ぶつリッチーとその弟子
島地 雷夢
禁術発動
とある廃墟の一室。我は床を眺めて満足そうに頷く。
「ふ……ふふふ……」
自然と、笑いが込み上げてくる。
これで、漸く我の願いが成就されるのだから。
我は人に生まれ八十年生きてきた。
幼い頃より魔法に魅入られ、元から有していた魔力量と常人を遥かに超える魔法構築速度、更には魔法の知識を貪欲に吸収し、新たな魔法を幾つも生み出していった御蔭で稀代の大魔法使いとまで謳われた。
しかし、稀代の大魔法使いと呼ばれても老いには勝てない。五十を超えた頃から魔力はどんどんと量も質も衰えて行き、魔法のキレも冴えも徐々に失われて行った。
我はそれが口惜しくて仕方がなかった。
生涯を魔法に捧げたと言っても過言ではなかった。そんな我は、存分に魔法を振るえなくなる事に憤りも感じていた。魔法の研究自体はやれるが、自身で存分に振るえなければ意味がない。
そこで、我は魔力が衰えず、魔法のキレも冴えも失わない不老の肉体を得ようと考えた。
最初は吸血鬼はどうかと画策した。吸血鬼を見付け出し、眷属になりさえすれば事は簡単に為せるからだ。
しかし、吸血鬼には弱点が多過ぎる。日光は元より、銀、十字架、木の杭、聖水……など、簡単に羅列出来る程にあり過ぎる。
ひょんな事から死にかねない出来そこないの不老不死。不老になるのは簡単だが制約が多過ぎる。
魔法を扱う場合は吸血鬼の弱点となる物質も媒体として使用しなくてはならない事もある。なので、即刻吸血鬼になる事は却下した。
そして、直ぐに次の候補が思い浮かんだ。
アンデッドの王、リッチーだ。リッチーはアンデッドの中でも人間と同等かそれ以上の知性があり、魔法を扱う事が出来る。更に、吸血鬼よりも弱点が少なく呪いや毒が全く効かない。
ただ、難点がある。リッチーになる方法が分からなかったのだ。いや、失われてしまった。と言う方が正しいか。遥か数百年も昔、当代一と言われた魔法使いが己の身をリッチーへと昇華させる魔法術式を完成させ、実際に己が身をリッチーへと変貌させたと書物に記されていた。
しかし、少しでも間違えれば、またリッチーとなる資格を持っていなければ知性の欠片も無いゾンビやグールといった下級のアンデッドになってしまう。つまり、使い方を間違えれば睡眠や食事を必要としないアンデッドを大量生産出来てしまう危険な魔法術式だったのだ。
事実、ある大馬鹿者の国王によってその術式が利用され、国に住む人間を僅かな時間でアンデッドへと変貌させたそうだ。元国民のアンデッドを操り、他国へと進行していった。
結果としては国民アンデッド軍団は多数の聖職者と魔法使いに滅せられ、国王自体も打ち取られて事なきを得た。それ以降、リッチーへと昇華させる魔法術式は禁術指定され、術式の書かれた書物及び魔法陣は破棄されてしまった。
一応、リッチーは極々稀に自然発生するらしいが、その条件も分からない。なので、自らをリッチーへと昇華させるには自然の成り行きに任せるよりも人為的に行った方が確率的にもマシだと我は結論付けた。
そうと決まれば我の行動は早かった。歴史書やアンデッドの生態を詳細に調べ上げ、更には己が身に着けた魔法知識を総動員し、試行錯誤を繰り広げた。術式自体は十年足らずで完成出来たが、我はそこで満足はしなかった。
この老いた身体のままリッチーとなれば、現在の状態で魔力が固定されてしまう。文献によれば、アンデッドになると生前では増やす事が出来た魔力は一切増えなくなるそうだ。
我の魔力は全盛期に比べれば遥かに劣ってしまっている。実質上限に達し、それ以上上がらなくなったのはおよそ二十前半の頃。出来れば、その頃の肉体でリッチーへと昇華したいと言う新たな願望が生まれ始めた。
それから、我はリッチーへと昇華する術式の改良を行った。リッチーとなる際に己の肉体年齢を若返らせるように。
そして、苦節十五年。禁術を甦らせようとしていると国に気付かれ、国軍に負われる日々を送りながらも、漸く、己が身を若くしながらリッチーへと昇華させる魔法術式を完成させる事が出来た。
我を中心に幾つもの幾何学模様と円が犇めき合い、それらを内に収める巨大な円が地面に描かれている。これが、改良版リッチーへと昇華する魔法術式を発動させる魔法陣だ。
詠唱による方法も勿論あったが、やたらと長い。長さにして一時間はある。高速詠唱をしても三十分は掛かってしまうし、その際一言でも間違えれば失敗し、ゾンビかグールへと成り果ててしまう。
そのような危険を冒したくはなかったので、こうして巨大な魔方陣を描き、そこに魔力を流し込めば発動するようにした訳だ。魔法陣も正確に描いたので、失敗する事はあるまいて。
魔法陣を描いた廃墟も、今の我が出来る最大の結界魔法で囲っているので邪魔が入る事はない。
本当に、ここまで長い道のりだった。
もう直ぐ、我の苦労が報われる。
若い頃、自身の知らない魔法の知識を学んでいた時のような高揚感が体を包む。
年甲斐もなく、興奮している。全身に血潮が流れ渡り、鼓動を早めていく。
「では、始めるか」
我は床に膝を付き、描いた魔法陣に手を置き、一気に魔力を流し込む。
魔力が流し込まれた部分から、徐々に魔法陣は光り輝いて行く。この光が魔法陣全体に行き渡った時、我は人からリッチーへと昇華出来る。
ただ、少し予想外だったのが、この魔法陣はかなりの魔力を消費する。結界維持の為に流している魔力もこちらに回さないと全体に行き渡らないな。
……仕方がない。我は結界を解除して全ての魔力を魔法陣へと全力で流し込む。
先程よりも光は速さを増し、着々と魔法陣をなぞっていく。
あとほんのもう少しで、魔法陣全体に光が行き渡る。
ドゴォォン!
そんな時に、轟音と地響きが発生した。最後の一角に光が行き渡る寸前、僅かに亀裂が入って魔法陣が歪む。外から魔力の揺らぎを感じられた。恐らく魔法がこの廃墟に放たれたのだろう。
歪んだ魔法陣全体に光が行き渡り、我は光の本流に呑み込まれる。
「大罪人シオン=コールスタッド! 大人しく投降を……っ⁉」
誰かがこの場にか侵入してきたが、我はそちらに構っていられる程の余裕はない。
身体に焼かれるような、裂かれるような激痛が襲い掛かってくる。針で全身を刺されるような、金おろしで肉を削ぎ落されるかのような激痛が走っていく。少しでも気を抜けば、痛みで発狂してしまう。我は己を保つ為、果てしない痛みに耐える。
痛みに耐えながらも、我は不安で一杯だった。
あと少しと言う所で、魔法陣が歪んでしまった。つまり、失敗だ。それによって我はゾンビかグールへと成り果ててしまう。
魔法を扱えなくなる事。己が己でなくなってしまう事が怖い。
禁術を甦らせてしまった自分への罰なのか?
我は、別にリッチーとなって世界を蹂躙しようなぞ思っていない。禁術をばらまいて、世界を混乱に導こうとも思っていない。
我はただ、思うがままに魔法の研究に没頭し、最高のコンディションで魔法を操りたかっただけなのだ。そこに破壊衝動もなく、他者を傷付けようとも思っていない。そして、リッチーになった暁には、禁術を我自身の手で葬り去り、人の目に触れないようにしようと決めていたのだ。
それでも、神は我を罰する事に決めたようだ。いっその事、ゾンビやグールに成り果てるくらいなら、今のうちに自らの命を断とうか? そのような考えを頭の中で巡らせた時だ。
果てしない痛みが、一瞬で消え去った。
何が起きたのか分からず、一瞬呆けた。しかし、即座に頭を振って床の魔法陣から光が消えた事を確認する。これにより術自体は成功した事が分かった。そして自我がきちんと残っており、それらを確認し考察出来る程の知識を保っている。
つまり、我はゾンビやグールに成り果てず、無事にリッチーへと昇華する事に成功したのだ。
我は自身の手を見る。先程までは年相応に皺が寄り骨と皮だけの手だったのが、今では瑞々しく肉も程よく張っている。魔力の流れも確認をする。魔法陣を起動する直前の何倍もの魔力が体を巡り、自然と力が漲ってくる。老体のままではなく、きちんと全盛期の肉体まで若返った状態になっている。
嬉しい誤算だ。どうやら、魔法陣がほんの僅かに歪んだ事でより完璧な術式となったようだ。神は私を見放してはいなかったのだ!
「ふ……ふふふ……ふははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
自然に口角が持ち上がり、我は天を仰ぎながら辺りに響くほど盛大に笑声を上げる。
これで! 我が願いが成就されたのだ!
「……シオン=コールスタッド、なのか?」
ふと、背後から訊き慣れた声で質問を投げ掛けられる。
振り返れば、我を追い続けていた国の第二魔法騎士団がずらりと並んでいた。成程、先程の轟音と地響きは魔法騎士団の仕業か。
そして、我に質問を投げ掛けたのは若くして、そして女にして第二魔法騎士団団長まで上り詰めたシェルミナ=フォークソンだ。
魔法騎士団の特徴であるミスリルで出来た鎧を身に纏い、一振りの長い剣を正眼に構えている。長くたなびく銀髪は結ばずに遊ばせており、十人に尋ねれば十人ともが美しいと漏らす程の美貌を兼ね備えている。翡翠色の眼を僅かに揺らしながら我を見て驚愕の表情を浮かべている。
シェルミナの他にも、後ろに控えている魔法騎士団の面々も同様の表情を浮かべている。
まぁ、その気持ちも分からんでもない。なにせ、追っていた筈の老人が青年へと変化しているのだからな。
「あぁ。我は正真正銘、稀代の大魔法使いシオン=コールスタッドだ。……いや、今はこう名乗った方がいいか? リッチー、シオン=コールスタッドと。術式を改良し、こうして若い肉体でリッチーとなったのだ」
我は威圧の意味を込めて魔力を解放しながら、シェルミナの問いに答える。解放とは言っても、半分程だ。半分でもこいつらの何倍もの量だ。
「そ、そんな……」
口がわなわなと、膝ががくがくと震えている。ふっ、いくら魔法騎士団の団長と言えどもひよっこか。まだ半分程しか魔力を解放していないと言うのにそこまで恐怖を感じているのか。もし、魔力を全力で解放すれば失神でもするのではないか?
戦慄いているシェルミナは、震えを押さえようと努力はするが、一向に収まる気配はない。それどころか、増すばかりだ。
さて、そろそろ魔力を全力で解放するか。そう思い立った瞬間、シェルミナが生唾を呑み込み、くわっと牙を剥いて一言放つ。
「あんな偏屈じじぃが、こんなにも愛くるしい少年になるなんてっ!」
「は?」
一瞬、静寂が当たりを支配する。
何を言っているんだ? この小娘は?
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