星占いの少女編 第16話

 一連の騒動が落ち着いてから数日、雷砂は時間を惜しむように大切な人達と過ごした。

 楽しい時の流れは早く、あっという間に過ぎ去って。

 やがて、旅立ちの時がくる。



 「じゃあ、行ってくる」



 今日からしばし、離れて過ごす面々を見回して、雷砂は短い言葉で旅立ちを告げる。

 そして、一人一人と言葉を交わすために、それぞれの前へ立った。


 まず最初はミカのところ。

 ミカは泣くのを我慢する子供のような顔で雷砂を迎えた。

 そんなミカの顔を見上げて、雷砂は思わず苦笑してしまう。



 「別に、これが永遠の別れって訳じゃないんだよ?オレだけ、ちょっと別の場所で修行するだけなんだから。また、すぐに会えるんだし、そんな顔しなくても」



 大げさだなぁと言うと、ミカはだってよぅ、と唇を尖らせる。



 「んなこと言ったって、しばらく会えないのは確かだろ?せっかく雷砂にくっついて来たのに、もう別々なんて……」



 寂しすぎるだろ、としょんぼりするミカを困ったように見上げ、



 「しょうがないなぁ、ミカは」



 微笑んだ雷砂は、ちょっとしゃがんで、とミカに告げる。



 「ん?こうか??」



 素直にしゃがみ込んで、手が届くようになったミカの頭をよしよしと撫で、



 「あっという間だよ。別々の間なんて。オレだってみんなに会えないのは寂しい。オレも頑張って早く帰ってくる。だから、それまでの間、オレの帰ってくる場所を、守っていてほしい。もちろん、ミカ自身も含めてね?」



 そんなお願いの言葉を唇に乗せる。

 ミカは、視線の高さが近くなった分、より間近になった雷砂の顔に見惚れつつ、



 「う……お、おう」



 照れたように頬を染め、短く肯定の言葉を返した。



 「ミカの買ってくれた剣、大事に使うよ」


 「うん……体に、気ぃつけろよ?雷砂が怪我をしたら、オレもみんなも、悲しいんだからな?」


 「ん。ありがとう……」



 寂しさをこらえ、相手を気遣うその言葉に、雷砂は微笑みを深め、ミカの頬を優しく撫でた。

 そして、



 「大好きだよ、ミカ。みんなのこと、お願い」



 そんな言葉と共に、彼女の頬に唇をそっと押し当てた。

 ミカは一瞬きょとんとした顔をし、自分のほっぺたを自分の手で押さえた後、一気にその顔を赤くした。

 そのまま、ぺたんと地面にお尻を落として座り込んでしまったミカの頭をもう一度撫でてから、雷砂はクゥの前へ立つ。

 クゥは茫洋とした赤い瞳で雷砂を見上げ、



 「雷砂。クゥも撫でて?」



 そんなおねだり。

 断る理由もないので手を伸ばしてサラサラの白い髪に手を滑らせると、それに割り込むように、



 「マスタ。ロウも……」



 忠実な僕であり大切な友人でもあるロウが、狼耳をぴくぴくさせながら頭を差し出してくる。

 雷砂は思わず微笑んで、もう片方の手でロウの頭も撫でてやる。

 そして、うっとり満足そうに目を細めている二人に、そっとお願いの言葉を告げた。



 「ロウ、クゥ。オレがいない間、セイラやリインやミカや……この一座の人達をオレの代わりに守って欲しい。出来るよな?」



 その言葉に、ロウが苦虫を噛み潰したような顔をした。



 「うう~~。ロウはマスタについて行きたい。でも、マスタのお願いも聞いてあげたい……マスタ、危なくなったら絶対にロウを呼ぶって約束する?」


 「ああ。ロウも、みんなに何かあったらオレに教えてくれるか?きちんと出来たら、ご褒美もちゃんとやるから」


 「ご、ご褒美……なにを、くれるの?マスタ??」


 「ロウが欲しいものでいいよ。次に会うときまでに、欲しいものを一つ何か、考えておいて」


 「欲しいものを一つに絞るのはかなりの難問。でも、分かった。考えておく。マスタの代わりにみんなも守る」


 「……ありがとな、ロウ。頼りにしてる」


 「マスタに頼られた……なんだか、幸せ。わかった。ロウに任せて。ロウは頑張る」



 うっとりした顔をのロウの頭をもう一度しっかり撫でてから、今度はクゥの方へ顔を向けた。



 「クゥはどう?オレのお願い、聞いてくれる?」


 「クゥは雷砂と一緒に行きたいよ。ダメ?」


 「うん。今度は一人だけで行かなきゃならないんだ。ごめんな?」


 「ん……寂しいけど、クゥ、我慢するね」


 「いい子だ。クゥがみんなと一緒に居てくれれば、絶対にまた会える。今のオレが帰る場所は、ここだから」


 「うん、分かった……お利口にしてたら、クゥにもご褒美、くれる?」


 「いいよ。クゥも、なにが欲しいか、考えておいて?」


 「うん!」



 嬉しそうに笑ったクゥの頭を撫でると、クゥは名残惜しそうに雷砂に抱きついてきた。



 「でも、覚えておいて、雷砂。クゥはもう雷砂のもの。雷砂がこの世界から居なくなっちゃったら、きっと狂って魔物の本性に戻っちゃう。クゥが狂ったら、一緒にいるセイラ達も危険だからね?そうならないように、雷砂は自分をしっかり守らないとダメだよ?雷砂に何かがあったら、クゥにはきちんと分かるから」


 「そんなの、ロウにだって分かる!」



 クゥに対抗するように、ロウが反対側から抱きついてきて、雷砂は見事なまでにサンドイッチ状態になる。

 不幸中の幸いなのは、相手がクゥとロウであったという事だろう。

 二人には身長差があるし、両方から抱きつかれても微笑ましいだけだが、これがもしミカとセイラに挟まれたのなら話は変わってくる。

 そうなっていたら、雷砂はミカの圧倒的なまでの胸の質量に窒息寸前に追いやられたかもしれない、そんなことを考えつつ雷砂は微笑んだ。

 そして、抱きついたまま、お互いの有能差を延々と言い合うある意味仲の良い二人をなだめて引きはがし、それぞれをきちんと抱きしめてから、今度はリインの前に立った。



 「雷砂。私は恋人としてハグとキスを要求する」



 そんないきなりの要求に、雷砂は目を丸くして、それから堪えきれないように笑い声をあげた。

 それから、大人しくその要求に従ってあげる。

 断る理由もないし、断るつもりも無かったから。

 リインに抱きつき、キスをねだるように身を屈めてきた彼女の頬を両手で包み込んで唇を奪った。丁寧に、優しく。

 そして、間近に見えるリインの瞳を悪戯っぽくのぞき込んで、



 「満足した?」



 そんな問い。

 リインは、とろんとした瞳を満足そうに細め、



 「ん。満足。あ、でも頭も撫でて欲しい」



 可愛らしいおねだりと共に、頭を差し出してきた。

 雷砂は求められるままに頭を撫で、リインの顔の至る所にキスを落とし、別れを惜しんだ。



 「ん……これで、離れている間の雷砂分は補充出来た。でも、長くは持たないから、出来るだけ、早く帰ってきて?」


 「うん。努力する。オレも、リインに早く会いたいから、頑張るよ」


 「でも、無理はダメ。困ったら相談。ね?」


 「そうする。ありがと、リイン。大好きだよ」


 「私も、大好き」



 想いを伝えあって、もう一度キスをして。

 唇を離した後、リインは姉を振り返った。もういいよ、と伝えるように。

 頷いたセイラが前に進み出る。

 そして、手に持っていた腕輪を、腕輪型の冒険者証がはまっているのとは反対の腕にはめてくれた。



 「腕輪??」



 はめてくれた腕輪をまじまじと見つめながら呟く。

 綺麗な細工の腕輪だった。

 地の部分は金と銀が絡み合うように構成されていて、細かな細工の所々に菫色の石と青い色の石がはめ込まれていた。

 その色合いは、目の前の双子の姉妹を連想させた。雷砂は二人の顔を見上げる。



 「これ、二人のイメージで作ったの?」


 「そう。特別に注文して作ってもらったの。雷砂のイメージも入っているのよ?雷砂の色も、金と青、でしょう?ただ、雷砂の瞳はもっと深い青だから……」



 言いながら、セイラの指が腕輪の一点を示す。



 「ここに一つだけ、他よりちょっと大きい石を入れてもらったの。雷砂の瞳に一番近いイメージの石を」



 雷砂は促されるままにその一点に目を落とし、



 「へえ。すごいなぁ。キレイ。ありがとう、大切にする」



 にっこり微笑んで言うと、セイラの横からリインが身を乗り出してきた。



 「雷砂。これは綺麗なだけの腕輪じゃない。ちょっと、魔力を流してみて?」


 「魔力??えーっと、こうかな……」



 言われるままに、微量の魔力を腕輪に流してみる。

 すると、雷砂の瞳の色の石が淡く光り、そこから小さなセイラとリインが飛び出した。

 魔法で作った映像か何かなのだろうか。小さな二人の体は透けている。

 その二人が次に行ったこと。それは歌と舞い。リインが歌ってセイラが踊る。

 雷砂は見入られたようにそれをじっと見つめていた。

 だが、やがて曲が終わり、二人の姿も消えて、石が沈黙すると、雷砂は再び二人の顔を見上げた。



 「すごいな、これ。魔法?」


 「広い意味で言えばそうね。魔法回路を組み込んで、私とリインの歌と舞いを好きな時に見ることが出来るように加工してもらったの。ちょうどこの街に、そう言うのを得意にしてる店があったから……」


 「パターンは五つ。寂しくなったときに見て?」


 「ありがとう。大切にする」



 セイラとリインの言葉に頷いて、感謝の気持ちを込めてリインを抱きしめ、セイラを抱きしめた。

 それから改めてセイラを見上げる。


 言葉が無くとも、セイラが求めていることを察した雷砂は、セイラの首に手を回してキスをする。

 深く、深く。熱くて、情熱的なキスを。セイラへの、今この場では語りきれない想いを込めて。

 お互いの体の隙間が出来ないくらいにしっかりと抱きしめあってキスをして、息を切らして唇を離し、間近で顔を見合わせたまま笑いあう。

 それから、もう一度キスをした。

 さっきよりは穏やかに。でも、いっぱいの愛情を込めて。



 「大好きだよ、セイラ」



 吐息のようにささやけば、



 「愛してるわ、雷砂」



 そんなささやきが返ってくる。

 雷砂は?と目で問われ、雷砂は幼い頬をほんのりと赤く染め、上目遣いでセイラを見つめた。

 唇をちろりと舐め、心を落ち着けるように小さな息を吐き出してから、改めてセイラの瞳をまっすぐに見上げる。



 「……オレも、愛してる。セイラ」



 そうささやいて、三度のキスをした。



 「待ってて、くれる?」



 不安そうに揺れる瞳が愛おしくて、セイラは雷砂の体を抱きしめる。

 今はまだ腕の中にすっぽりと収まるこの体が、次に会うときにはどれだけ成長しているのかが楽しみだった。

 寂しいけれど、耐えられる。再びの約束さえあれば。



 「待ってるわ。雷砂が待っていて欲しいと願う限り、いつまでも」



 両手で雷砂の頬を包み込み、想いを込めて伝える。

 雷砂は己の頬を包み込んでくれるセイラの手をその上から包み、彼女を見つめた。



 「待ってて。オレは絶対、セイラのところへ帰ってくるから」



 頷くセイラに微笑みかけ、雷砂はセイラから離れる。

 そしてもう一度みんなを見回し、最後に再びセイラを見つめてから、くるりと背を向けて走り出した。

 その背中はどんどん小さくなって、やがて見えなくなり。

 それでも誰一人、動き出すものは居なかった。

 だがしばらくして、あきれた声のイルサーダに促され、一人、また一人と馬車の中へのりこんで。

 一座もまた、雷砂が向かった道とは別の道へと進み始める。


 色々な事がありつつも楽しく幸せだった始まりの旅が終わりを告げ、また新たな旅路が始まる、そんな思いを胸に、雷砂はひたすら走る。

 たった今、別れてきたばかりの人達をもう一度だけでも見たい、そんな思いをかみ殺しながら。

 目指すは人が滅多に踏み入らぬ神秘の大森林を越えた先に連なる大山脈の龍の峰。

 雷砂は遙か彼方にかすむようにその先端を覗かせる目的の場所を睨みつけ、残した想いを振り切るように足を速めた。

 少しでも早く、己の能力を開花させんが為に。




 そんな雷砂を見つめている目がある。

 その赤い赤い瞳は、愛おしそうに、物欲しそうに雷砂を見つめる。



 「大森林に龍の峰、か。あの辺りはちょっとちょっかいをかけにくいんだよなぁ。出来れば、こうなる前に雷砂を落としたかったけど、仕方がない。所詮、分体なんかでどうこうできるタマじゃ無かったってことだ。でも、これからどうしようか……」



 男は、使い魔を通じて入ってくる映像を見つめながら、うーんとうなって腕を組んだ。

 大森林も龍の峰も、人より遙かに高い能力を持った種族が住まう地。

 下手に手を出したら、藪をつついて蛇が出ると入った状況を作りかねない。

 まだ、体調が万全でない今、そんな危険をおかすのは出来れば避けたいところだった。

 しかし、手をこまねいて見るだけというのも面白くない。



 「龍の峰はあり得ないとしても、大森林なら、少しはちょっかいをかけられるかな……」



 そんなことを思いつつ策を練る。

 龍の峰と違い、大森林は多種多様な種族や生き物が住まう地。そこに付け入る隙があるかもしれない、そんなことを思いつつも。

 とにもかくにも、雷砂が大森林に至るまではまだしばらくの猶予はある。

 その間に、何か良い考えが浮かんだら試してみようと、そんなのんきなことを考えつつ、男は雷砂をじぃっと見つめるのだった。

 

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