SS 探偵ごっこ!?~リイン、奮闘するの巻~②

 水汲み用の容器を抱えて、雷砂は森の中を歩いていく。

 だが、川に向かう途中で、木々の向こうから聞こえる剣戟の音に気がつき、向かう方向をわずかに微修正した。

 そのまま進むと、木々が開けてちょっとした広場の様になった場所へたどり着く。

 そこには、互いに練習用の剣を構えたアジェスとミカの姿があった。

 雷砂は己の気配を極力消したまま、二人の打ち合いしばし眺めた。

 だが、それほど長く続くことなく、二人は示し合わせて剣を納め、互いに汗を拭いつつ、談笑をはじめる。

 わざと足音をたてて近づいていくと、ミカが振り向き、ぱっと顔を輝かせた。



 「雷砂!!」


 「ミカもアジェスもお疲れさま。どう?アジェス。ミカは強いだろ?」



 抱きつこうとするミカを上手にいなしつつ、雷砂はにやりと笑ってアジェスを見上げる。

 アジェスも精悍な顔を微笑ませ、



 「そうだな。さすがはB級の冒険者といったところか。技としての荒さは目立つが、パワーがすごい。力押しでは、俺の方の分が悪いだろうな」



 素直にそう賞賛した。だが、パワーがすごい、という所に引っかかりを覚えたのか、ミカが唇を尖らせる。



 「んだよ、アジェス。技は荒えがパワーがすごいって、オレが筋肉バカだとでもいいてぇのか?」


 「そうはってないだろう?俺は、ただパワーがすごいと誉めただけではないか」


 「技は自分の方が勝ってるっていいてぇんだろ?」


 「まあ、そこはな。じゃあ、逆に質問するが、ミカは技で俺に勝ってると胸を張れるのか?」


 「う、それをいわれると」


 「だろう?」



 ミカとアジェスのじゃれ合うような言い合いを、雷砂はニコニコ笑って眺める。

 純粋に二人が仲良くしているのが嬉しかったのだが、ミカはそんな雷砂を見て、



 「あ!アジェスと二人っきりだったからって、変な誤解すんなよ、雷砂。アジェスなんてまるで好みじゃねぇし、ただ剣の稽古に付き合って貰っただけだから。な!?」



 慌てたように言い募る。

 その余りの必死さに苦笑した雷砂が、分かってると返す前に、



 「こちらの方こそ、ミカはまるで好みじゃないから安心しろ。乱暴なだけの女など、こちらから願い下げだ」



 ニヤリと笑ってアジェスがチクリとやり返す。



 「なっ!!乱暴なだけなんかじゃねーし」



 ミカが唇を尖らせれば、



 「ほほう。じゃあ、ミカはなにが出きる?もしやそうは見えんが料理が得意とか?」


 「りょ、料理はできねーな……」



 アジェスが質問を切り返し、ミカが肩を落とす。

 ちらちらと、雷砂の方を伺いながら。

 雷砂を幻滅させたのではないかと心配している様だが、今更これくらいの事で幻滅のしようもない。

 第一、ミカが料理下手な事など、以前からよーく知っている。その壊滅的な料理を、食べたことだってあるのだから。



 「じゃあ、力以外のなにがあるんだ?」


 「ち、力以外か?うーんと、えーっと……」



 問われて考え込むミカ。しばらくそうして頭を捻り、はっとしたように顔を上げる。

 チラリと横目で雷砂を見て、それからアジェスに向かって胸を張った。



 「むっ、胸だ!やっぱ女の魅力っつったらでっけぇおっぱいだろ!?」


 「いや、俺は無くても。むしろない方が好みだ」


 「オレも、胸にこだわりは特に無いなぁ」



 アジェスと雷砂の反論に、ミカは打ちのめされたような顔をする。

 ちょっと涙目になり、だが再びはっとしたようにアジェスの顔を見た。

 そして雷砂を抱き上げ、アジェスから遠ざける。



 「ミカ?」



 雷砂が不思議そうにミカの名を呼び、



 「ん?それはなんのまねだ??」



 アジェスもミカの行動の真意が読めずに首を傾げる。

 そんなアジェスに向かってミカが吠えた。



 「胸がない方がいいってことは、アジェス、てめぇ、雷砂のことを狙ってやがるな!?」


 「あ~~~……そうきたか」


 「言っておくが、雷砂に手ぇ出そうとしてもダメだかんな!!」



 毛を逆立てた犬の様にきゃんきゃん吠えるミカを前に、アジェスは額に手を当てて、なんて説明しようかと困ったように考える。



 「まあ、落ち着け、ミカ。確かに雷砂に胸はないが、俺は至ってノーマルなのだ。子供を恋愛対象に選ぶ趣味はない。ちゃんとした大人の、ぺったんこが好みなだけだ」


 「……ほんとか?」


 「本当だ」


 「……うそじゃねぇな?」


 「うそじゃない」


 「じゃあ、まあ、とりあえずは信じてやる。ったく、紛らわしいこと言うなよな」



 ぶつぶつ言いながら雷砂を地面にそっと降ろし、へにゃりと眉尻を下げて雷砂の顔をのぞき込む。



 「急に抱き上げてごめんな?雷砂。痛くなかったか??」


 「平気だよ。オレが頑丈なの、ミカだってよく知ってるでしょ?」



 うん、と頷きながら、ミカは落ち着かない感じでちらちらと雷砂の目を見ている。

 ちょっと不安そうに。



 「その、さ、雷砂は嫌いなのか?」


 「なにが??」



 思い切ったように口を開いたミカの質問に、雷砂は首を傾げた。



 「え、と、おっきいの」


 「おっきいの??」



 諦めずに問いを重ねるミカの顔が徐々に赤くなってくる。

 だが、この時点でも雷砂はミカの質問の意図が読めない。

 首を傾げる雷砂を困ったように見つめ、ミカは赤い顔のまま、虫の鳴くような声でその言葉を告げた。

 自分の胸に二つある、凶悪な大きさの肉の塊を示す単語を。いつものミカからは考えられないくらい、恥ずかしそうに。



 「ああ、そのことか」



 それを聞いた雷砂がやっと合点が行ったとばかりにぽんと手を叩く。



 「その、やっぱり、嫌いなのか?大きいのは」


 「別に嫌いじゃないよ。大きくても小さくても、どっちでもいいと思ってるだけで。それが好きな人のなら、どっちでも問題ないでしょ?」



 おずおずと重ねられた問いに、雷砂はやっと明確な答えを返す。

 それを聞いたミカがほっとしたように強ばっていた顔を緩めた。



 「大きくても平気なんだな!?そっかぁ。よかったぁ」



 まじで焦ったぜと、ミカは左手で胸をなで下ろした。

 雷砂はその手をみて、



 「ミカ、左手、ちょっと怪我してるよ?血、出てる」


 「ん??ああ、さっきアジェスの攻撃を左手ではじいたときにやっちまったかな??ま、このくらい平気だよ。なめときゃ……」



 治ると続けようとした声は言葉にならなかった。

 ミカの言葉を最後まで聞かず、雷砂がミカの左手をとって口元に運んだからだ。

 彼女の手の甲についた傷の上を、雷砂の舌が優しく舐めた。

 丁寧に乾きはじめた血をぬぐい取り、その傷から新たに血があふれないのを確認してからそっと唇を落とす。



 「ん。もう大丈夫そうだ。でも、もし痛かったら、ロウに舐めて貰うといいよ。そうすれば、綺麗に治るから」



 にっこり笑って雷砂が告げるも、その声はミカの耳には届いていないようだった。

 ミカは赤い顔をしたまま、左手をそっと胸元に引き寄せて、



 「今日はもう、絶対手を洗わねぇぞ……つーか、もったいなくて洗えねぇ」

 「いや、手はちゃんと洗おうな?ミカ」



 雷砂の言葉も耳に入らないようで、そんなことをぶつぶつと呟いている。

 アジェスはそんなミカをあきれたように眺め、雷砂は苦笑混じりにミカのことをアジェスに頼むと、水汲みの為にその場を後にした。






 「怪我をすると、良いことがある。なるほど。勉強になる」



 何が勉強になるのかは良く分からないが、非常に丁寧にメモを取りつつ、リインは頷く。

 これならばすぐにでも実践に移せそうだ。

 なにしろ、リインは運動神経が鈍いせいか、驚くほどよく転ぶのだ。

 今度転んだら、即座に雷砂の元に行くことにしよう。

 その考えにうんうんと頷き、リインは再び雷砂を追って森の中に分け入った。





 水辺で水を汲み、容器のふたをきっちり閉めた雷砂は、肩越しにチラリと背後を伺った。

 草むらが不自然に揺れるのを見て小さく微笑み、雷砂はその場に寝転がると、



 「なんだか疲れて眠くなったな~。ちょっとだけ、休んでいくか」



 そんな風にわざと大きめの声で独り言を呟いてからそっと目を閉じた。

 後はただ、相手が罠にかかるのをじっと待つだけだ。





 リインは、隠れた草むらから、眠ってしまった雷砂の様子を伺っていた。

 すぐに起きるかと思ったが、そんなこともなく、しばらく様子を見ていたが起きる気配はない。

 そろそろと、音を立てないように気をつけながら、草むらを出て雷砂のそばへと歩み寄る。


 横になった彼女のそばに膝を付き、そっと雷砂の顔を見下ろした。

 その天使のような寝顔に目を細め、見とれていると、雷砂の瞳が不意にぱちっと開いてリインを見上げた。

 あまりの事に驚いて固まったリインに雷砂の腕が伸びてきて、その体を優しく引き寄せた。

 抵抗するまもなく雷砂の上に倒れ込むように覆い被さり、さっきよりもずっと近くで雷砂の顔を見つめる。

 雷砂の顔が、いたずらに成功した子供のように、笑っていた。

 その顔を見て、リインは悟る。最初から、自分の尾行は気付かれていたのだ、と。



 「気付いてたのに、どうして?」


 「ん~。一生懸命についてくるリインが、可愛かったから、かな」



 問いかけに笑みで返して、雷砂はリインの頬に唇を寄せる。

 柔らかな頬についばむようなキスを送れば、リインは可愛らしく頬を膨らませて、もう、とその目元を赤く染めた。


 そんな彼女を見つめ、笑みを深めた雷砂は、リインを抱き寄せて自分の傍らで横にならせる。

 その頭の下に自分の手を差し入れると、彼女の頭を自分の近くにそっと引き寄せ、銀色の髪に頬を寄せた。



 「雷砂?」


 「もう少しだけ、ここで休んでから帰ろう?せっかくいい天気だし、それに……」


 「それに?」


 「なにより、二人きりだ。たまにはこういう時間も、いいよね」



 雷砂は微笑み、リインは更にその顔を赤くする。

 その表情は、普段のリインの表情の乏しさを知る人なら誰でも驚くくらい、乙女らしくも可愛らしいものだった。

 二人はそのまましばしの間、互いだけを感じ、静かな時を過ごすのだった。





 その夜、貴重なろうそくの火をともして、リインは一心不乱に書き事をしていた。

 その様子を見ていたセイラが、一体なにをそんなに一生懸命に書いているのかと問うと、リインはチラリとセイラを見て、



 「セイラにだけ、教えてあげる」 



 そう言って姉をそっと手招いた。

 近づき、彼女の書いていた紙の束をのぞき込み、



 「なになに?雷砂に甘えるための100の方法??」



 その題名を読み上げたセイラは何とも言えない顔で、双子の妹を見た。

 リインは何とも得意げに胸を張っている。



 「これさえ完成すれば、いつでも好きなときに雷砂に甘え放題」


 「な、なるほどね……まだ、4つくらいしか書いてないけど」


 「今日一日でも、だいぶ情報収集が出来た。100個なんてきっとあっという間」



 リインはうんうんと頷き、ちょっと引き気味の姉を再び見上げた。



 「完成したら、セイラには特別に見せてあげる」


 「そ、そう。楽しみにしてるわね~……」


 「期待して待ってて!」



 リインは力強く頷いて、再び執筆作業に移っていく。

 そんな妹をしばし見つめ、



 「じゃ、じゃあ、私はもう寝るわよ?リインも程々にしなさいね?」



 そう言いおいて、セイラは自分の寝床に潜り込んだ。

 隣で眠る雷砂を、忘れずに己の腕の中に引き込んで。

 リインはそんなセイラと雷砂の様子を見て、ふむと一つ頷くと、更に新たな文章を書き足した。

 その内容はこうだ。

 夜は早いもの勝ち。強気に出るが吉……と。


 このリインの超大作が完成するか否か、それはまだ誰にも分からない。

 とりあえず、この日の夜のリインはかなり夜更かしをして、翌日、それはもう盛大に寝坊して雷砂に起こされ、新たな文章が再び書き記されることになるのだった。

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