第13章 文化祭と新たな火種 10

 文化祭前日の帰り道、雄介は途中まで一緒だった慎と沙月、そして優子に別れを告げ、雄介は一人、織姫の家に向かっていた。

 一日文化祭の準備だったため、今日はいつもより早く織姫の家に向かう事が出来る。


「はぁ~、なんだか疲れたな……」


 バスに揺られながら、雄介は手すりにつかまって、外の景色をボーっと眺めながら目的地に到着するのを待った。


「……」


 普段雄介がはあまり乗らない時間なので、気が付かなかったが、どうやらこの時間はバスが混雑するようだった。

 バス停に泊まる度に、人がバスに乗車し、人がすし詰め状態だ。


「キッツいな……」


 雄介も出来るだけ体を寄せてスペースを作る。すると、後ろのお客さんが更に距離を詰めてきた。

 しかもどうやら女性の様だ。


(う……やばい……)


 かなりの至近距離にまで近づかれ、雄介の体は拒絶反応を起こしていた。

 まだ触れられたわけでは無いので、気絶はしないが、それでも気分は最悪だ。

 雄介自身も顔が青ざめていくのを感じた。


(次で……一回降りよう……)


 雄介は次のバス停で降りて、あとから来たバスに乗っていくことを決意し、降車ボタンを押そうと手を伸ばす。しかし、隣に居た見知らぬ人がそれを止め、雄介の腕を掴んだ。


「? あ、あの……何か?」


 突然の事で驚いたが、雄介は気分の悪さが先に来てしまい、あまり動揺はしなかった。

 帽子を深くかぶっていて、性別は分からないが、触れられてもなんともないという事は、おそらく男性なのであろうと、雄介は思い、その男性に尋ねる。

 しかし、その人は何も言わずに、雄介を自分の近くまで引っ張り、女性から距離を置かせてくれた。

 少しだが、気分が楽になるのを感じた。しかし、なぜこの人はこんな事をしたのだろうか? 雄介は疑問だった。

 すると、その人は雄介に小声で話を掛けてきた。


「久しぶりね……雄介…」


「!? お、お前!!」


 雄介はその声に聞き覚えがあった。

 忘れるはずがない、忘れて良いはずがない、その声の主を雄介は睨みつける。


「滝沢…絵理……!」


「おっと、ここでやりあおうなんて思わない事だよ。こんなところで私らが暴れたら大変だ」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべ、雄介に注意を促すと共に、雄介の腕を拘束して滝沢は楽しそうに言う。

 雄介はそんな滝沢を今にでも八つ裂きにしてやりたかった。

 しかし、ここでそんな事を始めてしまえば、確実に周りに被害が出てしまう。雄介は震える拳を精一杯抑え、話を聞いた。


「久しぶりだね~、随分大きくなった~。覚えているかい? 私と過ごした10年前を……」


「あぁ、嫌ってほどにな。あんな悪夢を簡単に忘れられるわけがねーんだよ」


「フフ、そうだろうね~。それより、今の状況に違和感を覚えないかい?」


「は? 違和感だと?」


 雄介は周りを確認したりするが、別に変った様子はない。

 しかし、その変わった様子の無い事が、雄介にとっては違和感だと気が付いた。


「!! な、なんで拒絶反応を起こさないんだ?!」


 女性である滝沢絵里に触れられている上に、この至近距離。いつもの雄介ならば、確実に気絶しているにも関わらず、体調に変化はない。

 それどころか、先ほど悪くした体調が、嘘のように回復し始めていた。


「フフフフ、なんでだろうね~。不思議だね~」


「お前! 俺に一体何を!!」


「さてね~、大方あんたの体は、私を家族だと思っているんじゃないのかい?」


「っ!! お、お前!!」


 家族というワードに雄介の怒りは更にました。

 雄介の家族を奪ったこの女が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、その単語を口にする事が雄介は許せなかった。


「それよりも、随分可愛いお友達が居るんだね~」


滝沢は自分のスマートフォンを見ながら雄介に言う。

 スマートフォンには、優子や凛、慎や渡辺といった友人たちの写真が写っていた。


「お前! 今度は何をするつもりだ!」


 滝沢の発言と写真に危険を感じた雄介は、滝沢に尋ねる。すると、滝沢は笑いながら、耳元でささやいた。


「あんたの大事な物……私が全部壊してあげる……」


 滝沢のその発言に、雄介の怒りは頂点まで登っていた。

 今すぐにでもこの女を何とかしなければ、関係ない友人達にも被害が及んでしまう。

 雄介は滝沢を睨みつけながら、低い声でいう。


「んな事してみろ……俺がお前を殺す!」


「アハハ、そうだよ。その目だ! 私の額に傷をつけた時のその目! 私はあんたのそういう目が好きなんだ!」


 滝沢は喜びながら、更に笑った。

 この女は狂っている、それは雄介が10年前から知っている事であり、今更こんな異常な人間を見ても同とは思わない。


「明後日、楽しみにしててね。最高の舞台で、最高の演出で……殺してあげる」


「まさか、おまえ!!」


「ウフフ、あの餓鬼どもが全く役に立たないから、もう私たちが行くしかないのよ」


「やっぱり、あの不良たちにナイフを渡して、俺を襲わせたのは!」


「ちゃーんとメッセージは届いてたんだね~。安心したよ」


「やっぱりか……」


 楽しそうな笑みを浮かべる滝沢に対して、雄介は顔をゆがませて怒りをあらわにしている。

 そんな中、バスはバス停に到着し、停車した。


「じゃあ、また明後日に……」


「ま、待て!!」


 滝沢はそのままバスを降りる人ごみの中に消えて行った。

 雄介も慌てて追おうとしたが、人が多くてうまく進めず、バスを降りた頃には、滝沢の姿は何処にも無かった。


「クソ!!」


 ブロックべーの壁に思いっきり拳をぶつける雄介。

 自分のせいで、文化祭が地獄に変わるかもしれない。

 自分のせいで、友人に被害が出てしまうかもしれない。

 どうにかしなければ、そういう思いが最初に出た。


「絶対に……今度こそは!」


 雄介は決意する。

 今度こそ、誰も死なせない。今度こそ、守って見せる。家族を友人を、誰も傷つけさせたりしない。

 雄介は一人、バス停のベンチに腰掛け、ブロックべーを殴った拳を見ながら思う。


(たとえ、俺が一人になっても……)


 雄介の拳は傷一つ付いては居なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る