窓の外で君の声がする

 彼女が交通事故で死んだのは、高校二年の春だった。

 遺体の損傷がひどく、葬儀の場で、彼女の顔を見ることはできなかった。

 そのために、私の中の彼女は、最後に会ったときの笑顔のままであった。


 真夜中。

 暗闇の中、私の部屋の窓を叩く音がする。

 いつものように、彼女がやってきた合図だ。

 私は窓を開けはしない。それが、彼女との約束だったからだ。

 彼女によると、私が窓を開けると、よくないことが起こるらしい。

 「黄泉平坂よもつひらさかって知っているかしら。この窓はそれなのよ」と、彼女は私に忠告した。


 高校二年生の夏、彼女がやってくるようになってから、ほぼ毎日、私たちは窓を隔てて、たわいのない会話を繰り返した。

 同じ話を、思い出を、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し。


「恋人はつくらないの?」

「結婚はしないの?」

 私が若い間、彼女はたまにそう口にした。

 そのたびに私は、「しないさ。きみがいるもの」と答えた。

 すると彼女は決まって同じことを、私にたずねてきた。

「私って、なんなのかしらね、あなたにとって?」

 そのたびに私は、「さあ、なんだろうね」と、あいまいな返事をした。

 私は彼女に憑かれているのかもしれない、彼女は私にとって呪いの存在なのかもしれない。でも、だからと言って、それがなんなのだ。そんなことは、どうでもいいことだった。


 きょうも彼女が、みずみずしい声で私に話しかけてきてくれる。

 老いた身が、淡く甘い何かに包まれる。


 さいきん、思うのだ。もしかしたら、私が彼女の呪いにかかっているのではなく、彼女が私の呪いにかかっているのではないか、と。

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