第12章 後編10 草食系とお嬢様

「お前に関する噂の真相を確かめるために、今日はここにお前を呼んだんだ」


 仁王立ちで腕を組み、雄介を睨む北条。そして雄介を囲むように出てきた、他の男子生徒。一人で来いって言ったくせに、と雄介は思いながら、早く終わらないかと、ため息をついて北条の言葉を待つ。


「お前に聞きたい…加山さんと、お前は付き合っているのか?」


「付き合ってねーよ。毎回毎回、俺に聞かないで優子に聞けよ」


「「「優子?!」」」


 やばい、と雄介が思った時には遅かった。先ほど付き合っていないと言ったにもかかわらず、呼び捨てでしかもどこか親し気な感じで言ってしまった。

 もちろん周囲の男子生徒達や北条はその言葉を聞き逃さなかった。


「付き合ってもいないのに名前で呼び合うとは、よっぽど仲が良いんだな……」


「ま…まぁな……」


 先ほどよりも三倍ほどの怒りのオーラを出しながら、北条は雄介に皮肉を言う。雄介は自分で自分の首を絞めてしまった事を後悔しつつも何とか状況をいい方向にもっていこうと、自分から切り出した。


「それよりも、北条…お前良いのかよ。もうすぐ部活の大会なんだろ? あんまりつまらない事で問題起こすと、部活にも迷惑かかるぜ」


 事態を切り抜けるために、雄介は北条に切り札とも言える言葉を言い放つ。しかし、北条はなぜか、その言葉に驚くどころか笑って答えた。


「ハハハ! 今村! お前は俺が柔道部だという事を知っていたんだな! だが、俺が先日柔道部を辞めた事は知らんらしいな!」


「な……、確かお前って、一年生ながら団体戦にも出場してた、うちの柔道部期待のエースだったんじゃ!」


 雄介は慎から仕入れた情報を確認するかのように北条に尋ねる。一年生のこの時期から期待されて、先輩たちと団体戦にまで出場していたはずの北条。そんな北条がなぜ部活を辞めたのか、雄介は気になっていた。そしてそれと今の状況とどう関係あるのかも雄介は大いに気になっていた。


「確かにそんな時期もあった……俺はそれこそ、恋だの愛だのという浮ついた事に興味すらなかった。しかし! しかしだ!」


 何やら興奮気味に話し始める北条。雄介は北条の話を黙って聞く。


「俺は不覚にも恋に落ちてしまった……そう! 今、お前が弄んでいる加山さんにだ!!」


 雄介の方を指さし、叫ぶ北条。雄介はそれとこの状況と部活を辞める事にどんな関係があるのかが、まだわからず、ポカンとしたまま話を聞いていた。


「柔道部員は、やれ汗臭い、やれ汚いだと、女生徒からの人気は低い! だから、俺はモテたことなんてなかった……」


「……知らねーよ」


 聞こえないくらい小さな声でつぶやく雄介。北条はそのまま言葉を続ける。


「だが、ある日。加山さんが友人たちと柔道場を通った時の話だ! いつも通り、女子たちが俺達柔道部の陰口を言っていた…」


『マジでさ~、柔道部って汗臭いしー、ぶっちゃけカッコいい人いないよね~』


『確かに~、みんな坊主だから、同じに見えるし~、優子もそう思うでしょ?』


『私は、一生懸命なにかをやってる人たちはカッコいいと思うよ? 仕方ないよ、スポーツやってて汗かくのは当たり前だし、坊主なのも動きやすいようにとか、決まりがあるんじゃない?』


 話を終える北条、北条は涙ぐみながら、その時の心境を語りだした。


「あの時まで、女子は誰もわかってくれないんだと思っていた、柔道の良さや柔道の大変さを……しかし、加山さんは違った!! カッコいいと! 俺達の事をカッコいいと言ってくれた!」


 北条と他の男子生徒は、北条のストーリーに涙を流し始めてしまった。雄介は、そんな女子は他にも居たのではないだろうか? と思いながら、苦笑いで北条の話を聞いていた。


「そして思った! 俺はこの人に好かれなくても良い! でも、柔道部を! 俺を! 認めてくださった加山さんには、是非とも幸せになって欲しいと! そして俺は! 柔道部を辞めた……」


「うん、悪い。まったくわかんねぇよ!」


「何がわからないというんだ!」


「部活を辞めた理由だっつの! ただ優子に惚れただけで、なんで柔道部を辞めんだよ!」


「だから言ってるだろ! 俺は加山優子を応援する会に入り、今は実行部隊の隊長をしていると! 全身全霊を掛けて加山さんを守るために、俺は部活を辞めたんだ!」


「言ってねぇよ! 初めてきいたわ! てか、なんだ実行部隊って」


「加山さんに近づこうとする輩を暴りょ……話し合いによって解し、二度と加山さんに近づけないようにする部隊の事だ」


「今、暴力って言いかけたよな! もう戻れよ! 柔道部に!」


 雄介は北条の意味の分からない選択に、若干イライラしながら突っ込みを入れる。柔道の道を諦めて、加山の為に何を頑張るのだろうか? 雄介はそう考えながら、肩をがっくりと落としてため息を吐く。


「んで、その実行部隊が何のようだよ……」


「今村! 貴様最近、加山さんが自分に好意がある事を良い事に、色々好き勝手やっているそうだな!!」


 人差し指を雄介に向けてだし、北条は雄介を睨みながらそういう。雄介は、こんなうわさまで広がっているのか、と不幸になりながら、北条に弁明をする。


「そんあ訳ねーだろ! 俺はあいつと離れたいんだよ!!」


「じゃかぁしいわ! あんなに言い寄られているのに……うらやま……可哀そうだと思わないのか! 加山さんが!」


「おーい、羨ましいって聞こえてんぞ~」


 一気に殺気立った北条と他の生徒達。雄介はこの状況をどう切り抜ける考えるが、なかなか見つからない。


「それで、結局お前ら何がしたいんだよ」


 雄介がそう尋ねると、北条が一言こういった。


「加山さんを幸せにしろ!」


「…………………は?」


 思っていたのと違う答えが返ってきて、雄介はポカンと口を開いたまま、静かな沈黙が続いた。


「いや、どういう事だよ?」


「加山さんがお前を選んだ以上、俺たちもそれを信じて、今まで通り応援する。 だからこそ、加山さんが惚れた相手を見て話して見たかったのだ!」


 その場に居た他の男子生徒も同じ気持ちだったらしく、首を縦に振って同意する。


「別に、暴力を振るおうってわけじゃなかった、ただ良くない噂が本当かどうかを調べるために、今日はお前をここに呼んだのだ」


「あ、そうだったんだ」


 安心した雄介だったが、まだ気味悪さが残る。前に遭遇した同じような団体はもっと暴力的だったからだ。

 別の団体なのだろうか? そう考える雄介の不安はなくなっていた。


「ならわかってくれよ! 別に俺と優子はなんでもないんだって、噂もなんか色々で回ってて俺が困ってんだよ!」


「それは知っている。噂を流した俺達以上の噂が流れていて、俺達も驚いた」


「発信源お前らだったのか! なんださっきまでの良い奴らの雰囲気は! 普通に陰で俺に嫌がらせしてんじゃねーか!」


 北条は口笛を吹きながら、明後日の方向を向いて知らん顔をしている。雄介はやっぱりまともな奴らじゃないと思い、その場を立ち去ろうとする。

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