第17章 帰宅と登校10

 家に帰ると、なぜか石崎が花束を持って雄介を待っていた。


「石崎さん、もしかしてお待たせしましたか?」


「いや、来たところだ。それにしても騒がしいな……」


「あぁ…ちょっとバタバタしてまして……」


 気まずそうに言う雄介に、石崎は不思議そうな表情を浮かべる。

 石崎は話を変えて、雄介に持っていた花束と手土産を差し出す。


「退院おめでとう。今日はそれを言いにきたんだよ」


「あぁ、ありがとうございます。石崎さんは自分の学校の担任なんですよね?」


 雄介は花束と手土産を受け取り、石崎に尋ねる。

 石崎はいつも通りの眠そうな表情で雄介の問いに答える。


「あぁ、だから先生って呼んでくれねーか? さん付けってのはどうにもむず痒くってよ」


「あ、そうですよね、すいません。石崎先生」


「………なんか変な感じだな…」


 石崎は顎に手を当てて、雄介を見ながらそうつぶやく。


「変ですか?」


「あぁ、いやなんでもない。それじゃあ俺は行くからな」


「え、せっかくですから上がって行って下さいよ」


 帰ろうとする石崎を雄介は呼び止めて、中に入るように促す。

 しかし、石崎にはこの後にも予定があった。


「悪い、ちょっと今から用があるんだ」


「そうだったんですか、じゃあ仕方ないですね、また何かあった時にでも」


「あぁ、そうだな。じゃあまたな、学校で待ってるぞ」


 石崎はそう言うと、家の側に止めていた車に乗って行ってしまった。

 玄関先に残された雄介と慎は、石崎を見送り中へと入る。

 リビング内の重たい空気は消え、今は何やらさっきよりも騒がしく、楽し気な雰囲気だった。


「あぁ~、ユウ君どこ行ってたの~? お姉ちゃん心配で三回くらい捜索願出そうとしてたんだよ~」


「出しすぎです。それに、どうしたんですか? 何か顔が赤いような……」


「え~、それはねぇ~、ユウ君とくっ付いてドキドキしてるからだよ~」


 普通の男子高校生なら、女性にこんな事を言われればドキドキするのだろうが、雄介はドキドキも何もしなかった。

 その理由は簡単で、雄介は直ぐに分かった。


「里奈さん……お酒飲みました?」


「飲んでまへんよ~、ユウく~ん……」


 里奈のこの一言で完全に飲んでいると確信が出来た。

 よく見ると、周りの皆の様子もおかしい。


「私が社長なんて……この会社は間違っている……そうだ、今すぐにでも社長職を他の者に譲ろう……そうすればまだマシな会社になるかもしれない……」


 なぜかすごく卑屈になっている徹は、リビングの隅で体育座りで何やらブツブツ言っている。

 堀内と江波はと言うと……。


「おいコラ堀内! 私のグラスが空だぞ!」


「はい女王様!」


 江波はソファーに座って足を組み、その隣で堀内が上半身裸で片足をついて江波に頭を下げている。

 異常な光景なのは間違いないのだが、なぜかその光景がしっくりきてしまった。

 そして、玄と紗子はと言うと……。


「玄さ~ん、もう一杯~」


「やめておきなよ……飲みすぎだよ?」


「くれないなら良いわよ、浮気してやる…」


「ハイハイ……」


「はいはいって何よ~」


 紗子さんが泥酔し、それに捕まってしまった玄は疲れた表情で紗子の相手をしていた。


「なんだよコレ……」


 雄介はこの異常に高いテンションの空間に疑問を抱く。

 すると、さっきまで後ろに居たはずの慎がどこかに消えてしまった。


「あれ? 慎…」


 リビングを見渡して慎を探すと、慎は沙月に捕まっていた。

 床に座らせられ、その上に沙月が座り、慎に対して何やら文句を言っている。


「良いわね、顔が良いとモテモテで」


「いや…太刀川もスタイル良いし、可愛いと思うんだが……」


「うるっさいわねぇ~、私はそこらの面食いと違って内面を見てんのよ……」


「じゃあ、今のこの状況を説明していただいても良いでしょうか?」


「黙ってろこのイケメンが~、私は面食いじゃな~い」


 完全に酔っぱらった沙月に捕まり、慎は酒の相手をさせられていた。

 一体どうしてこうなったのかを雄介は考え、辺りを見渡す。

 すると、床に無数に転がっている高そうなジュースの瓶を発見する。

 パッケージにはオレンジジュースと書いてあるが、なぜかその瓶からはアルコールの匂いが漂ってきた。


「まさか……誰かが間違って……」


 瓶を拾って考える雄介。

 すると、背中に強い衝撃とムニュっという柔らかい感覚が同時に訪れた。

 雄介はまさかと思い、背中を見てみると、背中に誰かが抱き着いていた。


「ゆ~すけ~」


「お、織姫…さん」


 抱きついてきたのは雄介に先日告白をした織姫だった。

 顔を真っ赤にして瞳を潤ませながら、色っぽい声で耳元に話しかけてくる。


「織姫さんなんて他人行儀です~、呼び捨てにしてください!」


「ちょ…ちょっと!」


 織姫は強い力で雄介を背中から抱きしめ、体を雄介に押し付ける。

 雄介は織姫のそこそこ大きめの胸の感触に顔を赤くし、織姫を引きはがそうとするが、織姫は一向に離れない。


「お、織姫さん、離れてください……当たってます…」


「ん~、また織姫さんって言った~」


 織姫は、さん付けがよっぽど気に食わなかったのか、更に強い力で雄介を抱きしめる。


「あ、あの! 本当にやばいんです! やめて下さい!!」


「や~、ちゃんと織姫たんって呼んで~」


「たんって何ですか! 呼び捨てだけじゃダメなんですか!」


 織姫は雄介の背中に顔を押し付け「早く~」と催促しながら雄介を拘束し続ける。

 雄介はこれ以上抱き着かれ続けるのはヤバイと感じ、諦めて言われた通りに名前を呼ぶ。


「お、織姫…たん……」


 雄介は恥ずかしくて死にそうだった。

 正気だった慎と玄は、雄介の方を見ながら必死に笑いをこらえている。


「ウフフ……雄介~、大好きですよ~」


「あの! 言ったんですから、離れてください!!」


「誰も離すなんて言ってませーん」


「な!」


 織姫はそのまま雄介の背中に張り付いたまま動こうとしない。

 そんな二人の側に、倉前が顔を真っ赤にしてよってきた。


「お嬢様! はしたないです! ちゃんとベッドでしてください!」


「一体何をですか! 妙な誤解はやめて下さい!!」


「ん~、ベッドですか~?」


 余計に話はややこしくなってきた。

 雄介は何とかこの状況から抜け出そうと、試行錯誤を繰り返すが、更に面倒臭い人物が、雄介の元に迫りつつあった。

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