第12章 後編9 草食系とお嬢様

 紗子を見送り。里奈からの久しぶりの熱烈なアプローチを交わし、雄介は学校に登校した。雄介は元々、学校では目立たずに過ごしていたはずであった。しかし、最近は目立ちまくっている。


「ねぇ……あの人じゃない?」


「あぁ、多分そうだ。加山さんの弱みを握って好き放題にしてるって!」


「私はもう自分から離れられないように、何かしたって聞いたわよ……」


 聞こえてくるのは良くない噂ばかり、しかもすべて根も葉もない嘘ばかりで、なぜか全面的に雄介が悪役になっている。


「はぁ……勘弁しろよ…」


 あの日、友人たちから言い寄られていた加山の仲裁に入ったつもりだったのだが、それがいけなかったらしい、あの日以来、噂はエスカレートし、こんな奴らまで現れ始めた。


「今村雄介はいるかぁぁぁぁぁ!!!」


 教室に到着し、席についたところで入り口の方から、誰かが雄介を大声で呼ぶ。雄介は知らないふりでやり過ごそうとしたのだが、教室中の視線が雄介に集まり、そうもいかなくなってしまった。

 雄介は声の主の方を見る。体格の良い男子生徒が雄介の方に向かって歩いてきていた。


「えっと…なんかよう?」


「貴様に話がある! 放課後体育館裏に一人で来い!」


「どこの不良漫画だよ……」


 男子生徒は一言だけそういうと、去っていった。幸いなのは教室に加山が居なかったことであろう、居たら確実に面倒な事になっていたと思い、雄介はそのまま机に突っ伏した。


「あれって、北条だよな? 確か柔道部の……」


「噂で聞いたことあるけど、加山さんの親衛隊の一人らしいぜ、これは今村も終わっただろ?」


 などとクラスの連中は一連の出来事に関する噂話に花を咲かせていた。


「随分と面倒な事になってんな、雄介」


「本当、優子が居たらもっと大変だったけどね」


 慎と沙月が、雄介の机に近づき、机に突っ伏している雄介に言った。雄介は顔を上げて、二人を見ると大きくため息をつく。


「面倒だよ、放課後も用事があるっていうのに、俺の返事も聞かずに用事だけ言って行っちまいやがった……」


「まぁ、お前が本気だせば、あんなの一撃だろ?」


「慎……そのことはあんま言わないでくれ、中学の時みたいになるのはごめんだ」


「おっと! すまんすまん!」


 慎は笑みを浮かべながら雄介に謝罪する。そんな中で状況を出来ない人が一人だけいた。


「なんの話?」


 沙月だ、不思議そうな顔をして雄介と慎を交互に見て説明を求めるが……。


「わりぃな、この話はちょっと出来ねーんだ」


「ふーん……まぁ、良いわ。私だってそこまでしつこくないわ。それより、放課後どうするの? 行くの?」


 相変わらずあまり表情を変えない沙月は、無表情のまま雄介に聞き返す。雄介は沙月の問いに「う~」っと唸りながら考える。


「まぁ、一応行ってくるわ。行かないでまた来られても面倒だし」


「お! なんなら俺も言ってやろうか?」


「いいよ、一人でって言ってたし。それに柔道部の奴なら、この時期は大会近いから、暴力に出て部活動の停止なんていう事になったらまずいだろ?」


「確かに、でもあのゴリラみたいな人、そこまで頭が回るかしら? 用件だけ言って今村君の返答も聞かずに帰るような猪突猛進な感じの人だったけど?」


 沙月の言葉に雄介は冷や汗をかいた。沙月の鋭い指摘に、雄介は自分の身の危険を感じていた。本当にそういうやつで、殴られたらどうしようか、そんな事を考えていると、雄介は更に放課後が面倒になってきた。


「おはよ~、雄介~今日も好きだよ~」


 明るい笑顔で雄介の元にやってきた優子。雄介は軽くあしらうように挨拶を返す。


(元はと言えばこいつの告白のせいなんだよな……)


 そんな事を考える雄介だが、最近は一概に優子だけのせいではないと理解してきた事もあった。ただ、雄介が好きなだけで、ただ普通に告白して、振られたけどまだ好きで、本人はそのくらいにしか思っていない。ただ周りがそれを許さないのだ。だから優子だけを責める事が雄介には出来なかった。


「そういえば三人で何話してたの~? まさかついに雄介が私にプロポ……」


「なんでもねーって。ただの雑談だ。ほら、さっさと座らねーとホームルーム始まんぞ」


 そういうと加山は、仲間外れにされた気分になり、顔を膨らませてブツブツ言いながら、雄介の前の席に座り。沙月と慎も自分の席に戻っていった。


「雄介。お前って加山に優しくなったな…」


 去り際に慎は雄介にそういった。これ以上話しをして、流れで雄介が放課後に呼び出しを食らった事を悟られない為に雄介は優子に何を話していたかをごまかしたのだ。きっと話を聞いた優子が責任を感じてしまうと思って……。


「別に普通だっつの……」


 一人呟き、窓の外を眺める雄介。こういう日に限って一日はあっという間に過ぎていき、ついに放課後になってしまった。


「はぁ~、来ちまったな~」


「雄介! 一緒帰ろ!」


 優子が雄介の方を向いて笑顔で言う。しかし、今日の雄介には放課後大事な用事があるので……。


「悪いけど、今日は用事あるんだ。紗子さんがまた仕事に行っちまって、色々やんなきゃいけねーから。今日は沙月さんと帰ってくれ」


「え~、そんなの私も付き合うから~」


「わがまま言わないのよ、優子」


 加山と雄介が話をしていると、どこからともなく、沙月が二人の間に割って入ってきた。


「優子、これから今村君は女子には言えない秘密の買い物をしに行くの、邪魔したら可哀そうよ?」


「沙月さん、何言ってんだ! そんな如何わしそうな買い物の用事なんてねーよ!!」


「そっか! じゃあ仕方ないね!」


「優子! お前も納得すんじゃねぇ!!!」


 そうこう言っている間に、加山はなぜか納得し、沙月と共に帰っていった。おそらく沙月なりの配慮なのであろう。去り際に「お大事に」とぼそっとつぶやいていった。


「何がお大事にだよ…やられる前提か!」


 雄介は準備を整え体育館裏に向かった。教室を出る際には慎が敬礼していたのが見えた。


「体育館裏に呼び出しって……ほんと漫画みたいだな……」


 体育館裏に到着した雄介は、肩を落としてそうつぶやく。これが終わったら、織姫に会いに星宮のお屋敷に行かなければならないので、早く終わって欲しいと雄介は願っていた。


「よう、遅かったな」


 体育館の裏の倉庫の陰から朝の声の主、北条が姿を現した。他にも数名の男子生徒があちこちから出てくる。


「で、なんの用? 俺この後も用事あるから手短に頼む」


 だるそうにしながら雄介は北条に向かって言う。その態度にイライラしたのか、北条はあからさまに不機嫌そうな顔で雄介を睨んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る