手助け

「え……あ、えっと……?」

 いち早く立ち直ったらしい魔法使いの女は目をパチクリさせ、我に一歩近づく。

「君、大丈夫? 怪我してない?」

 そして、何故かそんな事を問うてくる。

「大丈夫なくらい、見ていて分かるだろう」

「あ、そうだよね……ごめん」

 嘆息混じりの我の声に、魔法使いの女はしずしずと頭を下げる。

 ……まぁ、こんな魔物が闊歩する森の中に見た目だけとは言え子供がいれば、それは心配もするか。

「って、そうじゃないそうじゃないっ」

 急にそんな事を言いながら魔法使いの女は頭を何度も振る。そして両の頬を軽く叩き、顔を引き締めて更に我へと近付く。

「まず、私達を助けてくれてありがとう。君がいなかったら、私達はエンジェルベアに殺されてた」

「あ、あぁ。すまんかった。マジで助かったよ」

「かたじけない」

「本っ当、ありがとね! 君の御蔭で命永らえたよ!」

 綺麗な角度で頭を下げ、礼を述べる。魔法使いの女に続くように、後ろにいる三人も近寄ってきて口々に礼を述べていく。見た目だけとは言え、子供相手と言えども助けられればきちんと礼を述べるその心根、実に立派だな。昨今は逆に変な難癖つけてくる馬鹿もいると言うのに、こいつらは真っ直ぐと育ったな。彼等を育てた親御さんはさぞかし立派な御仁だろう。

「気にするな」

 正直、目の前で他人が死ぬのは目覚めが悪いからな。勝手に助けただけだ。

 それに、助ける事によって我にもメリットは当然ある。

 まぁ、それよりも先に、だ。

 こちらに寄ってくる際、男二人は激痛で顔を歪めていた。我が思っているよりも相当の深手を負っていたのだろう。これ以上放っておいては命に係わるかもしれない。

「男二人に早く回復魔法を掛けろ」

「あ、はいっ」

 俺は魔法使いの女を促す。

 剣の男と盾の男はマントを羽織っていたので、どの程度怪我を負ったのか直ぐには分からなかったが、マントを避けた際に確認出来た傷はそれはもう酷いものだった。剣の男は右腕の、盾の男は左の腿の肉がかなり抉られており、骨が少し露出していた。

 よくこんな傷を受けて走れたものだ。と問えば鎮痛剤代わりに薄めた麻痺薬を飲んで痛覚を鈍らせていたらしい。確かに、麻痺薬は薄めれば麻酔としても機能するが、その分身体の動きも鈍くなるので、戦闘中に痛み止めとして使用するのは推奨出来ないな。

 それでも、やらなければ動けない程に余裕がなくなっていたと言う事か。そして、その麻痺薬の効果も先程切れて再び激痛が襲い掛かってきたみたいだ。

「癒しの光よ、彼の者の傷を癒したまえ。【ヒール】」

 魔法使いの女は剣の男と盾の男に回復魔法を施し、傷口に柔らかな光が降り注いでいく。

 が、最下級の回復魔法【ヒール】ではその傷口が単に薄い膜で塞がるだけだ。完全な治癒とまではいかないだろう。

 それでも、血が止まればその場しのぎにはなるか。ただ、抉れた肉を元に戻すにはせめて【ハイヒール】をこの場で施さなければならないが。

「【ハイヒール】は使わないのか?」

「……使えるけど、もう、魔力が無くて」

 我が問えば魔法使いの女は歯噛みをしながら答える。

 それもそうか。エンジェルベアの接近を許さない為に何度も火焔魔法を放っていたのだ。当然、魔力も無くなる。

 魔力を回復させる魔力水はないのか? と尋ねればエンジェルベアと遭遇した際に入っていた荷物を壊され、既にないとの事。その荷物の中には回復薬や鎮痛剤も入っていたらしく、だから鎮痛剤代わりに麻痺薬を使ったのか納得した。

 結構なジリ貧まで追いやられたようだ。そして、この近接系の男二人はこのままでは命は永らえるも、冒険者として続ける事は難しいだろう。

 少しばかり、手を貸すか。

 我は魔法使いの女の手を掴み、我に流れる魔力を女に注ぎ込む。魔力は他人へと流す事は出来るが、下手をすれば相手を絶命させかねない高難度で危険な行為だ。

 流す際に相手の魔力の波長とこちらの波長を合わさなければ魔力同士がぶつかり合い内部で損傷が発生する。更に、波長を合わせてもその者の魔力の上限を超えてしまえば破裂してしまう。

 まぁ、我にとっては考え事をしながら出来る簡単な事なのだがな。この娘の魔力の波長は先程の【ヒール】や火焔魔法の際に感じ取れていたし、上限も流し始めれば溜まり具合でどのくらいか把握出来る。

 この娘は上限いっぱいで【ハイヒール】を二回発動出来る程、か。限界ぎりぎりまで流し込んだので、これで【ハイヒール】を使う事が出来るだろう。

「えっ、これは?」

「魔力を分けた。これで【ハイヒール】を発動出来るだろう」

「は、はいっ!」

 魔法使いの娘は一度我に頭を下げると、負傷者二人の傷に手を翳し、魔法を唱える。

「心安らぐ癒しの光よ、彼の者の傷を癒し、失われた血肉を補いたまえ。【ハイヒール】」

 先程よりも強く、それでいて柔らかな光が傷口へと収束する。光が晴れると、そこには肉が盛り上がった傷跡があった。完全には治っていないが、欠損した筋肉や神経は復活出来たな。

 さて、傷の心配をしなくて済むようになったが、今度は血を増やさねばな。男二人から死相は完全には消えておらず、顔が白い。輸血が出来れば楽なんだが、生憎とこの二人の血液型なんぞ分からんし、そもそも輸血用の機材も血液もここにはない。

 まぁ、幸いにして、血肉となる獲物を先程仕留めたばかりだ。それを無理矢理にでも食わせて血を増加させよう。

 我はエンジェルベアの死骸を取りに行く。予想外に遠くへと飛んで行ってしまったが為にいちいち取りに行くのが面倒だ。こんな事なら放り投げなければよかったと後悔する。

 取り敢えず、少し道から外れた場所へエンジェルベアの死骸を持って来て、弓の女に解体して肉を食わせるように促す。

 弓の女は頷くと短剣を取り出して熊を解体していく。剣の男も解体しようとしたが、我が止めた。流石にあまり動くと貧血でぶっ倒れるのでな。代わりに我が男から剣を借りて捌いて行く。

 皮を剥ぎ取り、腹を掻っ捌いて内蔵を取る。魔物の肝や心臓は確か造血作用があるらしいので、これを優先的に男どもに食わせるとして、残りの部位も適当に小さく切り分けていく。

 血抜きすれば臭いが弱まるが、今は少しでも早くこいつらに食わせねばならないので省略だ。味も落ちてしまうが、気にしてもいられない。

 我と弓の女が解体している傍らで、魔法使いの女に火を熾させている。やはり、魔法が使えると火を熾すのは楽だな。焚火程度の火なら、この娘は無詠唱で火を熾せるらしい。

 集められた枯れ枝が燃え、ぱちぱちと音を鳴らしている焚火の傍に、枝にぶっ刺した肉たちを次々と設置していく。小さく切っているので火の通りも早く、焼けた準に次々と男どもの口の中へと無理矢理押し込んで行く。

 肝と心臓を食べ、少し経つと男二人の顔に血色が戻った。取り敢えず、これで大丈夫だろう。

「助けてくれただけでなく、ここまでしてくれるとは……重ね重ね、礼を言う。ありがとう。君の御蔭で、こうして生き、冒険者を続けられる」

「このご恩は決して忘れない」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

 四人は改めて、俺に深々と頭を下げて礼を述べる。

「だから、気にするな。あと、今後こんな事が起きないよう自身の力量はきちんと弁えておけ」

 まぁ、一度死ぬような目に遭ったんだ。これからは慎重になるだろう。

「あー、その事なんだがな」

「ん?」

 剣の男が頬をかきながら、こんな事を言う。

 こいつらは本来、オークの討伐の依頼を冒険者ギルドで受けていたそうだ。何でも、この道を往来する商隊が二体のオークに襲われたそうで、いち早くの討伐が望まれたそうだ。

 で、こいつらは実力的にオークを二体同時は少々手こずるが、油断をしなければ倒せる程の実力を持っているそうだ。なので、こいつらにとってオークの討伐は報酬はそこそこ高く、皮は防具になるのでいい小遣い稼ぎになるとの事。

 で、いざオークの生息区域まで来て見れば、オークの姿はそこになく、代わりにオークの亡骸二体分を貪るエンジェルベアがいたらしい。エンジェルベアはオークが例え十体で掛かったとしても倒せる相手ではなく、逆に餌として捕食されてしまう程の強者だ。

 エンジェルベアは、この近郊に生息していない魔物だそうだ。何の因果か、運が悪い事に餌を求めてか、はたまた住処を追われてか分からないがエンジェルベアはここまで来てしまったのだ。

 エンジェルベアは即座にこいつらに気付き、直ぐ様魔法使いの女へと躍りかかったそうだ。それを盾の男がガードしたが、その際に左腿を負傷し、魔法使いの女は荷物を落としてエンジェルベアがその上に着地した、との事。

 更に襲い掛かってくるエンジェルベアに剣の男が立ちはだかるも、剣を振り抜いた隙を付いて腕の肉を抉られてしまう。弓の女も援護はしたが、矢は毛に阻まれて刺さる事はなかった。

 このままでは全滅してしまうと思い、魔法使いの女が閃光魔法を使い、エンジェルベアの目を晦ましその間に麻痺薬を薄めて鎮痛剤代わりとし、逃げたそうだ。【ハイヒール】をその時に使わなかったのは、道中で既にある程度魔力を消費しており使えなかったからだそうな。

 しかし、エンジェルベアは血の臭いを辿って直ぐ様飛んで追い掛けて来たそうだ。弓の女と魔法使いの女は攻撃したが、エンジェルベアは矢には意にも介さず、魔法は避けて逃げる事はなかった。

 で、もう魔法もほとんど撃てないって時に俺が現れて一撃で屠った、と。

「それは災難だったな」

 こいつらは決して実力を見誤っていなかった。単に、運が悪かっただけだ。

「本当、君が来なかったら死んでたよ。本当、ありがとな」

「だから、気にするな」

「んな謙遜すんなって。君は……って、そう言えばまだ名前訊いてなかったし言ってもいなかったな。俺はアール。一応このパーティーのリーダーをしてんだ」

「俺はコク。主に壁役をしている」

「私はアサン。魔法使いやってます」

「あたしはセイヨ。よろしく」

 と、順次名乗っていく四人。

「我は……」

 と、ここで我は一度口を閉ざす。危うく本名を言いそうになった。流石に本名を名乗ったとしても、本人だとは思われないだろう。だが、念の為に偽名を名乗っておくか。

「我は、シオネ=セイダウンだ」

 一瞬で何案か浮かんだうちの一つを述べる。

 その後は取り敢えず切り分けた肉を食す作業へ移る。全部は持って帰れないので出来るだけ食べるのだ。我も当然食べた。大体肉の六割くらいを食した。久方振りの肉なのである程度は満足したが、血抜きが出来ていないので味に満足はしなかったが。

 で、エンジェルベアの肉は僅かに残り、皆の腹が満たされて一心地つく。

 漸く落ち着いたので、我はこいつらに尋ねる事にする。

「で、ちと尋ねるが。ここから一番近い町はどっちに行けばいいのだ? 生憎と我は道に迷って森の中を彷徨ってしまってな。皆目見当がつかないのだ」

 そう、道を尋ねる事だ。我としては少しでも早く町へと向かいたいので、彼等の存在は僥倖だった。

 早く町へと向かい、情報を仕入れ、そして旨い食物で腹を満たしたい。果実酒も飲みたいが……この外見では酒は頼んでも駄目だと言われるのがオチだな。そこが少し残念だ。

「森の中を彷徨ってって、もしかして君迷子?」

「そうとも言うな」

 アサンの言葉に我は否定せずに頷く。実際、そうなのだから否定する意味も無く、虚勢を張る意味もないのでな。

「じゃ、じゃあ、家族の人とも逸れちゃったって事?」

「いや、我は一人旅をしているから家族はいない」

 セイヨが心配そうに我に尋ねて来るが、我は首を横に振る。

 そもそも、我に家族はもういない。我は一人っ子で兄弟はおらんし、親戚も子をなす前にこの世を去った。両親も我は二十歳になる頃に流行病で既に他界し、そして結婚もせず養子もとっていないので完全な独り身だ。

 なので、我は気楽に魔法研究に没頭出来た訳だ。若い頃は周りに「そろそろ身を固めたらどうだ?」と言われたが逆に「そう言うお前等に早く春が来るといいな」と言い返していたな。今思えば懐かしい日の出来事だ。

「……何で一人で旅してるの?」

 と、少しばかり感傷に浸っているとアサンから当然の疑問が投げかけられる。

「ちょいと人を探してな。当てのない旅をしている所だ」

「……もしかして、家族の人を探して?」

「違う」

 やはり外見からかそういったものを連想されるのだろう。だが、我は即座に否定の意を唱える。

 更に変な誤解を招かれる前に我は正直に話す事にする。

「優れた魔法使いを探しているのだ。それも、稀代の大魔法使いに近しい実力を持つな」

「稀代の大魔法使いって、あの大罪人の?」

「あぁ」

 自分の事ながら、大罪人と呼ばれるのはまぁ仕方ないとは思う。何せ、禁術を復活させようとしていたのだからな。それでも少しばかり微妙な気持ちになるが。

「あんな人と近しい実力を持つ人なんて、いないと思うけど……本人じゃ駄目なの?」

「駄目だ。あんな老いぼれには頼れん」

「老いぼれって……本人が訊いたら怒ると思うよ?」

 アサンが口角を引くつかせながら言うが、その本人が言っているのだ。別に自分に割れようと他人に言われようと気にしないさ。事実だしな。

 それに、我は自分の力に頼れないから近しい実力を持つ魔法使いを探しているのだ。まぁ、その事はこいつらには言えんわな。

「して、何故に探しているのだ?」

「それは言えん」

 コクが当然の事を訊いて来るが、我は首を横に振る。

「……何やら深い事情があるんだろうが、詮索はしないよ。シオネくんは命の恩人だしな。で、取り敢えずシオネくんは町に行きたいんだろ? だったら俺等と一緒に行かねぇか? と言うか、一緒に来てくれると非常に助かる」

 と、アールが手を眼前で合せながら我に頼み込んでくる。

「ほら、エンジェルベアの素材を換金する必要あるし、その分の金は倒したシオネくんのものだ。あと、エンジェルベアが出た事と一個体を討伐した事もギルドに伝えないといけない。その時、討伐したシオネくんがいた方がスムーズに話が進むんだ。だから頼む」

 成程な。そう言う理由か。

 まぁ、我としても断る理由はない。エンジェルベアを倒したのは我で、当然討伐に関する褒賞を得る権利はある。それに町へ行けるし、個人的にも冒険者ギルドに用があったのだ。要望を聞き入れるとしよう。

「あぁ。構わないぞ」

「ありがとう。っし、じゃあもう少し休んだら町に戻るか」

 と言う訳で、我はアール御一行と一緒に町へと向かう事になった。

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