禁術失敗
「くっ、まさか偏屈じじぃの子供時代がこんな保護欲をそそる程の可愛い少年姿だったとは……っ!」
歯を砕かんばかりに強く噛み締め、シェルミナは何かに堪えるように拳を固く握りしめる。そんな様子を同僚の魔法騎士団の面々は若干引きながら見ている。
と言うか、この小娘は我を愛くるしい少年とか可愛い少年と称したか?
ふと、我はシェルミナの言葉によって違和感を覚え始める。
全盛期だった青年の頃よりも、我の声はやけに高くないか? まるで声変わりが起こる前の頃のような。
そして、やけに服がだぼだぼではないか? 青年に戻ったならば、逆にばつばつになる筈なのだが。靴もサイズが合っていくて直ぐに脱げそうだ。
あと、視線がやけに低くはないか? 背筋を伸ばして真っ直ぐと立っても、シェルミナの顔を見上げるように顎を上げているのだ。
「……おい、誰か鏡を貸せ」
我は半眼になりながら、魔法騎士団の連中に鏡を催促する。すると、直ぐ様シェルミナが懐から手鏡を取り出して我に手渡してくる。可愛らしい装飾は施されたやけに乙女チックな手鏡だな。こいつは少女趣味なのか。
と、そんな事はどうでもいい。我は手渡された手鏡で顔を確認する。
「……なっ」
そこには、懐かしい、若い頃の我の顔が写し出されていた。
ただし、年齢的には十歳かそこらの顔立ちだが。
少しふっくらとした輪郭に、艶めく黒髪。肌荒れなぞ存在しない潤いに満たされた柔肌に、大きめの眼。まさに、我が十歳の頃の顔だ。決して、青年と呼べるような顔の作りはしていない。
「何だこれはぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
我は想わず絶叫してしまう。
何故だ? 何故肉体は十歳まで若返ってしまっている? この頃は術式発動前の我よりも魔力量は僅かだが少なかった。しかし、魔力量は全盛期と同じだ。
術式が間違っていた? いや、違う。術式が歪められてしまったからだ。
下級アンデッドにはならず、リッチーへと昇華はしたがどうやら肉体の退行においてラグが発生してしまったようだ。その所為で、青年期で止まる筈が十歳まで遡ってしまったと言う訳か。
くそっ! こいつらが踏み込んでさえ来なければ青年期の肉体になれる筈だったが、こんなちんちくりんな身体にまで戻ってしまうとは!
リッチーは最上位のアンデッド。故に肉体自身は死んでおりこれ以上の成長は見込めない。つまり、我は一生このような姿で過ごしていく事になる。
これでは、高い所に仕舞った書物や商品を取るのに一苦労するではないか。
……だが、ものは考えようだ。いわゆる少年の姿をしているので、人の目を欺きやすいではないか。害悪さを感じさせない無垢な少年を演じていればつつがなく人の世に溶け込めはしないだろうか? あと、公共施設には子供料金で入り込む事が可能ではないか?
なぁに、悲観する事はない。何事もネガティブに考えず、前向きに考えて過ごしていくのが人生楽しめる。
儲けもの、と考えておこう。
「……ふぅ」
心を落ち着け、軽く息を吐く。
「これは返す」
「あ、はい……」
我は手鏡をきちんとシェルミナへと返却する。シェルミナは何処か呆気に取られたような顔をしながら、僅かに頬を染めているな。どうしてだ?
まぁ、そんな事はどうでもいい。
「……さて」
我は改めて魔法騎士団の面々へと顔を向ける。
「少しばかり手違いが起こったが、我はこうしてリッチーとなった。その事を知っているのは、我を除いてお前等だけだ」
我の言葉の意味を瞬時に理解し、魔法騎士団の奴等は顔を引き締めて剣を抜き、我を包囲するように囲んで行く。物分かりのいい連中だ。我がこれから口封じをしようとしている事を瞬時に見抜く。まぁ、あまりにも鈍感な輩でもない限りは普通は気付くか。
ただ、こいつらは少しばかり過剰に反応し過ぎている。その点を訂正させて貰うとしよう。
……あと、どうしてだかシェルミナだけが顔を引き締めず、僅かに悲哀が滲み出た顔で我を見て来るのだが、どうでもいいか。
「おっと、口封じはするが別にお前等の命までは取らん。我は殺生がしたくてリッチーになったのではないからな。それに、殺してしまっては更なる追手が差し向けられるだろう。我はもう追い駆けっこは勘弁願うのでな」
我は肩を竦め、首を横に振りながら魔法騎士団に語り掛ける。
「今からお前等に魔法を掛け、記憶の改竄を施す。我がリッチーにならず、老衰で没したという偽の記憶へとな。その後に、床の魔法陣を解析不能なまでに粉々に吹き飛ばす。それで万事解決だ」
一滴の血を流さず、無用な争いを引き起こさずに済む方法。我にはそれを行使するだけの力がある。
「抵抗しようとも無駄だ。我以上の魔力を有しているか、特別なギフトでも所持していなければ記憶の改竄から逃れる事は出来ない。無論、お前等がそうではないと既に知っているからな?」
もう何年も追い掛けられていれば、解析魔法を掛けるタイミングはあった。我は少しでも逃げ延びる為にこいつら全員に解析魔法を叩き込み、魔力量や得意な魔法、特別なギフトを持っていないかの確認をした。
誰一人として、記憶の改竄に抗う程の魔力量を有しとらず、また抵抗出来る特別なギフトも所持してはいなかった。
なので、我が記憶改竄の魔法を掛ければ万事解決だ。逃亡時に掛けなかったのは、老体当時の魔力量では何人かは抵抗して不完全な記憶改竄に終わってしまう事が分かっていたからだ。
我が殺さないと宣言したからか、魔法騎士団から緊張が僅かに和らいでいる。それでも禁術を発動し、その術式も頭に残っている我を野放しには出来ないようで、死ぬ気で記憶の改竄に抗おうと言う意気込みも感じられる。
「それでは、お喋りもここまでにして、記憶の改竄に移るとするか。【リライティングメモリー】」
「「「「「【レジストマインド】っ!」」」」」
我が魔法名を放つのと同時に、全員が自身にレジスト魔法を掛け抵抗力を上げる。ふふ、無駄だ。その程度のレジスト魔法では我の魔法を防ぐ事なぞ出来ん。無駄な抵抗など止めて大人しく記憶の改竄を受け入れるがいい…………って、あれ?
「……む?」
可笑しい。魔法が発動しない。この程度の魔法ならば詠唱を破棄し、魔法名だけを唱えれば発動するのだが、一向に発動する気配はない。
魔法騎士団も、何故魔法が発動しない? とばかりに疑問符を頭上に浮かべて首を傾げている。
「……数多に張り巡らされた記憶の星々よ、我が言葉に従い繋がりを断ち切り、真実を隠し通す偽りの記憶を生み出し繋ぎ合わされ。【リライティングメモリー】」
今度は略式だが詠唱もきちんと済ませて魔法を発動させようと試みる。
「……何故だ?」
しかし、魔法は発動されない。略式詠唱文は一言一句間違えずに唱えた筈なのに……どうしてだ?
「…………数多に張り巡らされ原初の頃より過去と今を繋ぎ止める儚き煌めく記憶の星々よ、我が言葉に従い星々の架け橋たる繋がりを断ち切り、覆る事のない真実を宵闇の奥底へと隠し通す理想で甘美な偽りの記憶を生み出し新たな橋を架け繋ぎ合わされ。【リライティングメモリー】っ」
今度は完全なる詠唱の下、己の魔力の流れに気を掛けながら魔法を発動させてみる。
すると、一つ分かった事がある。魔力が魔法という形に変化しようとする寸前に霧散して搔き消えてしまうのだ。
この現象、我は知っている。
「あの、団長」
「どうした?」
魔法騎士団の一人が、おずおずと手を挙げてシェルミナに進言する。確かあいつは、ギフト【アナライズアイ】を持っていたな。対象を一分以上集中して目視すると、対象の情報がある程度分かるようになる、という効果を持っている。
「どうやらシオン=コールスタッドは、魔封の呪いに掛かっているみたいです。それも、かなり強力なやつです」
そいつは我を指差しながらそんな事を口にする。
魔封――つまりは、魔法封じの呪い。その呪いに掛かった者は一切の魔法を行使する事が出来なくなる。
呪いに期限はない。解呪しない限りその身を侵し続ける。解呪の方法はディスペルの魔法を唱えるか、神官に頼んで浄化してもらうか、いくつか手段はある。
ただし、呪いの強さによってはそれらでも解呪出来ない場合がある。それは単純に解呪に臨む者の力量が足らず、呪いを払う事が出来ない場合だ。
そして、我に掛かっている魔封の呪い。それはかなり強力なものらしい。どうしてそんなものに侵されているかと言えば、あの術式以外に考えられない。
本来ならリッチーに魔封の呪いは効かない。リッチーは最上位のアンデッド故、呪いに対する抵抗が群を抜いて高いのだ。
なので、リッチーへと昇華した我がどうして魔封の呪いに掛かっているのか? それはいとも容易く予想出来る。
我の足元に描かれている歪んだ魔法陣。これが原因だ。この歪みにより、リッチーへと昇華し肉体を再構築際に呪いをこの身に埋め込んだのだろう。リッチーとも人とも言えない無防備な状態なら、呪いは普通に効力を発揮し、身体を蝕む。
歪んでしまった魔法術式は曖昧な失敗に終わったのだ。リッチーになる事は出来た。しかし、当初の予定とは違い十歳くらいまで肉体が若返り、魔法が一切使えない呪いに蝕まれてしまった。
この呪いを解く方法はかなり限定されるだろう。何せ、我はリッチー……アンデッドなのだ。神官に浄化なぞ頼めば、我の身体ごと浄化されてしまう。更に、他者にディスペルと頼もうにも、恐らく呪いを祓う事は叶わないだろう。
何せ、この魔封の呪いは魔法陣の不具合によって発生した副産物だ。つまり、我自身が我に掛けた扱いになっている筈だ。我の魔力よりも優れた魔力を持った者でない限り、解呪する事は叶わない。
もし、術式発動前か、肉体年齢相応の魔力なら選択肢はある程度あっただろう。しかし、今の我は稀代の大魔法使いと呼ばれた全盛期の魔力を有している。しかも、年老いてもその称号は我を示していた。
一言で言えば、我以上の魔力を持った者は現段階で存在しない。
つまり、解呪出来る者がいないと言う事だ。
「ふ……ふふふ……ふははははははははは……」
我は自然と笑みが零れ始める。当然自分を皮肉って出たものだ。魔法の研究は出来ても肝心の魔法が使えなくては、リッチーになった意味なぞ全く無いではないかっ!
「え、えぇっと。つまり、あれか? 現在のシオン=コールスタッドは魔封の呪いに侵されて魔法が全く使えないと?」
「はい。しかも、解呪は恐らく誰も出来ないでしょう。それ程に強力な物だと見受けられます」
「成程。となると、今目の前で瞳から光が消え失せ、乾いた笑い声を上げているのは年相応に非力な存在だと言う事か?」
「そうでしょうね。何分、シオン=コールスタッドは魔法の才は他の追従を許さない程優れていますが、武芸に関してはからっきしだったと記憶しています」
「ふむ、そうか……」
「どうします? 討ち取るなら今が好機ですが」
「……いや、生け捕りにしよう。偏屈じじぃもといシオン=コールスタッドの魔法知識と技術は他の追従を許さない。今の彼奴は無害なのだろう? ならば、国の為に働いて貰うのが有益ではないか? 無論、私に決定権はないので上の裁量に任せるしかないがな」
「ですが、こいつ逃げ出したりしません?」
「そうならないように聖鎖で雁字搦めにしておけばいいだろう。アンデッドとなった今、聖なる鎖に絡め取られれば逃げる事は叶わない」
「……そう、ですね」
「総員、彼奴を引っ捕らえよ」
魔法騎士団の二人が、我の腕をそれぞれ掴んで、軽く持ち上げて連れ出そうとする。
どうしてこいつらは禁術を発動した我を殺そうとせず、連れ出そうとしているのだ?
不可解だ。不可思議だ。意味不明だ。
…………あぁ、苛立ちが募っていく。
こいつらがあのタイミングで廃墟を魔法で揺らさなければ、我は完璧なリッチーとなり、今頃は悠々自適に魔法研究の日々を送る為の準備をしていただろうに。
こいつらが……こいつらがいなければっ!
「お前等……我の邪魔をしたのだ。相応の覚悟は出来てるだろうな?」
我は魔力を全力で解放する。すると、我の腕を掴んでいた魔法騎士二人が魔力に臆し、手放して距離を取った。
怒りに燃える眼で魔法騎士団を睨みつける。すると、誰も彼もが怯え震えあがる。
今更怯えても、震えても、遅い。
「ひ、怯むな! 彼奴は魔法を扱えん! 彼奴の魔力に臆するな!」
自身に活を入れたシェルミナの号令で我を取り戻し、魔法騎士団の連中は身構え、我へと飛び掛かってくる。
「さて、これからどうするか」
我は瓦礫に腰を下ろし、腕を組んで思案する。
周りには、瓦礫の隙間から足を生やした魔法騎士団の無様な姿が垣間見える。ある種、滑稽な光景だ。それを見るだけで少しばかり心の棘が丸くなる。
それに、きっちりと制裁は下したのだ。これ以上こいつらに手を出す必要はない。
怪我などさせずに気を失わせただけだが、あれだけの目に遭わせたのだ。もう我に関わろうとは思うまい。逃げ惑う魔法騎士団を追い詰めるのは我の加虐心を煽ったな。
魔法騎士団に我の怒りをぶつけた。そのついでに術式の記された魔法陣を解析不可能なまでに粉々にして風に乗せて彼方へと運ばせた。
これ以上、ここに留まる必要はない。
だが、何処へ向かうか?
本来ならば、用意しておいた隠れ家で気の赴くままに研究に明け暮れ、魔法を行使する日々を送るつもりだったのだが……。
……まずは、我の呪いを解くのが先決か。そうしなければ、我の願いは成就されず、無作為に長い時を生きる羽目になってしまうな。
そうなると、選択肢は二つほどあるか。
一つは、長い時を待って、我を凌ぐほどの魔力を有する者が現れるのをじっと待つ事。
一つは、旅をして将来的に我を凌ぐと思われる者を見出して我自らそいつを育て上げてく事。
前者も後者も確実ではない。特に前者は完全に運任せであり、後者では育て上げたとしても我を凌げなければ意味がなく徒労に終わってしまう可能性がある。
しかし、何も行動を起こさないよりは遥かにマシだ。実際に育ててみなければ分からないし、もしかしたら表舞台に出ていないだけで我を凌ぐ者が実は既に存在している可能性もある。
「……よし」
そうと決まれば、我は瓦礫から腰を浮かし、廃墟を離れる。
我を凌ぐ魔力を持っている者を捜しつつ、将来的に我を凌ぐであろう未来ある若者を探す旅へと出る。
全ては我の願望を成就させる為。
我は標となる光の射さない当てのない旅路へと身を置く。
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