『代打』

矢口晃

第1話

『代打』矢口晃


あるところに、和菓子屋の野球チームがありました。選手も監督もコーチも、みんな和菓子ばかりです。

 その選手の一人に、ぼたもち君も入っていました。ぼたもち君は野球が大好きで、人一倍練習もしました。でもそのわりにはなかなか技術が上がらず、試合ではベンチで他の選手を応援していることの方が多いのでした。

 一方同じチームメイトのおはぎ君は、打つのも守るのもチームのトップクラスでした。ぼたもち君が時々試合に出場することがあっても、ここぞというチャンスの場面では、いつもおはぎ君を代打で交代させられてしまうのでした。

(僕はこのチームに必要ないのかなあ……)

 他のチームメイトが試合で汗を流している姿を見ながら、ぼたもち君はそんなふうに考えてしまうこともありました。

 さて、今日はその和菓子チームと、同じ商店街の居酒屋チームとの試合の日です。和菓子チームと居酒屋チームは、むかしからのライバル同士でした。ですから、選手や監督たちの気合いの入り方も、いつも以上に大変なものでした。

お天気はかんかん照りで、絶好の野球日和でした。

試合が始まる少し前に、監督から先発選手九人の名前が発表されました。その中に、ぼたもち君の名前は入っていませんでした。

 ぼたもち君は、残念そうにがっくりと肩を落としましたが、試合が始まると気持を切り替えて、ベンチから一生懸命チームメイトの応援をしました。

 試合は九回まで進みました。和菓子チームは居酒屋チームに一点負けていました。この回の攻撃で逆転できなければ、居酒屋チームの勝ちになってしまいます。

 和菓子チームのみんなはがむしゃらに、最後まであきらめない気持ちで頑張りましたが、とうとう二アウトまでとられてしまいました。しかし、それで相手がほっと油断したせいもあり、バッターのくずきり君が二ベースヒットを放ちました。そして続くようかん君もヒットで出塁し、ランナーが二人になりました。

 この二人のランナーが帰れば、和菓子チームの逆転勝利です。ベンチにいる全員の闘志が、一気に湧き上がってきました。

 この絶好のチャンスにバッターボックスに立つのは、あのおはぎ君です。

(おはぎ君、頼んだぞ。何とかしてくれ)

 ベンチの誰もが、心の中でそう願っていた時のことです。おもむろに立ち上がった監督が、思いもかけないことを審判に告げました。

「代打、ぼたもち」

 にぎやかだったベンチが、それを聞いて一瞬静まりかえりました。しかし誰より驚いたのは、ぼたもち君本人だったに違いありません。

「本当に、僕でいいんですか」

 ぼたもち君は、恐る恐る監督にそう聞きました。監督はぼたもち君の背中をぽんと一つ叩くと、

「思い切って行ってこい」

 とぼたもち君を勇気づけるように言いました。

 ぼたもち君は、バッターボックスに入ってからも緊張でバットを握る手がぶるぶると震えました。チームが勝つか負けるかという絶好の舞台に、あのチーム一打つのが上手なおはぎ君の代わりに代打に出たのです。もしここで自分が打てずにチームが負けたら、チームメイトからどんな目で見られるでしょう。そして、どんな恨みを買うことでしょう。

 そう考えると、ぼたもち君はプレッシャーの余り腕にも足にも力が入らなくなってしまいました。

 結果は、空振り三振でした。塁に出た二人のランナーはホームに帰ることができず、和菓子チームは五対四で居酒屋チームに負けてしまいました。

(自分が打てないから、チームが負けたんだ。僕のせいで、みんなにいやな思いをさせてしまったんだ)

 がっくりと肩を落としながら、三振したぼたもち君はベンチに帰って行きました。そしてみんなの見ている前に立つと、

「ごめん」

 と一言あやまりました。

 すると、最初にぼたもち君に声をかけたのは、あのおはぎ君でした。おはぎ君は元気なくうつむくぼたもち君の手を握ると、

「点が取れなかったのは、ぼたもち君のせいじゃないよ。僕たち全員の責任だよ」

 と言いました。それを聞いた他のチームメイトたちも、

「そうだよ。ぼたもち君が悪いんじゃないよ」

 と言いながらうなずいていました。そして最後に監督がぼたもち君の後ろから近づいてきて、ぼたもち君の肩に手を置きながらこう言いました。

「これからも頼りにしているからな」

 この言葉を聞いた時、ぼたもち君はどれほど嬉しかったことでしょう。自分はチームに必要とされていないかも知れないと考えていたぼたもち君は、この時初めて、自分はチームに必要とされているのだと気が付いたのです。

 ぼたもち君は、心の中でこう思いました。

 自分もチームの一員なんだ。僕はチームに、必要とされているんだ。だから僕は、チームの中で自分に与えられた仕事を、精一杯の力で全うしよう。そしてチームの期待に応えられるように、自分にできるだけの努力をしよう。たとえ試合に出場できずにベンチから応援するような時でも、できるかぎり大きな声で一生懸命応援しよう。

 そしてぼたもち君はうつむいていた顔を上げると、チームメイトたちに向かって笑顔でこう言いました。

「うん。ありがとう」

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『代打』 矢口晃 @yaguti

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