どーでもいい知識その② チーン! って鳴る奴の名前は「鈴」

 ちぃ! ちぃ!

 手を打てず、成り行きを見守る改を尻目に、ハゲモグラの大群が餓鬼をかぶった墓石に駆け上がる。

 せんべい布団っぽく潰れた餓鬼に、続々とハゲモグラが潜り込んでいく。中綿を詰められた餓鬼が元の厚みまで膨らむと、面積を広げた影が足下の墓石を塗り潰した。


 とぉ……。

 気怠げに起きた餓鬼は、ぶるぶると全身を揺すり、肉体を構成するのに余分なハゲモグラを振るい落としていく。逆三角形の細長い頭が左右する度、外套がいとうのフードから漏れ出た眼光が、テールランプのように「尾」を引いた。真っ赤な軌跡が増えるにつれて、餓鬼の体表から裂傷れっしょうやすり傷が消えていく。


 何もかも、改の予想通りだ。

 餓鬼は一匹の生物ではない。

 真実の姿はハゲモグラの集合体。

 端的に言うなら、「歩くジグソーパズル」だ。

 分裂と合体は自由と見ていい。それなら、ほぼ密室のトイレに忽然と現れたことにも説明が付く。換気扇の隙間やドア下の空間程度でも、小柄なハゲモグラなら入口になる。配管もいい通路になったことだろう。


「たかが」小便器を叩き付けられただけで、プレスされてしまうのも当然だ。

 餓鬼には骨格がない。いや、「ピース」のハゲモグラに骨があるのを考慮するなら、「軟骨入りのつみれ」とでも形容すべきか。頑強な骨組みで肉体を支えていない分、攻撃を受けると簡単に原形を失ってしまう。

 改は驚くよりむしろ感心してしまう。人型のつみれでは、自立するのも一苦労のはずだ。詰め物になったハゲモグラが密集し、芯の役目を果たしているのだろうか。


 真実はどうあれ、部分的な破壊が無意味なのは確かだ。

 頭を砕いたところで、その部分のハゲモグラを殺したに過ぎない。

 餓鬼は問題なく動き続ける。

 では四肢をもぎ取り、物理的に動きを封じる?

 十中八九、周囲の大群から補修用のピースが送られてくるだろう。

 修理する間も与えずに、全身のハゲモグラを殺す――それしかない。

 可能なら大群も殲滅しておきたいところだ。放置しておけば二体目、三体目と際限なく餓鬼を組み立てられる。


「いいよ。そっちがズルするなら、改ちゃんも大嘘に頼っちゃう」

 スネた感じで宣言した改は、ポケットからリモコン大の卒塔婆そとばを引っこ抜く。安っぽく光る表面が月光を反射すると、夏の大三角形を形作ること座の一等星、ベガを思わせる青い輝きが冬の空にまたたいた。


卒塔婆そとば」とは言っても、周辺のお友達と一緒なのはネクタイ似の形だけ。色は群青ぐんじょう、質感はプラスチックだ。

 挙げ句、肝心かなめ梵字ぼんじが記されているはずの表面には、趣味の悪いトーテムポール。髑髏、トマト、紅生姜べにしょうが、しらたき、ナスの順に並んだレリーフが、BBQバーベキューっぽく金串に貫かれている。


 後生大事にガラクタを握り締めるみっともなさを噛み殺しながら、改は卒塔婆そとばの先端を首に向ける。喉を掻き切るように卒塔婆そとばで横線を引くと、背面に内蔵されたスピーカー〈オカルトーン〉が季節外れの盆踊りを奏で始めた。


墓怨ボーン墓怨ボーン恨墓怨ウラボーン


 死者を慰めるメロディに追従し、スピーカーから発せられた電子音声が「読経どきょう」する。呼応して首に引いた横線から青い光がしたたり、血のように凝固を始めた。

 またたく間に巨大なかさぶたと化した光から、パラパラと青い結晶が剥がれ落ちていく。一つ残らず欠片がげると、人骨を組み合わせたような首輪〈ソーサイジョー〉が姿を現した。

 緩く締め上げられた改の喉に、そこはかとない息苦しさが滲む。冷たく乾いた感触を押し当てられた延髄は、いつの間にか鳥肌に埋め立てられていた。


 フッ! と改はヘソの前から卒塔婆そとばを跳ね上げ、下から首輪に差し込む。

 卒塔婆そとばの引いた青い軌跡と、首輪に残っていた僅かな光――。

 縦と横の線が改の喉元で交差し、ほんの一瞬、十字架を描く。

 チーン!

 卒塔婆そとばからおごそかに響いたのは、お葬式でよく聞くあの音色。

 りんと呼ばれる金属製のお碗を、鈴棒りんぼうで叩く音だ。


 うってつけの効果音に触発されたのか、卒塔婆そとばの目盛りに取り付けられた鈴棒りんぼうが、「P」と書かれた位置から「E」の位置へ一段上がる。同時に首輪が両手の骨を模したロック〈オクリピット〉を閉ざし、卒塔婆そとばを胸元に固定した。

 今の改を遠くから眺めたら、多くの人は骸骨に首を絞められているように錯覚するだろう。鎖骨の間を通るように胸へ垂れた卒塔婆そとばは、位置的にも形的にも悪趣味なネクタイ。鈴棒りんぼうこと〈ブッシャリンボー〉は、「タイピン」とでも言ったところか。


怨罵阿明愚エンバーミング 守他津愚美射獲スタッグビートル

 読経どきょうを合図に、カの針を参考に開発された無痛端子が頸椎に突き刺さる。首輪に改の〈発言力はつげんりょく〉が流れ込むと、延髄から突き出た走馬燈〈スーツリアクター〉が青い輝きを放ち始めた。

 首輪から卒塔婆そとばの溝彫りに渡った光が、青い霜降り模様を浮き上がらせていく。

 盆踊りと入れ替わりに、ポクポクポク……と響き始める木魚。

 さあ、残るは例のポーズだけだ。


「いい歳してハズいったらありゃしない」

 たまらずボヤくと、改は両手を開き、左右の腰の脇に構えた。続いて両腕を「前へならえ」のように正面へ突き出し、胸の中央で交差させる。


 小三でヒーローごっこを卒業したはずが、この醜態……。


 ファンの女子が目撃したら、不憫ふびんな姿を見ていられずに舌を噛んでしまうだろう。改自身、墓穴に移住してしまいたい。


 変身ポーズを取ると、性能が上がるんです!

 姫君は熱弁していたが、本当だろうか。

 何しろ発言者は、ベルト欲しさにヨドバシカメラの店先で野営する人だ。どうにも個人的趣味で、ニチアサ的なポーズを取らせている気がしてならない。


 耐えろ、もう少しで生き恥タイムは終了だ……。

 自分をなだめると、改は屈辱をバネに両手を硬く握り締め、胸の前から右脇腹へと滑らせた。ふぅ……と神妙に息を吐きながら、右脇腹の両手を左脇腹へと、切腹の要領でスライドさせていく。

「……〈返信へんしん〉」

 厳粛に宣言すると、改はマントをひるがえすつもりで、派手に豪快に右腕を振り上げた。間髪入れず左腕を胸の前に運び、ウェイターがお盆を乗せる時のように肘を曲げる。


離墓怨リボーン 大角ダイホーン

 読経どきょうにチーン! が重なり、卒塔婆そとばのタイピンが「E」の目盛りから「R」に一段上がる。すすり泣きに似た駆動音と共に、延髄の走馬燈が回転を開始し、猛牛のごとく突進するクワガタを照らしだした。


松屋まつや 吉野屋よしのや 鋤屋すきや 洋燈亭らんぷてい

 タン・タン・牛タン。

 読経どきょうを伴奏しているつもりか、卒塔婆そとばのスピーカーから装着メロディ、略して「着メロ」のカスタネットが鳴り渡る。情熱的かつ軽妙な音色はフラメンコの手拍子、それも高く響く「セコ」にそっくりだ。


 アンコールを要求するようなリズムに招かれたのだろうか。

 卒塔婆そとばの溝彫りが不気味にまたたき、改の足下から一組の腕が生える。

 毛。

 肉。

 皮。

 何もない。

 骨の腕だ。

 風にあおられた指が、おいでおいでと地獄へ手招きするように揺れている。


 最初の一組を追い、骨の腕がい、い、い茂り、改の足下に骨の藪を作る。我先に地面へ手を付いた彼等は、腕立て伏せのように肘を伸ばし、ぐいっ! と自らを跳ね上げた。

 改の足下から骸骨の群れが溢れ、溢れ、溢れ出す。

 長い間、野晒のざらしにされていたのだろう。

 彼等は全身ヒビだらけで、薄汚く黄ばんでいる。地面から飛び出す度に、埃っぽく骨粉こっぷんが舞い上がり、改の目や喉に乾いた痛みをもたらした。


 けたけたけた……と関節がバカになった顎を、剥がれた靴底のようにパカパカさせながら、大量の骸骨が改の身体をよじ登っていく。

 すみやかに改の全身を包んだ彼等は、更にチャカチャカとせわしなく蠢きながら、格子状に絡み合う。世にもおぞましい組体操の果てに打ち建てられたのは、骨で出来たサナギだった。

 表面は黄ばんだ白色で、全長はポスト以上もあるが、ふくよかな三日月型はチョウのそれと全く同じ。中身の改を覗けるような隙間もない。


 ほくそ笑む髑髏が改の視界を覆った瞬間、一瞬目の前にノイズが走り、正対する景色がハゲモグラの大群に戻る。

 本体に先んじて実体化したコンタクトレンズ型モニターが、サナギがなければ見えるはずの光景を、改の「目の前」に表示したのだ。

 映像の正体は周辺の監視カメラや、低軌道上の人工衛星で捉えた画像を合成したもので、目をらしてみるとCGのような違和感がある。

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