どーでもいい知識その⑧ 21世紀の大衆は人を信じる心を失っている
「クラークさん、オキシジェンデストロイヤー作れるかなあ」
真剣な表情でざれ言を吐くと、ハイネは最後に残ったパスタを口に押し込む。
「姫君、お弁当付いちゃってます」
子供っぽい拭き残しを見付けた改は、ハイネの顔に手を伸ばしていく。
彼女の頬からピーマンの切れ端を引き取り、そのまま自分の口に運ぶ。
イィィヤァァァ!
前触れもなく鼓膜を突き刺す高音が鳴り響き、窓もろともハイネの背中を震わせる。火災報知器? いや、学食中の女子がゴスペル歌手のように口を開いている。学園のアイドルとしたことが、一人の女子を特別扱いしすぎたらしい。
三年二組の
昼下がりの平和な学食は、
衛生兵を呼ぶ怒号が、ノルマンディー上陸作戦のように飛び交う。スプーンを
倒れる誰かがぶつかったのか、派手に揺れたテーブルからお冷やが転げ落ちる。
野戦病院を彷彿とさせる喧騒に、ガッシャーン! とグラスの割れる音が混ざる。瞬間、保健室からとんぼ返りしてきた保健委員が、ハイネの背後に担架を置いた。
ナポリタンの残り香を立ち
ガラガラヘビに睨まれたような寒気が全身の毛穴を開かせ、改の頭の中に「着信アリ」のあの着メロが鳴り響く。幾度となく
こともあろうに背中を取られてしまったハイネは、床にドロップキックを食らわせる。一刻も早く死の射程から逃れんと、ロイター板のような音を轟かせながら立ち上がる。
遅い。
「……いちゃいちゃしてんじゃねぇぞ♪」
百合っぽく耳打ちし、
「……気持ち悪ぃ♪」
風紀を乱す行為への制裁を終えた途端、ミケランジェロさんは脇腹を押さえながら
お得意のラリアットをかまさなかったのも、激しい動きで胃液が
「ほら、保健室に戻りましょう」
太ももの青アザをさすったハイネは、ぐったりしたミケランジェロさんに肩を貸してやる。
「……そしてそのまま永遠に戻って来ないで下さい」
ボソッと呟くと、ハイネはポケットからハンカチを出し、ミケランジェロさんの口に
「ミケランジェロ
力なく中指を立てたミケランジェロさんが、のそのそと退場していく。床を研磨するように足を引きずる姿は、激戦を終えたレスラーに他ならない。
「青白い顔で気持ち悪そうに口を押さえる」彼女を見た学食の人々は、水が高い場所から低い場所へ流れるがごとく、改に目を向けた。そう、「
改の想像以上に、二一世紀の大衆は人を信じる心を失ってしまっていたのか。
「……いつかはやらかすと思ってた」
「……お祝いは
――と、厨房のおばちゃんまでもがひそひそ話を始める。
おい、定食用のサンマが焦げてるぞ。
「誤解だよ? 俺、確かめちゃうからね、基礎体温とか」
いわれのない疑いを掛けられた改は、席を立ち、声高に冤罪を訴える。
――が、避妊……ゴホン、否認するだけ推定無罪をガン無視した視線が増えていく。
つくづくヒーローって孤独だ。何か換気扇の音が、サイボーグ009の主題歌「誰がために」に聞こえてきた。
「梅宮ぁ! てんめぇ、なんてことしやがる! 俺の勤務査定が……じゃねぇ、さっさと職員室に来い!」
それまでのほほんと「第三の男」を垂れ流していたスピーカーから、担任の雷が落ちる。噂って本当に足が速い。何たって音速だもの。大気中で時速一二二五㌔だもの。
公平な目を忘れてはならない教師ですら、誤解されがちな優等生を腐ったミカン扱い――改の心が海のように広くなければ、「
このまま悪意と偏見に満ちた国を捨て、ジャマイカ辺りに旅立ってしまおうか?
成田or職員室――。
二秒熟考すると、改は渋々現実に足を向けた。
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