盾を受け取り、それが本物で何処にも傷や痛みが無い事を確認をする。
「ほらよ。お前の御望み通り、一番質が良くて固い奴だ。混じりっ気のないミスリルで出来た盾で、ワイバーンの攻撃くらいなら歪みもせずに耐えられる奴だ」
ギルド長は自慢げに盾の説明をする。やはり、この盾の素材はミスリルか。ミスリルは鋼よりも硬く、変質しにくい。武器に使っても防具に使っても一級品のものが仕上がる。更に魔力の伝導率に優れているので魔法使いの装備にも使われる程だ。
産出量もあまり多くなく、性能と相まって値段は高い。最低でも同量の鋼の百倍くらいの価値がある。そして、本来は武器防具を作りにしても他の鉱石と混ぜ合わせて作るのが一般的だ。なのに、この盾はミスリル100%で出来ているらしい。なので、市販されているミスリルの盾よりも防御性能が高いと言う事だ。
そして、ギルド長の口から出たワイバーンは魔物の中でも強力な竜種。その中でも最下位に位置するが、エンジェルベアよりも数段上の強さを誇っている。その一撃は鋼を軽く砕く程で、その一撃を歪む事無く防ぎ切る純度100%とのミスリルの盾の性能が如何に凄いかが分かるだろう。
我はギルド長からミスリルの盾を受け取り、一瞥した後ギルド長に視線を戻す。ギルド長の顔からは絶対に壊せねぇだろ、と自信が溢れ出ている。
「言っておくが、これを壊したとしても弁償はしないからな」
「あぁ。構わないぜ。もし壊せ」
「ふん」
ギルド長が言い終わる前に、我は誰もいない壁に面と向かって立ち、左手でミスリルの盾をつまんで固定し、その中心に向かって我は右の人差し指を弾く。
我の指弾を受けたミスリルの盾は、耐える事無く一撃で砕けて十数の破片となる。
「るなら、だが……よ…………は?」
自慢げな表情をしていたギルド長だが、砕け散っていくミスリルの盾を見るなり、顔から感情が消え去った。まさに、唖然とした表情だな。
そして、ミスリルの盾を持ってきた職員も、アール達四人も同様に唖然となって床に散らばる元ミスリルの盾の欠片達を眺める。
「で、これで分かったか?」
我は軽く息を吐き、左手で摘まんでいたミスリルの破片を床に放り投げながらギルド長へと声を投げ掛ける。
「…………嘘、だろ……」
砕け散ったミスリルの盾を暫し凝視し、ギルド長は情けない声でそう呟いた。
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