第7話 代替わりの祝賀Ⅱ

この能登国に恐らく総貞以上の目利きは存在しないだろう。



温井家は総貞が家督を受継ぐ前からそれなりに大きな家であったが現在のような権威は存在しなかった、総貞はそれを己の才のみで獲得してきたのである。公家との付き合い、商人との付き合い、一向門徒との付き合い、畠山家中の者との付き合い、人物を見極め実力あるものと予め縁を結び強力なネットワークを形成し、彼らと持ちつもたれずの関係を結びその影響力を広げてきたのであった。


そんな総貞にとって小僧の品定めなどさして難しいことではなかった。

座り方、目つき、身だしなみ、中でも雄弁なのはその者の瞳であった



(恐らく早雲は何らかの方法でワシが隠居の策を仕掛けた事を知っておる、ならば当然せがれもそれを知っているだろう、目の前に親の“仇”が座っておるのだ、これに何を見せるか・・・こやつが阿呆であればあるほどワシらにとっては良い事だ)



総貞がじとっした目つきで続光を見てると、続光が唐突に喋り出した




「温井殿の所は代替わりせぬのか?」



この言葉に祝賀に来ていた一同はギョッとした、まだ挨拶もしていない相手に対して隠居の話をしたのである、しかも相手は家中一の実力者本人である。

横に控えていた続光の側近が慌ててたしなめる


「続光様御控えを」


この慌てた空気とは反比例するように総貞は己の心が温かくなっていくのを感じた


(この程度であるか・・・我が息子よりも阿呆じゃの・・・敵意を全く隠せていない)


それにその者が発する気のようなもので彼が武辺者でないことも分かる


(勇なく、知なく、恐るるに足らず・・・じゃな)


ここで総貞が安心して喋り出す。


「いやいやワシはまだ入道には早かろうて、わはっはっはっは」




この後も続光は散々な態度をみせ、代替わりの祝賀に来た使者を唖然とさせた、それは祝賀の最後まで続き、史上稀にみる代替わりの祝賀の大失敗となった。



「終わりじゃ・・・遊佐は終わりじゃ・・・遊佐は侮られる・・・」



早雲はこの世の終わりと言わんばかりに最早使者のいなくなった誰もいない広間で一人で酒をあびるように飲み続けていた。そこへ続光が現れた。

酔っ払った早雲は咄嗟に太刀を抜き続光の首に押し当てた。



「そなた遊佐家を潰すつもりかあああああああああ!!!!」


続光は笑って答える


「何をおっしゃる、温井をやがて成敗するためにああしたのでござる」


「何??」

「あれによって温井はこの続光を侮り申す」

「じゃからそれはゆゆしき事態であろう」

「某を侮ればその分某に対する警戒心も薄くなるに相違なく、仕掛けてくる策も浅はかになりましょう」

「しかし、その為に数少ない遊佐縁故の者まで温井派にまわる恐れがあるであろう!」

「もちろん、それは覚悟の上!!“温井の油断”と“遊佐縁故の者の離反”を秤にかけ申した!某の中では“温井の油断”を誘う方が得策と読み申した」

「・・・」

「それほど今の総貞は強敵にござる、今いくら味方を多くしようとも総貞の策により簡単に崩されてしまいます。それに彼奴の深読みしなければ避けられぬ策であるならば某は避けようがありませんが、侮った策であれば某にも避けられまする」

「・・・」


「万事某におまかせを」


早雲は息子の話を聞きながら「危うい」と感じる一方感心もしていた、そして自分の息子には自分には無い「ある才」があることを実感した。


(ワシは遊佐を安定に導こうとするあまり安全な策をとりすぎてたやもしれん・・・あやつの考えだす策は破滅と表裏一体の策じゃが、あやつは破滅を怯えておらん、温井を滅ぼす為には自分の肉を捧げる捨て身の策が必要やもしれん・・・ワシにはできんことじゃ・・・)



また早雲は酒を飲みだすと一言つぶやいた


「よくよく考えると“死に体”とは・・・あんがい古典的な手口じゃな」


そこには先ほどまでの絶望した早雲はいなかった。遊佐家は時代に合った当主をようやく得たのであった。

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