どーでもいい知識その④ カツオノエボシは一体の生物ではない

「見た目がユーモラスなデバさんは、おおらかな印象を抱かれがちです。でも本当はすっごくデリケートな生き物なんです。棲息地と環境の違う日本では、ちょっとした変化で病気になってしまう。特に静かな地中で暮らしてる分、音や振動には敏感です」

 激しい揺れは、デバに落盤を連想させると言う。トンネルの崩落――地中で一生過ごすデバにとっては、世界の終わりに等しい。

「パニックに陥った群れは、殺し合いを始めてしまいます。女王なんか、せっかく産んだ赤ちゃんを食べちゃうんです」


 ユーモラス? 優しい? 人間の願望に過ぎない。

 大自然に淘汰されなかった生物は、何かしら厳しい側面を持っている。シーワールドのアイドルがペンギンさんを襲うのは、有名な話だ。野生のチンパンジーなど、同族の赤ん坊を殺し、喰ってしまう。


「能動的に人間を襲う理由も思い付かない。デバさんの主食は植物の根です。飼育下では果物やオートミールを与えられてます。日本は緑の多い土地で、生ゴミが山盛りの集積場も無数にある。エサの乏しい乾燥地帯で上手にやりくりしてるデバさんたちが、人間を捕食するほど困窮こんきゅうするとは思えない」

 理論的に語っていた姿から一転、ハイネはフォークを槍の代わりにし、空中を突く。

「デバさんにも一応『兵隊』って階級があるんですけど、彼等の主な任務は『食べられる』ことです。天敵のヘビさんが巣に侵入してきた時には、率先して餌食になって、女王が犠牲になる前に侵入者の食欲を満たします」

「生け贄を出してお帰り願う、ですか。まさに八岐大蛇やまたのおろちだったり」


「兵隊さんたちは有事以外ロクに働きもしねぇで、食っちゃ寝してます。出来るだけ太って、おいしそうに見せてるのかも知れません」

「働かない」と言い放つ時だけ、ハイネの鼻息がカスリーン台風っぽかったのは、改の気のせいだろうか。いや彼女の兄クリスチャンは、夢も希望も職もない御仁ごじんだったと聞く。ローゼンクロイツ家の食卓は、妹さんの新聞配達やブロッケン饅頭作りに支えられていたそうだ。「扶養家族ふようかぞく」の四文字に、包丁を持たせたくない目を垣間見せるのも致し方ない。


「この出っ歯って飾りなんですか?」

「いえ、トンネルを掘る役目があります。乾燥した土を掘削くっさくするほどですから、威力もパねぇです。仲間を噛み殺すことはおろか、人間の指さえ突き破れちゃうとか」

 改は意識を視界に向ける目を閉じ、ホッチキスまがいの出っ歯が指に刺さった場面を想像してみる。その瞬間、手から頭の芯へ鋭い電流が走り、反射的に肩が跳ねた。


「デバさんと改さんのやっつけたハゲモグラさんには、決定的な違いがあるんです」

 デバに加えてハゲモグラを端末に表示すると、ハイネは交互に彼等の下半身を指した。

「ハゲモグラさんの下半身は、デバさんよりトビネズミ科に近いです」

「とびねずみ?」

 またぞろ一生呼ばなそうな名が、改の滑舌を怪しくする。

「北アフリカから中央アジアの砂漠、乾燥地帯に棲息する齧歯類げっしるいです」

 概略を口にしたハイネは、ハゲとデバの間に新しいウィンドウを割り込ませ、拡大する。

 改の目に入ったのは、ヒヨコの胴体にネズミの頭を付け、ウサギの耳を生やしたような生物だった。身体より長い尾は、ヘビの子供とでも形容したところか。

「ファンシーなキマイラ」と言った外観だけでも奇怪だが、それ以上に目を引くのが後ろあしだ。小鳥のような細長さと言い、露骨に逆関節な膝と言い、パーツだけ見せられたら絶対にネズミとは思わない。


「頭から胴までが九㌢前後。尾はそれより長いのが普通ですね。見ての通り発達した後肢こうしで、ぴょんぴょん飛び跳ねるのが特徴です」

 注意深く観察し直してみると、トビもハゲも膝の関節自体は人間と同じ方向に曲がっている。ただ足首からつま先までが、スキー板のように恐ろしく長い。その長い「足の甲」が陸上競技用の義足に似た「<」で、関節の向きが逆のように錯覚させているのだ。


「上下で別の生き物ですか。ゲルショッカーの臭いがプンプンしちゃいますね」

 合体して餓鬼になる時点で、野生の生物かは疑わしかった。ただ群れで一体の生物を作ったからと言って、自然の枠組みを外れているとは言い切れない。

 例えばクダクラゲ目に分類されるクラゲは、ヒドロちゅうと言う刺胞動物しほうどうぶつ――イソギンチャクやサンゴの仲間の集合体だ。一体に見えるカツオノエボシも、実は餓鬼と同様の理屈で形作られている。


「本部のデータベースを検索してみましたが、ハゲモグラさんに該当する生物は、古今地球上に存在しません。あれは〈詐術さじゅつ〉の影響で変形したネズミです」

 窓の外へ目を移したハイネは、表情を険しくし、地平線の先まで続くビル群を指す。

「都会には大量のドブネズミ、クマネズミが潜んでます。ビルや下水道から総動員したなら、視界を埋め尽くす数が集まってもおかしくない」

「言われてみれば、長い尻尾も鋭い前歯もネズミそのものだったり。灰色の外套がいとうもビビビっぽかったし。CVも大塚おおつかパパだった気がしちゃいます」


「ワシ」なら鋭い爪、空を飛ぶ、納谷なや悟朗ごろうさんと言った具合に、万物は名前に付随する形態、能力を持つ。

詐術さじゅつ〉の世界では、この「イメージ」のことを〈印象シニフィエ〉と呼ぶ。

 道具や無生物の場合、外観や能力を決めるのは製作者や自然現象だ。

 一方、生物のそれは〈たましい〉に書き込まれた〈印象シニフィエ〉に準じている。決定権を持つのはカミサマこと〈黄金律おうごんりつ〉で、対象の〈印象シニフィエ〉を読み取り、最適な形を弾き出している。

 人間が頭に胴体、手足を持つのも、〈印象シニフィエ〉に「五体」と言う内容が含まれているためだ。役割に則した表現をするなら、〈印象シニフィエ〉とは「生命の設計図」であると言える。


「生命の設計図」なんて大袈裟な形容詞を聞くと、ヒトには手の出せない領域のように思える。

 ――が、現実は違う。

詐術さじゅつ〉には生来の〈印象シニフィエ〉に、別のそれを書き加える技術が存在する。

 早い話が、「設計図の改竄かいざん」だ。

 改竄かいざんされた設計図を読み取った〈黄金律おうごんりつ〉は、元々の姿と後天的な〈印象シニフィエ〉が融合した形に、生物を作り替えてしまう。例えばヒトにセミの〈印象シニフィエ〉を書き込めば、ガラモンを操る宇宙人が出来上がるはずだ。ハイネたちの世界にはイッカクの〈印象シニフィエ〉と白馬で作ったユニコーンや、イヌとプラナリアで作ったケルベロスなどがわんさかいるらしい。


印象シニフィエ〉に手を加えたのなら、ネズミがハゲて美脚になることも充分あり得る。

 動物だからと言って、〈詐術さじゅつ〉を使えない道理はない。

 全ての生物は、魔法の燃料となる〈発言力はつげんりょく〉を放っている。そして、自然界で〈詐術さじゅつ〉を使えないのは人間だけだ。他の生物は先天的に〈黄金律おうごんりつ〉を知覚する能力を持っている。ただ、嘘を組むだけの知能がない。

 地球温暖化とかが原因でアルジャーノン的変異が起きたとすれば、ネズミがハリー・ポッターし始めてもおかしくはない。とは言え、そこまでウルトラCもとい「ウルトラQ」な発想を持ち込まなくても、改には自然な説明が思い付く。〈詐術さじゅつ〉を使えるだけの知恵を持つ誰かが、彼等を猛獣に作り替えたのだ。


「ハゲモグラさんたちは、女王陛下につかえるナイトだったりしちゃうのか」

 誰かが操っているとすれば、不幸中の幸いだ。命令を下している何者かを倒すだけで、恐らく収拾が付く。これがもし本能のまま無秩序に動くただの動物で、際限なく湧き出るほどの数が存在していたとしたら、東京を焼き払う以外に安全を約束する道はなかった。

 他方、それはそれで新たな謎を呼ぶ。

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