どーでもいい知識その④ アンボイナの異名は「ハブガイ」
「まずはジャマーダ」
気取った口調で宣告すると、〈ダイホーン〉は墓石越しに餓鬼を見定め、引き金を引く。
びゃっくしょん!
やかましく
一応、銃声だ。
銃口から外気との寒暖差によって白く染まった鼻息が伸び、人間では抑えきれないだろう反動が骨格をがたがた揺さ振る。
進路上の墓石を発泡スチロールのように砕き、砕き、砕きまくり、空中を疾駆する青い残像。銃口から一直線に伸びていった弾道が、餓鬼と交錯した瞬間、
尚も直進を続けた残像は、餓鬼が背にしていた墓石に突っ込み、クレーター状の亀裂を走らせた。深々と
青く輝くエネルギー流動路〈フリッケライン〉は、〈ダイホーン〉にも備わっている。
身体の隅々にまで
「相変わらずトンデモねぇ威力だったり」
粉々の墓石を前に思わず呟くと、〈ダイホーン〉は右腕をまじまじと眺めた。
薄く湯気を棚引かせるそれは、水牛の頭骨を
人間の銃は、弾丸を発射するのに火薬を使う。爆発の風圧で弾丸を吹き飛ばし、銃身と言う筒の延長上を貫くと言う仕組みは、力の強弱こそあれ吹き矢と同じだ。
対して〈ダイホーン〉の水牛は、金串を発射するのに火薬を使っていない。鼻の内側にある人工筋肉を収縮させることで、矢のように弾丸を撃ち出している。
ピーマンも楽々詰められそうな鼻の穴がしっとり濡れているのは、鼻水のせい――ではない。金串を噴き出した拍子に水牛内部の温かい空気が漏れ、冷たい外気に触れたことで結露したのだ。夏場、氷水に触れた蒸し暑い空気が、コップをびしょ濡れにしてしまうのと原理は変わらない。
金串の発射メカニズムは、タガヤサンミナシを参考に開発された。
タガヤサンミナシは
「ミナシ」の名は、「殻に隠れるとほぼ身が隠れて、ないように見えてしまう」ことに由来する。ただ、これには「身が少なく、食べる部分がないから」との説もある。
およそ五〇〇種確認されているイモガイ科の貝は、大半が夜行性で熱帯の温暖な海域に棲む。日本に棲息するのは一二〇種程度で、その内一〇〇種以上が沖縄で暮らしている。
彼等は全て肉食で、他の貝や魚を補食する。
狩りに使われるのは毒だ。
中でも紀伊半島
恐るべき本性とは裏腹に、赤褐色の殻は色鮮やかで、霧のように儚く白みがかっている。見た目の美しさに惹かれ、手に取ってしまうダイバーも少なくない。また、形の似たマガキガイと勘違いして採取してしまうケースもあると言う。
マガキガイは
アンボイナが持つのは、コノトキシンと言う
文字通り、
その危険性から、沖縄では彼等を「ハブガイ」の異名で呼ぶ。だが実のところ、致死量の多い少ないだけで言うなら、ハブはおろかキングコブラよりもアンボイナのほうが危険だ。
彼等の毒は、五、六時間でピークを迎える。一見すると充分な猶予があるように思えるが、彼等の棲息地は海だ。四肢に痺れが生じた時点で、ゴムゴムの実を食った状態になってしまう。麻痺は唇や舌にも及ぶため、助けを呼べずに溺死してしまうケースも少なくない。
このことから、沖縄では「ハブガイ」の他に「ハマナカー」の俗称でアンボイナを呼ぶ。「被害に遭うと、岸に辿り着くどころか『浜の中程』で死んでしまう」と言う意味だ。
コノトキシンには血清がない。万が一、毒を受けた場合は、溺れないように一刻も早く海から上がる。応急処置としては、毒を吸い出しておくといいそうだ。
後は人工呼吸器で呼吸を維持し続け、毒が自然に抜けるのを待つしかない。一二時間も経過すれば、命の危機はなくなる。適切な処置を行えば、後遺症も残らない。
ヘビは噛み、ハチは刺すと言った具合に、毒を持つ生物には幾つか手口がある。
アンボイナの凶器は「銛」だ。
普段、殻の中に蓄えられているそれは、穂先の
彼等はエサとなる魚に狙いを定めると、
銛には「返し」が付いていて、獲物が暴れても簡単には抜けない。毒で麻痺した魚は紐に
タガヤサンミナシもアンボイナと同じように、猛毒の銛で獲物を仕留める。ただし、彼等の銛には紐が付いていない。つまり、矢だ。
この矢は連射可能で、一二発続けて放った記録も残っている。
アンボイナとタガヤサンミナシの違いは、食性に起因すると考えられる。
アンボイナの獲物である魚は素早い。きちんと「手綱」を付けておかないと、毒が回る前に遠くへ逃げられるおそれがある。
一方、タガヤサンミナシは他の貝を食べる。基本的に貝はのろまだ。放っておいても、息絶えるまでに進める距離は限られている。
ちぃちぃ……。
健気に声を合わせながら、墓場の外にある本堂に大量のハゲモグラが群がる。点々と肉片のこびり付いた瓦屋根には、先ほど吹っ飛ばした餓鬼の上半身が転がっていた。
目的地に到着した大群は、押し合いへし合い餓鬼の傷口に潜り込んでいく。個々の姿を判別するのが難しいほど密集した集団は、少しずつ餓鬼の下半身を形作っていった。
「やっぱ、上半身と下半身を生き別れにした程度じゃ修理されちゃうか」
二本足で立つ餓鬼を目の当たりにした〈ダイホーン〉は、右腕の水牛に手を伸ばした。
取っ手の役目を持つ鼻輪を掴み、レバーのように引き上げる。水牛の口が
〝
〈ダイホーン〉は右腿から
刀身が丸まる呑まれ、円筒形の柄だけが口の外にはみ出た瞬間、今の今までお通夜状態だった電子音声が、レニーさんばりに巻き舌する。
〝
突剣が認識されたことを知った〈ダイホーン〉は、顔の横に水牛を構え、その下顎をカスタネットのように叩いた。
カン! と水牛が突剣を噛み、モニターのクワガタさんが魔法少女の変身バンクっぽく回り出す。やがて威勢のいい電子音声が響くと、橙のエプロンに衣装チェンジした魔法少女が、お肉満載のザルを振った。
〝
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