星占いの少女編 第12話

 一人宿から外にでる。

 すると、待ちかまえていたように薄墨色の髪の少女が、物陰から姿を現した。



 「うん。いると思った」



 雷砂はかすかに微笑み、彼女の方へと歩み寄る。



 「君が、オレを導いてくれるんだろう?」


 「……どうして?」



 どうしてそう思うんですか?と少女が問う。



 「何となく、かな。何となく君が、居てくれるような気がしたんだ。オレが行きたい場所を、君は知ってるんだよな?」



 雷砂の言葉に、少女は観念したように目を閉じた。



 「……わたしは」


 「いいよ。言わなくて。君はオレの敵じゃない。それだけは分かってるから、それでいい。それに、君には感謝してるんだ」



 雷砂はそっと、少女の手を取った。

 凍り付くようなその冷たさを溶かすように両手で包み込むように握り、



 「今日、君がオレを探して占ってくれなければ、オレは間に合わなかった。オレの知らないところであの二人にひどいことが起きていたら、オレはきっと、二度と笑うことは出来なかった。だからさ」



 少女の手を包み込んだ両手ごと、雷砂は彼女の手を額に押し当てる。



 「ありがとな。本当に……」



 心からの感謝の言葉を継げ、そして、すぐ近くから少女の薄墨の瞳をまっすぐに見つめた。



 「決着を、つけにいく。協力してくれ」



 少女は目をそらすことなく、色違いの瞳を見つめ返す。

 そして、真摯な思い詰めた瞳で、小さくうなずきを返した。






 薄暗い部屋の中に、男はいた。

 黒い髪に赤い瞳。

 薄暗い輝きを宿すその瞳は、唯一外界へと続く扉へじっと向けられている。


 使い魔が、最後に送ってきた情報から、雷砂がこちらに向かっている事は分かってた。

 彼の数少ない手札がここへ導いてくれるはずだった。


 最後の仕上げは上手くいっているだろうか。

 彼が関わったのは仕込みまでだから、どんな結末になったかは分からない。



 (まあ、雷砂が来れば、その結果も分かるだろう)



 上手くいったのか、いかないのか。それももう、どうでもいいような気もする。

 兄弟達はことごとく失敗して、霞の如く消えてしまった。

 残されたのは彼一人。


 生み出された目的を果たすために力を尽くしてきたが、それももうすぐ終わる。

 雷砂を手に入れるのが先か、彼が兄弟達のように消えるのが先か。

 色々な仕掛けをして、情報を得るために使い魔を使い潰して。もう魔力はほとんど残ってはいない。

 最後の使い魔も、雷砂が宿を出てこちらに向かうとの情報を最後に、通信は途絶えていた。


 最後の魔力を持ってして、雷砂をこちらに引き込むことが出来るだろうか?

 真正面から闘ったら、とてもじゃないが勝てないだろう。

 だが、彼にはまだ手札がある。

 雷砂の情に訴えて、その隙をねらえば、わずかではあるが勝機はあるだろう。



 (勝てたとしても、俺が消えることに変わりは無いけどな)



 所詮は作られた命。限界を超えてしまえば、後は消えて無くなるだけだ。

 なんでこれほどまでに雷砂を手に入れなくてはいけないと思うのだろう。

 この世に生み出された瞬間から、彼の中にはその思いがあった。

 そして、その思いのまま、彼は雷砂を手に入れるために努力をした。その事になんの疑問を持つこともなく。

 今、この時までは。


 疑似生命を維持するための魔力が尽きかけ、彼は初めて疑問を覚えた。

 己はどうしてそこまで雷砂にこだわるのか、と。


 本当の所、もうどうでもいい気がするのだ。

 だが、このまま雷砂に関わろうと関わらなかろうと、彼の命の終わりが近いことには変わりはない。

 最後くらいは穏やかに、と思わないでもない。

 だがやはり、やりかけた事の終わりを見届けた方が、すっきりするような気もする。


 そんな事を考えて、考えて。

 結局結論は出ないまま、無駄な思考の時間は終わりを告げる。

 扉の向こうに、人の気配がした。そしてゆっくりと、扉が押し開かれる。

 そこに薄墨色の髪の毛の、小柄な占い師の姿を見つけて、男は口元に笑みを浮かべた。



 「良くやったぞ?占い師。良く雷砂を連れてきた。おまえのちっぽけな命の対価としては十分な功績だな?」



 男の言葉に、少女の顔がこわばった。

 そんな彼女の肩に、背後からそっと手を置く者がいる。

 雷砂だ。


 雷砂は、静かな静かな瞳で、まっすぐに男を見つめた。

 その奥に、燃える怒りを隠したまま。

 男は、雷砂の顔をまじまじと見つめ、それからがっかりしたように肩をすくめた。



 「なぁんだ。壊れてないじゃないか。これは計算違いだな。俺の計画が失敗したのか、彼女達が、お前にとってそれほど大事じゃなかったのか……」


 「だまれ」


 「……なるほどね。計画は失敗したって事か。上手くいってれば、俺にも勝機はあったと思うだけどなぁ」



 残念だよ、そう言って、男は朗らかに笑った。

 そんな彼を、雷砂は冷たく睨む。



 「お前は、オレを怒らせたいのか?」


 「そうだね。怒りは冷静な判断力を狂わせてくれる」


 「なら、安心しろ。オレはもう、十分に怒ってる。お前は、オレの逆鱗に触れた」



 静かな雷砂の声。その中に含まれた、隠しようのない殺気に、男の体は無意識に震えた。

 男は震える手に目を落とし、



 「ふはっ」



 と、堪えきれないように笑い声を漏らした。



 「怖いなぁ、雷砂。怖くて仕方が無い。何でこんな怖いのに手を出しちゃったんだろうなぁ、俺は。でも、まあ、これが俺が作られた理由でもあるんだから、仕方がないんだろうな。うん。仕方ない」



 くっくっと笑いながら男は言葉を続け、そしてゆっくりと立ち上がると、少女と雷砂の方へと歩き出す。



 「さぁて、俺にはもうそんなに時間がない。ここで時間を無駄にしていないで、さっさと外に出てやり合わないか?そうじゃないと、雷砂の気も済まないんだろう?」



 男は雷砂の肩を気安くぽんと叩き、二人の横をすり抜けて外へと出て行った。

 雷砂は無言のままその後を追い、少女も雷砂について行く。



 「さ、じゃあ、はじめようか?」



 先に外に出て待ちかまえていた男は、仲良く一緒に出てきた雷砂と少女をみてにやりと笑う。



 「そういえばさぁ、雷砂は知っていたかい?その娘は、死にかけなんだ。俺が情けで助けてやって、命を共有している。賢いお前なら分かるんじゃないか?雷砂。俺を殺せば、そのちっぽけな小娘も死んじゃうよ?」



 その言葉を受けて、雷砂ははっとしたように斜め後ろに立つ少女を見た。

 少女は青ざめた顔で目を伏せ、それから雷砂を見つめて微笑む。



 「嘘ですよ。そんなの。でたらめです。わたしは、大丈夫ですから。信じないで下さい」



 かすかに震える声で、だがはっきりと少女は男の言葉を否定する。

 だが、それをあざ笑うように、



 「どうしたんだ?声が震えてるぞ?嘘を付くなら、もっと上手につかないとなぁ」



 そう言って、男は虚空から一振りの剣を取り出した。

 明らかに禍々しい魔力を帯びたその剣を警戒するように目を細め、雷砂は自分の後ろに少女をかばう。



 「そんな出来損ないの命ですら、お前はかばうんだなぁ、雷砂。自分よりも弱い者を守らずにはいられない優しさが、いつかお前の命取りになるぞ?せいぜい、気をつけた方がいい」


 「忠告とは、お優しいことだな?お前はオレを倒したいんだろう?」


 「違うよ、雷砂。倒したいんじゃない。手に入れたいんだ。お前が大人しく付いてきてくれるなら、その娘を見逃してやってもいい。どうだい?」


 「オレはお前を信じることが出来ない。だから、お前の言葉も信じない」


 「賢明な判断だ。だが、俺の命はその娘とつながっている。これだけは本当だぞ」



 にやりと男が笑う。

 雷砂は拳を握り、男を睨む。

 そんな雷砂の拳を、少女の手がそっと包み込んだ。

 冷たい、冷たい手だ。

 血が通っているとは思えないほどに冷たいその手に雷砂は目を落とし、それから少女の瞳を見つめた。

 少女は雷砂の瞳を見つめ返し、微笑む。わたしは大丈夫だと、そう言うように。


 雷砂は迷いを断ち切るように、ほんの一瞬目を閉じた。

 そして、改めて男に向き直る。雷砂の強い眼差しを受けて、男は唇をゆがめ、そして剣の切っ先を雷砂に向けた。



 「闘うなら闘うでいいさ。こっちも最初からそのつもりだしね。この呪われた剣も、その為に用意したんだから」


 「呪われた、剣?」


 「ああ。この剣はね、人の血を吸えば吸うほど強くなる。君の生きた聖剣に負けないように、たくさんの命を喰わせてやった。その甲斐あって、君の聖剣とも打ち合えるくらいにはなったと思うよ」


 「たくさんの、命を?」


 「ああ。動物も人も、数え切れないくらいの人の命をこの剣は吸って力に変えた。雷砂を殺すわけにはいかないし、最後の仕上げは君の聖剣で勘弁してあげるよ。君の大事な生きた剣を喰い尽くせば、この剣はもっと強くなる」



 どす黒いオーラを纏うように鈍く輝くその剣を睨みつけ、雷砂は腰に携えている剣を引き抜いた。

 今日は最初から、ロウを呼ぶつもりはなかった。

 ロウが他の仕事をしているという事も理由の一つだが、ロウの居ない戦いに慣れておかなくては、という気持ちの方が大きかったかもしれない。


 ここから先の旅路に、雷砂はロウを連れて行くつもりはなかった。

 セイラ達の守りとして、また非常時の連絡手段として、ロウは一座に残していく事を、雷砂は心に決めていたからだ。

 そうなれば当然、これから先の戦いで、ロウに頼ることは出来なくなる。

 その為に、今日、新たな剣も手に入れた。


 男は、ロウを破るためにあの人の道に外れた魔剣を手に入れたようだが、今日の相手はロウではなく、雷砂が新たに手に入れた魔剣だ。

 雷砂の魔剣は、魔力を流せばその量に応じて重く固くなる。

 その能力をもってして、男の手の中にある剣を再起不能なまでに叩き潰す。まずはそこからだ、と、雷砂は剣を片手に駆けだした。


 雷砂の素早い斬撃に男は目を見張りつつ、何とか手の中の魔剣で受け止める。

 その攻撃のあまりの重さに、男は思わず地面に片膝を落としていた。



 「な、んだよ。いつものやつは、使わないのか。せっかく、この魔剣で使い物にならなくしてあげる予定だったのに、残念だな、っと」



 言いながら、男は力任せに剣を押し返す。

 雷砂はその力に逆らわず、大きく跳躍して、男から離れた場所へと着地した。



 「残念だったな。どうやらオレの魔剣とあんたの魔剣、相性は最悪らしいぞ?」


 「なに?」



 雷砂に言われて、己の手の中の剣に目を落とした男は、思わず目を見開いた。

 薄赤く輝く刀身に、わずかではあるがひびが出来ていた。



 「オレの剣は、重さと固さには定評があってな」



 言いながら、再び雷砂が走る。

 そして、素早い斬撃で執拗なまでに男の持つ魔剣のみを狙った。

 男は雷砂の素早さに付いていけず、防戦一方となる。



 「く、くそ。少しで傷を付けることが出来れば、そこから命を吸い取る事だって出来るのに!!」


 「……それがその魔剣の能力か。やっぱりそれは、この世にあっちゃいけないものだ」



 雷砂は呟き、己の魔剣へ、さらなる魔力を注ぎ込んだ。

 魔剣は重さを増し、剣を振るう度に、雷砂の腕がみしりときしんだ。

 その重さを増した攻撃を男は必死に受ける。

 だが、攻撃を受ける度に、彼の魔剣から刃が欠けてこぼれ落ちていく。


 そしてついにその時はきた。


 パキィィン、と魔剣の性質に似合わぬ澄んだ音を立て、とうとう彼の魔剣は折れ飛んだ。

 男は、半分ほどになった刀身を、呆然と見つめた。

 そうして、ほんの一時、男に絶対の隙が生まれる。


 だが、雷砂は剣を打ち込むことが出来なかった。

 剣を構えたまま、躊躇するようにこちらを見る雷砂を見返して、男はまだ機会は去っていないと、唇をかすかにゆがませる。


 そして。


 雷砂から目を逸らさずに、少しずつ自分の位置を移動して、戦いを見守る少女を背中に背負うような位置に場を定めた。

 雷砂の目に、自分の姿と少女の姿が共に映るように、と。



 「さぁて、どうする?俺を殺すか?俺の後ろの、あの小娘と共に」


 「放っておいても、お前は消えるんだろう?いつか」


 「さぁ。どうかな。他の兄弟はそうだったんだろうが、俺までそうとは限らないだろう?」



 そううそぶきながら、男は雷砂を注意深く見つめる。

 今の言葉はもちろんはったりだ。

 今のままなら、遅くとも十日前後で男の命は尽きるだろう。

 命を共有する存在である背後の少女とのつながりを絶てば、あるいはもう少し長く、生きることも出来るかもしれないが。



 (すべてを諦めて逃げてみるか?だが、逃げてどうする?雷砂を陥れる事を考える以外の楽しみなど、持ち合わせていないというのに)



 雷砂を、見る。

 雷砂はまだ、攻撃を迷っているようだった。

 だが、構えに隙はない。襲いかかれば、すぐに返り討ちにされてしまうだろう。


 ならば、どうするか。

 男は考えを巡らせた。

 そしてちらりと背後の少女へ視線を走らせる。


 少女は悲しそうな瞳で、男を見つめていた。

 そのまなざしに、無性に苛立ちが募るのを感じながら、



 「お前も、死にたくはないだろう?お前の口からも頼んでみたらどうだ?死にたくないから、なんとかしてくれってな」



 少女の無力さをあざ笑うように、男はそんな言葉を紡ぐ。



 「どうだい、雷砂?哀れな彼女を助けてやれよ。あの子には貧しい家族もいる。彼女が死んだら、きっとその家族ものたれ死にだ」



 そして、雷砂に向かっても言い募った。その情に訴えかけるように。


 さく、さく。


 背後から近づいてくる足跡が聞こえた。

 だが、男はかけらも警戒しない。

 なぜなら少女が弱いことを知っているからだ。その身も、その心も。

 弱いからこそ、彼女は男の甘言に乗せられて、しばし命を長らえる事と引き替えに、彼の手札の一つとなったのだから。


 だが、それは間違いだった。


 なんだか鋭い痛みを感じて、ふと目を落とすと、自分の腹から赤く濡れた刃先が飛び出していた。

 その刃は、男が瞬きを一つする間にずるりと後ろに抜けた。

 すると、傷口からは赤い血が溢れ、男の衣類をみるみるうちに赤く染めていく。

 彼はのろのろと後ろを振り向いた。

 そこには、彼が弱い存在と思いこんでいた小柄な少女がいて、薄墨色の強い瞳で男を見上げていた。



 「俺がしねば、お前もしぬぞ?」



 驚くほどに力のない声がこぼれた。

 男の言葉とまなざしを受け、少女は晴れ晴れと笑う。



 「どうせ、もう失っていたはずの命です。わたしは意気地なしですけど、終わる時くらい、自分で決められます」



 そう言って振りかぶった彼女の手には、彼の血にまみれた刃物が握られていた。

 それはさっき折れて飛んだ、彼の魔剣の刃先。


 彼はぼんやりと、近づいてくる刃の切っ先を見つめていた。

 瞳に迫る刃。

 それが、彼が最後に見た光景。


 薄赤い刀身は、男の顔面の一番柔らかい場所に突き刺さり、彼の意識を刈り取った。

 どさりと倒れた男を少女が見下ろす。

 その瞳は男を悼むように、どこか悲しげな光を宿して揺れていた。

 

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