文化祭編

第15章 文化祭の開始1



「こんなとこだ」


 雄介は優子に一通りの事を話し終えた。

 優子は複雑な表情を浮かべながら、黙って聞いていた。


「あの時、刑事さんが言った名前、それは俺の家族の命を奪った女の名前だ。ショッピングモールで俺が急に走り出したのは、その女を見かけたからだ」


「そう……だったんだ……」


 悲し気な表情で雄介を見る優子。

 雄介はそんな優子に笑って言う。


「あの時、お前に言えなかったのは、まだお前に完全に心を開けなかったから。俺の過去を聞いたんだ。わかるだろ? 俺は若干だが、人と関わるのもあんまり好きじゃない」


「うん……じゃあ、なんで今話したの?」


「それは……」


 最後になるから、なんてことは言えない。

 雄介は考えた、いや、考える必要も無かった。

 雄介自身、こんな状況にならなくても、優子には話していただろう。

 雄介自身はもうわかっていた、もう優子に雄介自身、心を許し切っている事に……。


「まぁ、あれだ。お前も、俺にとって大事な人の一人になったってことだよ」


「え! じゃあやっぱり彼女に!!」


「大事な人の一人とは言ったが、彼女にするとは言ってない!!」


 いつもの二人の調子に戻る。

 雄介は話を聞いた後も普段通りの優子に安心した。

 そして、今度は優子が先に口を開いた。


「ありがと……雄介はちゃんと、私を見てくれてるんだね」


 恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、俯いて話す加山。

 雄介はそんな加山をからかうような軽口で返す。


「まぁ、色々大変なところはあるけどな」


「む~、何それ~、全部私の愛情表現でしょー?」


「お前の愛情表現は度が過ぎてんの!」


 いつものやり取りに、いつもの二人。

 雄介は心の中で思う。もっと一緒に居てみたかったと……。


「ねぇ、連れていかれた後はどうなったの?」


「あぁ……」


 雄介はその後の話はしたくなかった。

 話したら、雄介を見る優子の目が変わってしまうと思ったからだ。

 雄介は若干話を濁して簡単に答えた


「俺は警察に保護されて、姉さんは海に沈められた。それだけだよ……」


「……ごめん。あんまり追及しないほうがいいよね……」


「気にすんな」


 雄介がこれ以上は何も話したくない様子を優子が察し、そこで雄介の話は終わった。

 それと同時に、学校のチャイムが鳴る。


『これより、学園際を開始します』


 学園祭開始を告げるアナウンスが流れ、俺と優子は慌てて教室に戻る。


「大変! 始まっちゃった!」


「早く戻ろうぜ、看板娘が居なきゃ、始まんねーだろ?」


 二人で屋上のドアから学校内に戻る。

 そこで、雄介は優子に言い忘れていた事を言った。


「優子」


「え、なに? 早く行かなきゃ!」


「ありがとな」


「?? どうしたの? 変だよ雄介?」


「なんでもね、行こうぜ」


 そういって雄介は優子を置いて、教室までの道を走り出す。

 置いて行かれた優子も、急いで後を追う。


「あ! ちょっと待ってよ、雄介!!」


 雄介と優子は、クラスに戻った。

 まだ始まったばかりだった事もあり、そこまで人は来ては居なかったが、クラスメイトからはブーブー言われてしまった。


「あ、やっと来た! 優子、どこに行ってたの?」


「うん! ちょっとね~」


 雄介の方にチラリと視線を向ける優子。

 その視線に気づいたのは雄介だけだった。

 一緒に来た雄介はというと、クラスの男子生徒から事情聴取されていた。


「おい、今村!!」


「なんだよ、個性豊かな姿のクラスメイト諸君……」


「「「うるせぇ!! 仕方ねーだろ!」」」


 メイド喫茶をやる条件として、男子は様々なコスプレをして接客する事を条件とされていた。

 海賊だの侍だの騎士だの、多種多様な衣装のクラスメイトが雄介に詰め寄る。


「なんだ! 文化祭で更に距離を縮めたのか! このクソリア充!」


「は? ……話が見えないんだが?」


「やかましい! 加山さんとどうせお楽しみだったんだろ!!」


 またその事か、雄介はそう思いながら、肩を落としてため息を吐く。

 優子に告白を公言されてから、こんな会話を度々クラスメイトや他のクラスの男子としてきたが、男子が優子に憧れる理由が、雄介は少しづつわかって来ていた。


「お前らが思ってるような事はしてないから安心しろよ。それに、俺じゃ……釣り合わない事もわかってる……」


 雄介のいつもと違う返しに、クラスの男子生徒は全員目を丸くして、開いた口が塞がらない、といった感じで雄介を見つめる。


「い…今村? お前、なんかあったのか?」


「そんな、普通の返しされると、何も言えなくなっちまうんだが……」


 いつもと違う、雄介の反応にクラスの男子生徒は、調子を狂わせてしまう。


「なんもねーよ。それより、客来たんじゃねーか?」


 教室入り口には、既にお客さんらしき人が、中の様子をうかがっていた。

 各自持ち場について、お客さんをもてなし始める。


「いらっしゃいませ~」


 やはり、メイド喫茶というのは目立つらしく、文化祭が始まったばかりだというのに、どんどんお客さんが入ってくる。


「おいおい、午前中から大盛況だな! 女性客も来るなんて意外だぜ……」


「あぁ、女性客のほとんどは山本目的だけどな……」


 慎の周りには、一緒に写真を撮りたいという女性客が集まっていた。

 いつもなら苦い顔をする慎だが、クラスに貢献するために笑顔で対応する。


「「クソ! イケメン死ね!!」」


 そんなハーレム状態の慎の姿を見ながら、堀内とクラスの男子は声を揃えて本音を叫ぶ。

 そんな彼らは女装姿で負けじと接客をする。


「「いらっしゃいませ~」」


「いや~、なにそれ女装? キモ~イ」


 笑顔で接客をした堀内達だったが、店に入ってきた女性客からの言葉に、精神的大ダメージを受けてしまった。


「……俺、二日間この格好はヤダ…」


「ばか! 俺もだよ! 畜生!!」


 涙を流して奥のバックヤードに引っ込んでいく堀内達。

 そんな二人に目もくれずに、お客さんの視線はメイド姿の女子達に向けられる。

 雄介たちの女子生徒は以外にもレベルが高く、入学当時は話題になっていた。しかし、優子が別格にレベルが高いせいであまり目立っては居なかった。

 そのせいもあって、メイド喫茶は好評だった。


「さて……俺はっと……」


 雄介は自分のシフト時間が終わったのを確認して、教室を出てある場所に向かった。

 

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