第10話
どうやら、いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。
ふと気が付けば、窓の向こうが暗かった。
――開人がここに居た時は、まだ明るかったのに。
あのとき手渡された体温計は、腋から取り出してみると三七度九分を示していた。
それで念のためにと飲まされた解熱剤のせいだろうか、思いのほか深く眠りこんでしまったのは。
だって、こんな近くに真奈が居ることにも気付かなかった―――。
床にしゃがみ込んで俺の枕元のシーツに突っ伏していた真奈は、その姿勢のまま微動だにせず、まるで眠っているようにも思えた。
でも、聞こえてくるのは規則正しい寝息じゃない。
シンとした部屋の空気の中で不規則に響いてくるのは、鼻を啜り上げているような音。
「…縁起でもねぇ」
思わずボソッと呟いていた俺の声で、弾かれたように真奈が顔を上げる。
案の定、その顔はグチャグチャだった。
頬っぺたは腫らしてるし、瞼も重くなってるし、目は赤いし、鼻の頭も赤いし、おまけに、かなり長いこと突っ伏していたのかデコまでも真っ赤だ。シーツのシワのあとまでもがクッキリと付いている。
「人の枕元でメソメソ泣いてんなよ。まるで俺が死んだみてえだろーが」
そこでハッと我に返ったように、真奈は自分の顔をゴシゴシとこすった。
こすってみたところで何も変わりゃしないというのに、ひとしきりそうしてから、「泣いてないもん!」と、あくまで自信タップリに言いきってみせる。
「真奈が、これまでヒロちゃんの前で泣いたことなんてあった!?」
「…………」
あるじゃねーか腐るホド。――とは、言わないでおく。言ったところで、『子供の頃はカウント外!』と言い返されるのがオチだしな。
なぜだかは知らないが、いつしか真奈は、俺の前で絶対に泣かなくなった。ウソ泣きで軽く涙を浮かべてみせることはあっても、本気の涙は流さない。
とはいっても、昔から何かとびーびー泣く泣き虫ではあったから、それがそうカンタンに改善されるはずもないだろう、と常々ニラんではいるのだが。
ただ単に、俺から隠れて泣くようになった、というだけのことではないだろうか。
だが真奈からしてみれば、俺の見ていないところで泣いたとしても俺の見てる前で泣かなければ、それはセーフであるらしい。今のように、あきらかに泣いたと判る顔から俺が『何を泣いてたんだ』と訊いても、頑ななまでに『泣いてない』と、事あるごとに言い張るのだ。
何を拘っているのかは知らないが、だから俺も、よっぽどのことでもない限り、そこにはあまり触れないようにしてきた。
――でも……今ばかりは、そうも言っていられない、か。
そして軽く息を吐き、口を開いた。
「そうやって泣くくらいなら……」
「泣いてないし!」
「だから……」
――ああもう、面倒くせえなコイツ。
すかさず捻じ込まれてきた訂正ツッコミに少しイラッとして、再び…だが今度は深々と息を吐いて、ささくれかけた気を静める。
「つまり、こうやって人の枕元に張り付いてるホド気に病むくらいなら」
そうしてから、言い方を変えて、改めて続ける。
「最初からしなきゃよかったんだよ。あんなこと」
そんな俺の言葉で、真奈が小さく息を飲んだのが分かった。
だが、それには気付かぬフリで尚も続ける。心底からウンザリしているような口ぶりで。
「つくっづく、ホント勝手なヤツだよなオマエは。自分の別れ話のために勝手に俺のこと巻き込んで利用して、なのに自分だけ罪悪感で泣いてんじゃ世話ねーよ」
嫌味のごとく、わざと“泣く”という言葉を使ってみせたのに。
だが真奈は、今度は『泣いてない』と反論してはこなかった。
その代わり俺へ、まさに睨み付けるかのような強い視線を向けてきた。
そして言う。
「――真奈は謝らないからね!」
強い語調で、きっぱりと。
「真奈は、悪いことなんてしてない!」
だが言いながら、赤い目が再びじわじわ涙で潤んでいくのが分かる。
そんな泣きだしたいのを精一杯堪えている表情で、それでもなお、キツく俺を見据えてくる。
「だって、ヒロちゃんが悪いんだもん! いつまでたってもヘタレだから! あんなに頑張ってきたのに、何もしないまま全部あきらめちゃおうとしてるから! そうやって何でもかんでも人の所為にして、いつまでも逃げようとしてるから!」
言いながら膝立ちになると真奈は、横になっている俺の胸板へと、両手の拳を振り下ろしてきた。
「真奈だって…真奈だって、ヒロちゃんが思ってるのと同じくらい、ヒロちゃんにマウンドで投げて欲しいの! 誰よりも何よりも、またマウンドで投げるヒロちゃんが見たいの!」
何度も何度も力を籠めて俺を打つその拳を、たまりかねて俺は手首を握り込んで止める。
「ヒロちゃんのためになら、真奈は何でもしてあげたいのに……! なのに、なんで……! どぉしてわかってくれないのぉっ……!」
「――わかってるよ」
自分を拘束する力を何とかして振りほどかんと暴れていた真奈の両手が、そこで止まった。
「ちゃんとわかってるから……だから落ち着けよ、真奈」
「わかって…ないぃ……!」
そうやって見上げる瞳から、ふいにボロボロッと大粒の涙が転がり落ちる。
「わかってたら、あんなヒドイこと言ったりしないぃ……!」
「ヒドイこと言ったのは謝るから。――じゃないとオマエ、あのくらい言わなきゃ、また何も言わないで一人で泣くだけ泣いて我慢するだろ?」
「え……?」
そこで、ようやく自分が涙を流していたことに気が付いたらしい。ハッとしたように俺から視線を逸らすと、顔を隠すようにして俯いて真奈は、いきなりその場で立ち上がろうとした。
そのまま立ち去りたかったのか再び手首の拘束を振り払おうとしたのを、だが俺は許さなかった。
おもむろに掴んだ手首に力を籠めて自分の方にぐいっと引っぱり寄せると、勢いで倒れ込んできた真奈の身体を掛け布団ごしに抱きしめる。
きっと……コイツは、俺が学校で失神してから、ウチに帰ってきてから開人がいる間もずっと、陰で一人で泣いていたに違いない。
じゃなければ、あんな“一晩じゅう泣き明かしてました”ってほどの腫れぼった顔になっているハズもないだろう。
そういえば真奈は、ムダに悪魔なんぞを飼い馴らしている所為で見え難いが、わりと打たれ弱い性格でもあったっけ。
小さい頃、真奈をかばったがために俺が怪我をしたりすると、コッチがウンザリするくらいびーびー泣きながら謝り倒しては、『真奈のこと嫌いにならないでー!』なんて、まさに常套句のように言ってきたものだった。
自分の所為で誰かが傷つく、ということにおいて、コイツは極端に打たれ弱い。
だから今回も、そう、なんだろう。
俺のためを思ってしたことが、でも結果的に、俺に必要以上の害を与えることになってしまった、と……もしコイツがそう考えていたとしたら、自責の念で泣きたくなっても仕方のないことかもしれない。
――結果的には、真奈がそんなふうに自分を責める必要なんて全く無かったんだけどな。
さっきザックリ真奈に斬られたけど、その言葉の通り、本当に俺は『ヘタレ』だから。
倒れたのは、決して真奈の所為なんかじゃない、あくまでも俺の弱さの所為だ。
自分の過去と向き合うこともできない、それどころか逃げ続けているだけしかできずにいた、そんな俺の弱さのツケが今日ここで一気に押し寄せてきた、ってだけのことだ。
そういうヘタレまっしぐらな俺のことをずっと傍で見てきた真奈は、どんなに歯がゆく情けなく思っていたことだろう。
それでも真奈は、何も言わず、何の助けの手を差し伸べてくれることもなく、お節介をやこうとすることもなく、励まそうとしてくれることさえなく、それまでと全く態度を変えることをしなかった。
それは、他の誰でもない俺自身が一人で何とかしなければいけないことだと分かっていたから、なのだろう。
『――誰よりも何よりも、一番おまえのことを信じて待ってる柏木のために……』
開人の言ったとおり、ずっと真奈は俺を信じてくれていたのだ。
俺が、自分の弱さを乗り越えられる強い人間だと、それを信じて。
まるで何事も無かったかのように、ずっと俺の傍にいた。
俺の傍から誰がいなくなっても、真奈だけが相変わらず、そこに居た。
そして今日、きっかけを俺にくれた。
もう一度立ち上がるために必要なチャンスをくれた。
――それを乗り越えるところでコケちまった俺のことなんざ、真奈が気に病む必要は全く無いんだよな。
「オマエが何の所為で泣こうが、別に俺は一向に構わないんだけど……」
「ヒロちゃん……?」
「でも、さすがに俺の所為で泣いてるのを放置しとくのは、寝覚めが悪い」
「…………」
「知らないところでコソコソ泣かれてるのもいい気分じゃねーしさ、だから泣きたいなら、ここで気が済むまで泣いてけばいいだろ。胸くらいは貸してやるから」
「…………」
「俺に見られたくないなら、見なかったことにしてやるし」
「…………」
俺の胸の上で顔を埋めた真奈は、途中で口を噤んだまま、しばらくぴくりとも動かずにいた。
ややあって、小さく息を吐く。
「ヒロちゃんは……そうやって何でも忘れちゃうんだから……」
やがて独り言のような言葉が聞こえてきたが、それでも顔を上げようとはしなかった。
「自分で言ったことも、真奈との約束も、何でもかんでもすぐに忘れちゃうんだから……」
「なんだよ、それ?」
「だって、そもそも真奈に『鬱陶しいから泣くな』って言ったのはヒロちゃんだよ? 『なんでもかんでも泣いて済ませようとするなんざ甘いんだよ!』って」
「は? いつの話だよそれ? どうせ幼稚園通ってたくらい大昔の……」
「最初に言われたのはそのくらいの頃かもだけど、同じこと小学生の時も中学生の時も言ってたよ何度も。そういえば最近、『そういう女ウゼエ』とまで言ったよね」
「――わりかし最近の話?」
「そういう最近の話までヒロちゃんは忘れちゃう、っていう話!」
「つか……俺に言った覚えは無いんだけど?」
「言った端からすぐ忘れてくからでしょ! そういうとこだけ、なんでニワトリ並みなのよ! 三歩歩いたくらいで忘れないでよ! 自分で言った言葉にくらい、責任持ってよ! ヘタレでニワトリで責任能力ナシって、もう救いようないよ! 終わってるよ人として!」
――それは終わってるなー確かに……うん、自分でもそう思う。
言われて初めて自覚するところからして、もうとっくに終わってるっていう証明かもしれないけれども。
「真奈は、いっつもそおゆうヒロちゃんの無責任な言葉に振り回されてばっかりで……ヒロちゃんの前では、ずっと泣くのだってガマンしてきたのに……!」
「あーそうとは知らず悪かったよ色々と……」
「なのに今さら泣いていいなんて言われても、もぉ、どうしていいかわかんないようっっ……!」
おもむろに真奈の手が俺のシャツを掴み、小さく震える肩が、その薄い背中に回した俺の腕に、それを伝えた。
顔が見えなくても分かる。
きっと今、再び泣き出してしまいそうになるのを必死になって堪えているんだろう。
「ごめん、ホント悪かった」
俺の片手が持ち上がって、自然に真奈の頭を撫でた。
「ずっと心配かけて……ずっと待たせてごめん、本当に。――あと、ありがとう」
そうしながら、囁くようにそれを告げる。真奈の耳元近くから。
「俺のこと、ずっと信じて待っててくれて……さんきゅー、な」
言った途端、がばっと真奈が顔を上げた。
ベッドの上に手を突いて身体ごと起こして、そうやって真上から俺を見下ろす。
驚いたような表情が、やおらくしゃっと歪んだ。
「真奈だって、ヒロちゃんがスンナリ投げられないのは分かってたんだけど……でも、まさか倒れちゃうだなんて、そんなこと考えてもいなかったの……!」
そう呟くように話す小さな声は、もうほとんど涙声だった。
「たとえ過呼吸の発作が出ちゃっても、それなら真奈でも何とか対処できるからって、ちょっとの間だけヒロちゃんに苦しいのガマンしてもらえれば大丈夫、って……そうやって甘く考えてて……!」
「あーでも、それは俺だって思ってもみなかったことだから仕方ない……」
「けど真奈は、昨日のヒロちゃんの怪我だって開人くんから聞いて知ってたのに……!」
そういえばさっき、開人から聞いた。
昨日、俺を助けてくれた後、帰ろうとしていたところで偶然、真奈に会った、って。
野球部のグラウンド方面から戻ってくるところを見られ、それを不思議に思われて捕まったらしい。当然のごとく何をしていたのかと問われ、ここはヘタに言い繕うよりも正直に話した方がいいと、そう開人は判断したらしい。
だから真奈は、俺がフクロにされたことを、開人が助けてくれたところまで、その日のうちに知っていた、というワケだった。
「その怪我の所為でヒロちゃんが熱出してるかもしれないなんて、真奈ちっとも考えてなかったの……!」
「だから、それこそ俺だって想定外だったんだって……」
「結局、開人くんが居てくれなきゃ、真奈ひとりじゃどうにもできなかった……その時になって初めて怖くなったの、このままヒロちゃんが死んじゃったらどうしよう、って……!」
「それこそ縁起でもねェし……!」
「でも、本気の本気で、本っ当ーに怖かったのっっ……!」
そして真奈は、再び俺の胸元に顔を埋める。
「怖かったんだから、本当に……! ヒロちゃんを失うかもしれないなんて、考えるだけでも怖いんだから本当にっっ……!」
小刻みに肩が震え始め、嗚咽が洩れる。
かすれる声が、まるで縋り付くような必死さで、その言葉を伝える。
「――お願いだから、真奈のこと嫌いにならないで……!」
ああ、本当に……この時の俺は、よっぽど熱に浮かされていたとしか思えない。
ああもカンタンに真奈にほだされてしまう、だなんて。
あろうことか、あの真奈を“可愛い”なんて、思ったりしてしまっただなんて―――。
一晩明けてみれば、熱も下がったらしく、思いのほか頭がスッキリしていた。
普段のとおり、日課のランニングメニューをこなし、シャワーを浴びて身支度を整えてから朝食をとり、家を出る。
それでも高校生の登校時間としては、まだかなり早い。
だが、朝練を控えている野球部員としては、この時間が丁度いい。
人気のない通学路を歩くのは、わりと気持ちがよくて好きだ。
余計な人間が居ない分、考え事にも没頭できる。
今日これから……朝練で星先輩と顔を合わせたら。
昨日の“賭け”のことについて、忘れないうちに念を押しておくことにしよう。
――あれは、真奈の勝ち、ってことでいいんですよね?
またイヤなカオをされるだろう。ひょっとしたら、また用具室あたりに連れ込まれてしまうハメとなるかもしれない。
――ま、それでもいいか。
何の意味にしろ、改めてウチの“エース”に宣戦布告してみる、ってーのも悪くは無い。
昨日は、キャッチャーとして開人が居てくれたから、何とか投げることが出来たけれど。
だからって、そうトントン拍子に都合よく物事が進むハズなんてない。
俺が人に向けて全力投球できないのは相変わらずだし、アタリマエのようにそうできるようになるまでには、また更に時間をかけなければならないと、充分に理解している。
だが、それでも……俺は、目を覚ましたいと思ったんだ。
何度コケてもいい、その都度、それでも立ち上がろうと決めたんだ。
俺は、ピッチャーであり続けたい。
そして、いつかまた“エース”の座に返り咲いてみせる。
自分のために。
そして、開人のために。俺を信じてくれる人たちのために。
なによりも、真奈のために―――。
そのための現エースへの宣戦布告。――それくらいのハードルは必要だよな。
『――あの柏木のことだから、ああやって俺から事情を聞き出したからには何事か事を起こすだろうと思ってはいたが……まさか昨日の今日でもう行動に出てくるとはな。しかも、あんな行き当たりばったりの直球勝負で』
それは真奈のことを話していた時の、開人の言葉。
確かに、あの真奈の性格を端的に言い表すならば〈猪突猛進〉がピッタリだろう。思い立ったら即実行、が信条であり、やるとなったら一直線、よっぽどのことでもない限り脇目だって振りやしない。
それを考えてみたら、あんなにも俺に依存しているアイツが俺以外の男を見るハズなんて、それこそよっぽどのことでもない限り、あり得るハズも無かったのだ。
ヘタレでニワトリで責任能力皆無、っつー三重苦の俺だっつーのに、よくもここまで見限られないでいたものだよな。やはり、そこに感謝の意くらいは示しておかないと。
仕方ない、熱に浮かされて血迷ったついでだ、俺も乱視人類の仲間入りでもしてやるか。
この先は真奈のことを“可愛いオンナノコ”として見てやろう。
そうすれば……少しくらい、アイツを“特別”だと、思うことも出来るだろうか。
今まで時の彼方に何気なく置いてきてしまった記憶のカケラを、少しでも取り戻すことができるだろうか―――。
『――真奈のファーストキスの相手は、ヒロちゃんなんだからねっ!』
泣きやんで真奈が、開口一番、言ったセリフがソレ。
『ヒロちゃんは忘れちゃってるかもしれないけど、昨日のお昼のアレが初めてなんじゃないよ』
不満げに唇を尖らせて続けられても、俺に覚えは一切ない。
そんな俺を見かねたか、おもむろに真奈が、フーッと深々とタメ息を吐いた。
『真奈には、すごく特別で大切な思い出なのに……ヒロちゃんは、そうじゃないんだね……』
ひどいよぅ、なんて呟くように言いながら、おもむろに両手で顔を覆う。
そんな、今にも再び泣き出してしまいそうな仕草に――今度のは正真正銘のウソ泣きだと分かってはいても――咄嗟に俺はうろたえた。…仕方ないだろ、さっきの今だし!
『いや、別に、そんな、忘れてるなんてことは決して……!』
『――ホントぉにぃ?』
うろたえたあまりに慌てて並べ立てようとした言い訳を、ふいに顔を上げて、真奈が遮る。
『じゃあ、憶えてるけどキスにはカウントしてなかった、ってことぉ?』
『え? ああ、うん……まあ、そんなとこ?』
『なあんだ、そうだったんだぁ~♪』
そして、やおら浮かべるニッコリ笑顔。
それを目の当たりにした途端、俺の背筋をゾッと寒気が走り抜ける。
――こ…これは、もしや……?
『よかったあ、やっぱりヒロちゃん、ちゃんと憶えててくれてたんだね~、嬉しいなぁ~♪』
心なしか、笑顔のキラキラ度合いが増しているような気さえする。
『野笛ちゃんから聞いた時はまさかって思ったけど、だって真奈、ヒロちゃんのこと信じてたからぁ~』
――オマエ、本当のとこコレッポッチも信じちゃいなかっただろ俺のこと……?
だってその言い草は、あからさまに丸っとイヤミ全開だよな?
こんなフルスロットルで悪魔発動中の相手に、ここで正直に“実は覚えてません”と正直に告白できる人間が、はたしてどれくらいいるものか―――。
口許を引き攣らせながら無理矢理に笑みを浮かべてる俺のことなどどこまでも気付かぬフリで、あくまでも“喜びいっぱいデスっ!”って態度を崩さずに、更に真奈が先を続ける。
『じゃあ、あの“約束”も、もちろん憶えてるよねっ♪』
『――はいっっ!?』
また唐突にブチ込まれてきたのは、あまりにも寝耳に水に過ぎる話。
ぶっちゃけ、それこそコレッポッチも憶えていない。
『あのヒロちゃんとの約束があったから、真奈は何があってもヒロちゃんを信じようって、思ってこれたんだあ……』
『へ…へえ、そうなんだ……』
そんな重たそーな話をワザトらしいまでにウットリ語られても……所詮ヘタレの俺のこと、ここで“ごめんなさい”を言える度胸なんぞ、断言しよう、全く無い!
『あのキスは、その約束の証、ですものね。――なぁんちゃって~っっ!』
そこでそんなに照れられても……どこまでも小心者の俺には、相変わらずの引き攣り笑顔をお愛想で向けることしかできやしない。
『――だから、ヒロちゃん?』
おもむろに伸ばされた真奈の手が、俺の腕を掴む。
『もうちょっと真奈のこと、大事にしてね?』
相変わらずの満面笑顔で言いながら、ぎゅううぅっと、そこに痛いくらいの力を籠めて、俺の目の前近くまで顔を寄せてきた。
そして言う。
相変わらずのニコヤカ~な口調――なのに言葉の裏に隠しきれない不穏な刃をチラつかせて。
『今度また、真奈に誰かと“お付き合い”しろ、なんてこと言ってきたら……本当に、許さないよ?』
ああ、だから、本当に……昨日の俺は、よっぽど熱に浮かされていたんだろう。
あんな真奈の言い草を撥ねつけることが出来なかったんだから。
それに、『約束ね』と、近づけられてきた唇、も―――。
それを嫌だと思わなかった時点で……俺もアイツ溺れてる、っていう証明なのだろうか。
そんなこと、口が裂けても言えないけどな。――今のところは、まだ。
アイツが『お魚』なら、まだ俺は、溺れる魚だ。
泳げない魚に、魚である価値など無い。
まずは俺なりに、ちゃんと一人前の“魚”となって……正々堂々アイツと肩を並べられるようになってからの話だ、すべては。
――もう、誰にも置いていかれてたまるもんか。
学校そばの十字路に差し掛かったところで、俺は見知った人影を見つけた。
人待ち顔で道路の脇に立っている、俺と同じ制服を着た背の高い人影。
「開人……?」
俺が呟いたのとほぼ同じタイミングでこちらに気付いたらしい開人は、軽く笑みを浮かべ、片手を上げた。
そして、下ろすその手をそのままポケットの中に突っ込むと、そこから一枚の紙切れらしきものを取り出し、俺へと向けて掲げてみせる。
「――――!!?」
その紙切れが何なのか、気付いた途端、思わず俺は駆け出していた。開人へと向かって。
――それは、野球部への入部届。
この時、真っ先にこのことをアイツに報告したいと思った。
無性に真奈に会いたくなった。
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