第9話 直轄軍

「あの阿呆せがれが平信光の娘を娶るじゃと?」


この日、温井総貞は定期的に行っている温井一族が造営した神社の参拝に来ていた、その境内で息子の続宗が遊佐続光の嫁取りの話をしたのである、総貞は続宗の話を聞き終わると段々機嫌が悪くなってきてついには僧侶達を追っ払ってしまった。


「阿呆じゃと思うて放っておったが、阿呆すぎるのも考えものじゃな」


 「はぁ」


 父のイライラの理由が分からない続宗は適当な相槌をうつしかない


「なんでワシが敢えて長を外しているのか、その理由すら分からんのか、阿呆じゃ、やはり阿呆せがれじゃ」


続宗が邪気なく聞く


「縁を結んだのは平殿とではありませぬか?」


「長続連は誰の子じゃ?」


「ああ~そういえば平信光殿の息子でござったな、なるほど」


「これであの阿呆せがれは長と平のどちらの親類にもなったのじゃ」


だがそれでも続宗には何故続光の事を父が「阿呆」と言ったのかが分からない、強大な軍事力を持っているのであれば自分の派閥に取り込んだ方がよいと考えるのが普通ではないか。


総貞は続宗の顔見てシンプルすぎる思考の持ち主の息子が何を考えているのかを当然のごとく読み当てた。


(皆、阿呆ばかりじゃ)


総貞は「当然のように畠山家臣として長を扱う」という事がいかに危ういかという事を真剣に考えない連中の多さに腹が立った。

総貞は長家についてこう推察している。



長家は長年他勢力で、今もって外様であるゆえに彼等の思考法には独特のモノが存在すると・・・それは自家を「畠山の家来ではない、我々は独立した勢力だ」という意識があるゆえに「畠山家をどう乗り越えるか」というスキームでしか物事を判断できない思考法を有していると発見したのである。もう少し分かりやすく説明すると長家は畠山の中の事はあまり考えない、温井も遊佐も所詮は畠山の家来である。長家にとって「畠山にどう勝つか」というのが問題なのであって、「畠山の中で1番になる」というのは“意味がない目標”なのである。なので彼等は軍備を磨く、軍備を磨き畠山家の襲来に備えるのである。彼らの思考はこれで終わりだ。彼等は自分達が見下している畠山の家来の争いに最大の旨味があることをまだ知らない。


畠山家はある秘密を抱えている。それは秘密でも何でもないのだが、長家にとってみれば衝撃の事実だろう。


==畠山家というのは畠山軍という直轄軍が存在しない==


基本的には畠山家は能登守護で能登全体の代表であるために領地は家臣が治め、畠山はそこに君臨するというシステムなので家臣達が寄せ集めた軍隊を畠山が指揮するのである、厳密に言えば領地を持つ家臣に指示するのであって、畠山は軍隊を直接指揮しない。これはもしもトップが強大な権力を持ちたいというのであれはかなりの構造的欠陥があることになる。


直接領地を持っているのは畠山家の家臣であり当然領民は家臣の軍として動くつまりトップが軍を動かしたくても家臣が拒否すれば軍は動かないのだ。なのでトップは常に家臣の顔色を見て自分の思惑道理に動いてくれるか神経を尖らせないとならない。


つまり構造的に家臣が力を持ちやすく主家が弱い立場に置かれやすい構造なのだ。


一言で言うなら「家臣が主家を傀儡にしやすい構造」となるだろうか。



この構造を知りぬいている総貞は長家に畠山の家臣である事の旨味を気づかせたくないのである。長家には永遠に「VS畠山」という思考の牢獄に入っててほしいのだ。もしも長が本気で「畠山家でNO1の家臣になり畠山家を傀儡にしたい」と望めば武力を背景にそれを可能にする力が存在するかもしれないと総貞はふんでいたのだ。


現在は温井と遊佐が畠山家の家中で主導権争いをしているが、そこに長が加われば、温井・遊佐・長の三つ巴になり、温井、遊佐共に長に喰われる可能性すらあると考えていた。ゆえに総貞は敢えて長を争いの外側に置いて長に対しては温井や遊佐ではなく“畠山家として”抑えつければよいと考えていたのだ。



(ワシと争う為の力がほしくて長に活路を見出したやもしれんが、その判断はおぬし自身を殺すやもしれんぞ)



こうして遊佐続光は平信光の娘「松の方」を娶り、能登の有力者、平信光と長続連と縁戚になったのであった。

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