第15章 文化祭の開始15

「血まみれで……皮膚の色も変色して……どっからどう見ても化け物みたいなやつなんだぞ……俺は」


「それでもお前が死ぬことを選ぶって言うんだったら、俺はなんとしても止める……まぁ、俺が止めなくても、加山が止めるだろうがな……」


 慎は後ろで泣きじゃくる優子を指さす。

 もう泣いて欲しくない、悲しませまいと思っていた雄介。

 しかし、優子は泣いている。悲しんでいる。

 雄介はひどく胸が痛かった。


「お前も……バカだな……俺みたいな頭のおかしい奴を好きになって……」


「雄介は……嘘つきだよ……。全部話すって言ったのに……私と学祭回るって言ったのに……」


 優子の言葉が雄介の心に響く。

 少なくともここに二人、自分の今の姿を見ても離れて行かない友人がいる。

 雄介はそれがうれしかった。


「お願いだから……もう、やめて……もう見たくないよぉ……あんな雄介……」


「………優子……この世の中は綺麗な事ばっかりじゃない。どんなに、説得されても、何を言われても……親の仇を打ちたいって気持ちが薄れることは無いんだよ……」


「駄目だよぉ……そんな事したら雄介もあの人と一緒だよ!」


 優子は倒れて気絶している滝沢の方を指さす。

 確かに優子のいう事は正しい、雄介は理解していた。自分のやっている事が愚かな事だと、しかし、それでも許すことが出来ない相手が目の前にいる。

 体を抑えることなど出来るはずがない、目の前で殺された両親、そして姉弟。そのためにも雄介は、やらねばならなかった。


「う……ようやくなんだ……ようやくあいつを殺せる……」


「雄介! まだ立つな! お前すごい出血なんだぞ!」


「もうやめて! 雄介お願いだから!!」


 二人の静止を振り切って、雄介は立ち上がり、懐のナイフを構えて滝沢の元に歩みを進める。

 もう雄介の体は限界が近かった。足はフラフラで立っているのがやっと、薬をすべて体内に打ち込み、もう体は悲鳴を上げていた。

 しかし、優子が雄介の前に立ちふさがる。両手を広げて雄介がこれ以上進むのを拒否する。


「頼む……どいてくれ……」


「いや! 雄介を殺人者になんかさせない!!」


「どけ! あいつは俺からすべてを奪った奴なんだ!!」


「いや! どかない!」


 優子の決意は固かった。

 涙を浮かべながら、厳しい視線を雄介に向けて、頑として動こうとしない。

 膠着状態が続く中、それを打ち破るようにして、またしても狂った笑い声が聞こえて来た。


「あはははは! ありがとうお嬢ちゃん! お礼に死んでね?」


「え……」


「優子!!」


 いつの間にか起き上がっていた滝沢が、優子に拳銃を向けて引き金を引こうとする。

 優子が気づいたときにはもう遅かった、振り返ると同時に滝沢は引き金を引こうとしていた。

 雄介は慌てて叫び、優子を助けるために飛び出す。


バーン!!


 銃弾は発射され、大きな銃声が鳴る。


「ぐっ!!」


「雄介!」


 雄介は優子を寸前で突き飛ばし、代わりに銃弾を体に受ける。

 もう薬の効果が切れ始めており、銃弾は雄介の肩に命中した。


「アハハ! さっさと殺せばいいのに、バカだね~、予備の薬を持ってきておいて正解だったよ~」


「ぐ……クソ!!」


 雄介は地面に膝をつき滝沢を睨みつける。

 滝沢は再度薬を投与した事により、体はピンピンしており、さっきまでの焦りはどこかに行ってしまった様子だった。


「雄介、あんたは最後だよ……あんたにこいつら全員の殺すところを見せた後で、ゆっくり殺してやる!」


 滝沢はゆっくりと歩みを進めて、人質たちの方に向かって行く。

 再びその場が恐怖で支配される。

 しかし、それをよしとしない雄介は、最後の最後まで滝沢にあらがう。


「させ……るか……」


「っち! 離しな! この!」


 雄介は滝沢に抱き着き、みんなの元に行かせまいと、必死でしがみ付く。


「早く……今のうちに……逃げろ!!」


 みんなの方に向かって雄介は叫ぶ。

 皆は雄介の言葉で我に返り、現状から逃れようと屋上の入り口に逃げて行く。


「っち! 離せ! クソ! まだ力が残っているのかい!」


 雄介を引きはがそうと滝沢は雄介を殴り続ける。

 しかし、雄介は離れようとしない。

 せめてみんなが逃げるまでは、そう思って滝沢の動きを止める。


「お……お前に……もう何も奪われて……たまるかってんだよぉぉぉぉ!!」


「ぐぁっ!!」


 雄介は最後の力を一点に集中させ、強烈な頭突きを滝沢にお見舞いする。

 そのまま雄介と滝沢は倒れ、気絶する。


「雄介!」


「早く! 今のうちに、お前らは逃げろ!」


 優子が叫び、慎がみんなに指示をする。

 雄介はそのまま眠るように、意識を失った。





 雄介が目を覚ますと、そこは病院だという事が直ぐに分かった。

 体中に包帯がまかれ、ベットの脇には雄介がポケットに持っていた空のアンプルが置かれていた。

 あの後どうなったのか、雄介は分からない……。

 いや、わからないのはそれだけではなかった。


「……俺って……誰なんだ……」


 雄介は記憶をなくしていた。


「なんで、ここに居るんだ……」


 ベットから起き上がり、雄介は周りを見る。

 何か大事なようがあった気がした。

 しかし、何も思い出せない。

 家族の事も友人の事も過去も……。


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