第15章 文化際の開始5

「今村ぁ~。あいつって優子の事振って、他の女に乗り換えたってこと? しかも、優子なみの美少女じゃない!!」


「ホントに、ゲスね……。優子がかわいそう……」


「死ね、女の敵」


 女性陣と男性陣の容赦のない馬頭に、雄介は肩を落としてため息を吐く。

 最早、言い訳すらする気力も無くなってきた雄介は、飲み物を持って席の二人のところに戻る。


「あいよ、お待たせ」


「すいません、ありがとうございます」


「いえいえ、それよりも……織姫、大丈夫か?」


 席に戻った雄介が見た、織姫の姿は異様な物だった。

 おそらく、教室の端に置いてあった『ニャフッシー』というキャラクターの着ぐるみの頭部分だけを被って、席に座っていた。


「……ここは、視線が多くて……耐えきれないんです……」


 雄介は周りを見渡す。クラスの男子はもちろん、客の男性やメイドの女子まで、雄介たちのテーブルを凝視していた。


「……なんかすまん」


「いえ……雄介のせいでは……無いので」


 着ぐるみ越しでも織姫が青い顔をしているのが、雄介は分かるような気がしていた。

 これを飲ませたら、すぐ移動させよう、雄介はそう考えながら教室を見る。

 満席でも無く、空席が目立つわけでも無い、そんなクラスの様子に、雄介は少し不満を感じていた。


「雄介様、失礼ですが、あまりこのお店は、他と比べて盛況だは無いご様子ですね」


「ハッキリ言いますね……まぁ、仕方無いですよ。二年と三年がすごいって言うのもありますけど、おそらく一番は、看板娘が今は居ないからです」


「看板娘? それはこの教室の生徒の方ですか?」


「そうですよ、今はミスコンに行ってていませんけど」


 そう言うと、倉前さんは顎に手を当てて何かを考え始める。

 そして、何か思いついたのか、目を開いてアイスコーヒーを飲み干すと、雄介に笑顔で話し始めた。


「雄介様。よろしければ、私とお嬢様がお手伝いいたしましょうか?」


「え? そんなの申し訳ないですよ。今日は学園祭に来たお客さまなんですから」


「いえ、これはお嬢様の男性恐怖症を治すいい機会です。荒療治になりますが、接客という経験をさせる事で、お嬢様も男性になれることが出来るかもしれません」


「まぁ、確かにそうですが……当の本人が……」


 嫌がるんだろう、そう思っていた雄介の予想は、思わぬ方向に飛んで行ってしまった。


「やります!」


「え?! ……マジで?」


 着ぐるみの頭を被ったまま、織姫は少し大きめの声で雄介にそう告げた。

 織姫のまさかの発言に、雄介は驚き、目を丸くする。


「……やっぱり、このままじゃダメですし……それに、私はもっと学園祭というものを楽しんでみたいんです!」


 織姫の言葉に、雄介は口元を歪め、笑顔になる。

 出会った頃とはくらべものにならないほどに、織姫は自分の体質を治そうと積極的だった。そんな織姫の姿が、雄介はうれしくて、同時に自分も頑張ろうと思えた。


「ちょっと待っててください。クラスの奴らに相談してくるんで」


 雄介はバックヤードに向かい、そこに居たクラスメイトを集め、倉前の提案を話す。


「え! あの可愛い子が!」


「おいおい、マジか!」


「確かメイド服の予備あったよな!!」


 男性陣は当たり前のごとくノリノリだった。女性陣も何とも複雑な表情だったが、納得した様子だった。

 しかし、そんな中で一人言いたいことがあると、雄介の前に出て来たクラスメイトが居た。

 そのクラスメイトとは江波だった。

 怒っているのか、それとも怒っていないのか、複雑な表情で雄介に話を切り出す。


「その前に、あの子って今村の何なの? 私はその答えによってはちょっと受け入れられないんだけど」


 江波の少し厳しいトーンの言葉に、雄介は織姫についてのすべてを話す。

 今日が久しぶりに外に出た日だという事、昔誘拐されて男性恐怖症になってしまった事。

 一歩一歩前に進みだそうとしている事のすべてを雄介はその場の全員に話した。


「う……可哀そう……それであんな被り物を…」


「うちの男子がエロい目線で見てたのに……それでも頑張ろうとするなんて……」


「今村……疑ってごめん。私はてっきり、あんたのコレなのかと……」


 話を聞いて涙を浮かべる女性陣。

 江波は雄介に、小指を立てて見せながら涙ぐむ。


「そういう事なら協力するわ! 絶対男子から私たちが守ってあげましょう! 特に今村!」


「そうね、特に今村ね!」


「おい! 俺はこのクラスの女子からどんな目で見られてんだよ!」


 女子のやる気に対して、なぜ自分が標的になっているのか、疑問に思う雄介だが、協力してもらえるならまぁ良いかと思い、それ以上は何も言わなかった。


「そうと決まれば!」


 そう言って江波をはじめとしたクラスの女性陣4名は織姫の元に向かう。


「さぁー着替えに行くわよ~」


「え! ちょっ…いきなり何を……」


「良いから良いから~、今村から話は全部聞いたわ! さぁ、更衣室に急ぎましょう!!」


「え、えぇ~」


 そのまま織姫はクラスの女子達に連れていかれ、倉前さんだけが席に残った。

 雄介は倉前さんの元に戻り、クラスの女子達が着替えをさせに更衣室に連れて行った事を話す。


「そうですか、良い方々ですね……」


「いえ、全く」


「え?」


 雄介の真顔の回答に、思わず聞き返す倉前。倉前は思わずそんな雄介の表情を見て、笑ってしまう。


「ウフフ、本当に良い人たちの様ですね……」


「あの、話聞いてました?」


「ハイ、良くわかりました。このクラスの方々が良い方がただという事が……」


 雄介に微笑みかけながら答える倉前。しかし、雄介にはその意味が分からず首を傾げていた。


「さて、では私もお手伝いします。私はこの格好でよろしいでしょうか?」


「大丈夫だと思いますよ。元々メイド服ですし」


 雄介は倉前を連れてバックヤードに向かう。


「この人も手伝ってくれるってよ」


「初めまして、私は星宮家のメイドを務めています。倉前と申します。お嬢様共々、今村様には大変お世話になっていますので、お手伝いできればと…」


 自己紹介する倉前に、バックヤードのクラスメイト達は唖然とする。


「え……マジメイド??」


「てか、今星宮って言った? しかもあの子ってお嬢様なの??」


「なぁ、俺の頭しらん??」


 クラスメイトが驚き、目を丸くする中で、渡辺は消えたニャフッシーの頭を探しに戻ってきた。

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