第二話『コリカンチャとカト●チャはインカに違うのか』
第六章『管理の裏側』
①彼等について
週明けの四時間目は、
適温のエアコンとぽかぽかの日差しが共謀し、アルファ波を誘引する。週末の疲れを引きずったクラスメイトたちは、ほぼ壊滅状態。誰も彼も机や腕を枕にし、夢の世界に渡航している。
学食からゆらゆら漂ってくるのは、スパイシーなターメリックの香り。
耳を澄ませば、
同じ本能である食欲に触発されたのか、風船ガムのようにアクビが膨らみ、小春の顎を
小春は週末をネットに費やし、梅宮改たちに付いて調べてみた。
グーグル先生が教示したのは、「ムー」や
髑髏の仮面を
知名度にもたまげたが、もっと意外だったのが古さだ。
彼等の起源を辿ると、安土桃山時代の文献に行き当たる。何でも白黒の
動画サイトを調べてみると、映像も見付かった。
本物を見た小春から言わせてもらえば、九九㌫の動画が作り物だ。
右も左も前も後ろも
残る一㌫の動画は、小春がフライデーした写メと同じだ。濃霧を挟んだようにピンボケし、腕が空から頭が股間から生えている。
記憶を消す技術を持っているほどだ。映像に残されない手立てがあっても不自然ではない。と言うか、一億総カメラマンなこのご時世、対策を講じなければYouTubeがバンダイ色に染まってしまう。
彼等を専門に扱うサイトは、関与が疑われる事件にも言及していた。
こんなものまで……と小春を驚かせたのが、五年前、首都高で起きた事故だ。
校外学習帰りのバスが防音壁に衝突、炎上したこの事故は、被害の大きさ、悲惨さから一週間近く新聞の一面を飾った。犠牲になったのは高校生三二名、引率の教師二名、運転手とバスガイドで、生存者の内一人も不慮の事故で亡くなっている。
猛火に
この事故には謎が多い。
特に世間の首を
車体が炎上したと言っても、出火元はバスの後方で、前方の出入り口が炎に包まれるまでには何分か余裕があった。全員は無理でも、出入り口に近い何人かは悠々逃げられたはずだ。バスの窓には非常用の出口もある。
だがこの不幸中の幸いと言える好条件の中、脱出に成功したのはたった二人だけ。しかも犠牲者たちの遺体は、火元の後方に集中していた。
事故当時、首都高は渋滞一歩手前の状態で、バスは二〇㌔近くまでスピードを落としていた。防音壁に激突した衝撃で、一人残らず身動きが取れなくなったとは考えにくい。第一、事故直後に重傷を負っていたら、車体後方に移動出来ないはずだ。
この奇妙な事故の真相を暴こうと、民放各局は連日探偵ごっこに興じていた。
「出入り口からライオンでも乗って来たんじゃないの」と不謹慎な冗談を言い、ワイドショーを降板に追い込まれたのは元お笑い芸人のコメンテーターだったか。世間は非難したこの推理、小春には平謝りするコメンテーターがベイカー街の有名人に見えた。
前から猛獣が迫っていたなら、燃え盛る後方に逃げてもおかしくない。下手に目立ったら飛び掛かられるかも知れない以上、目の前が非常口でも簡単には動けなかったはずだ。
四〇人近い犠牲者と言えば、被害の規模は自然災害に比肩する。
超自然的な存在が裏で糸を引いていた?
金曜日の小春が木曜までのように
そう、奴はお寺を倒壊させ、釣り鐘を砕いたのだ――。
念を押すように自分へ言い聞かせると、小春は目線を廊下側に流し、梅宮改を盗み見た。
同じ教室、
同じ型の椅子に座り、
同じ黒板を見る中に、
怪人と戦う人間がいる――。
掴みようのない気分だ。
墓石を砕く金串を思い返すと、今更ながら身震いが走る。反面、噂の的と同じ空気を吸っていると考えると、単純な小春はアイドルと一緒のクラスになったような優越感を覚えてしまう。
正直に告白しよう。
八ヶ月の間に見慣れて、流し見するだけになっていた教室が、今日はやけに色鮮やかだ。
目を
劇的な変化の理由を調査すべく、小春は金曜までと今日の教室、記憶と目の前の景色を重ね、間違い探しをしてみる。
変わっているのは、チョークの位置くらい。
ミケランジェロさんの席に空気が座っているのも、普段通りだ。今日もまたホームルームが終わった途端、肝臓を押さえながら保健室に帰ってしまった。
やっぱああいう顔の女の子は病弱なんだなあ……。
生温かい眼差しに代弁させながら、野郎どもは生気のない顔を見送った。
先週までの自分と言い、なぜあのガード下の臭いに気付かないのか。土気色の顔なんて、新歓コンパ明けの大学生そのものではないか。
完成された造型が夜の臭いを感じられなくしていると言うなら、彼女の容姿が持つステルス性は透明人間級だ。でなければ、多少と言うには致命的な不具合を隠蔽しきれない。
深く顎を沈め、自らの説にお墨付きを与えた小春は、もの悲しく赤鉛筆の残った机から視線を離陸させる。続いてゴミ箱から背後のロッカーまで確認すると、小春は手元に目を戻した。
予想通り、教室の様子は先週までと変わらない。
となれば、世界が色鮮やかに見える原因は、小春自身にあるとしか考えられない。
目を覚ませ……!
小春は厳しい口調で自分を戒め、定規で手の平を叩く。
自分は秘密を聞いただけ。〈
お前は噂の的ではない。
これからも当事者にはなり得ない。
胸を躍らせる理由がどこにある?
子供っぽく浮ついた自分に冷や水を浴びせると、小春は再び梅宮改を眺めた。
土曜、日曜と充分過ぎるシンキングタイムを経て、小春の疑問は一層強くなった。
〈
だがなぜ血生臭い戦いに身を投じているのかは、謎のままだ。
小春の知る奴は、率先して世界の平和を守るタイプではない。破格の賃金に魅力を感じている? いや、責任や認知とは無縁の男だ。報酬だけが目的なら、お得意の
殺しに快楽を抱く人種とも思えない。奴の
他に男子が身を
しかし、あの梅宮改に命を懸けてもいいと思わせる♀が実在するとすれば、外出しただけで街が騒ぎになる器量のはずだ。
片故辺の女神ミケランジェロさんでさえ、大通りの視線を独占する程度。彼女よりもカミサマに
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