水魔の村編 第7話
その村は、森の入り口にひっそりと存在していた。
3人の男の要請を受けたイルサーダは、一座のみんなを集めて状況を説明し、一座を2つのグループに分けた。
1つは野営地に残って馬車やその他諸々を守りつつ待機するグループ。
もう1つは、3人の男達と共に問題の村まで赴くグループ。
こちらは少数精鋭で望むこととなった。
本当はセイラとリインの代わりにもう何人か男手を連れて行く予定だったのだが、彼女達に泣きつかれた雷砂が折れ、イルサーダも苦笑しながら受け入れた。
彼女達の参入によって、ジェドとアジェスの役割も、2人の護衛という位置づけにほぼ決まった。
村の問題がどんなことなのか、まだ詳しい話は聞いてないが、イルサーダが村の守りを固め、雷砂が外へ調査にでることは決まりだろう。
結局、2人が行けば手は足りるのだ。
ただ、優男と子供の組み合わせでは余りに頼りないので、見栄えをよくするためにほかのメンバーも連れて行くことになった。
セイラとリインが着いてきたのは計算外だったが。
(まあ、いいか。村で留守番してる分には危険はないだろうし、イルサーダもいるしな)
まるで死んだように静かな村を眺めながら、そんなことを考える。
入り口の辺りにも村の中も、人の姿がまるで見えない。
「静かだな。村の人たちはどうしてるんだ?」
先導して歩いていた3人の内の1人、中でも一番年若いジルゼという青年が雷砂の声に反応して振り返る。
「霧が出始めてから、みんなあまり家から出ないようにしてるんだ。霧の中は、なり損ないが出て危ないから」
「村の、中でもか?」
「村の中も外も関係ないよ。家の中に居たって確実に安全とは言い切れないくらいだ」
「それは、大変だな。イルサーダ、この村くらいなら結界で囲めるだろう?」
雷砂は傍らを歩く長身の男を見上げた。
「ちょっと広いですけど、要所要所に触媒を埋めれば何とかなるでしょう。後で場所は指示しますから、お願いしますね?」
「ああ。せめて村の中くらいは安心して過ごせるようにしてやりたいしな」
「まあ、なにを始めるにしても、まずは村長さんの話を聞いてからですね。すぐに会えます?」
「なるべく早く会えるように手配します。でもまずはみなさんが滞在する家へご案内しますので」
言いながら、ジルゼは村の中を先導して歩いていく。
他の2人は途中で別れ、村の中でも大きな部類に入る家へと入っていった。恐らく、あれが村長の家なのだろう。
そうしてしばらく歩き、ジルゼは村の一番奥まった辺りにある1件の家の前で足を止めた。
しばらく使ってなかったのか、固くなった入り口の扉を開け、客人を中へ迎え入れる。
まず最初にイルサーダが入り、そして他のメンバーが、雷砂は最後に家の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、放置されたかび臭い匂いに混じって、なぜかきれいな水の匂いがふわりと香った。
雷砂は思わず足を止め、家の中を見回してみる。
大きな水桶が目に入ったので、ふたを開けて中を覗いてみたが、中はからっぽだった。
じゃあ、さっきの水の匂いは何だったのかと、きょろきょろと辺りを見回していると、そんな雷砂の様子に気づいたのか、ジルゼが声をかけてきた。
「水桶、空でしょう?水は後で運ばせます。他に必要そうな物もまとめて運びますから、何か必要な物があれば言って下さい」
「ジルゼさん、助かります。ありがとうございます」
皆を代表して、イルサーダが礼を述べる。
ジルゼは少しだけ微笑んで、
「いえ。無理を言って来てもらったんですから当然です。じゃあ、俺は村長の所に行きます。また、呼びに来ますので、それまではここにー」
「ジルゼ」
「何か?」
「この家の家主はどうしたんだ?」
「ここの、家主……ですか?」
「ああ。言いたくないか?」
雷砂はまっすぐに青年の顔を見上げた。
青年は困ったような顔をして、だが結局は口を開いた。
「言いたくない訳じゃないですけど、ここの家主は、その……行方不明なんですよ」
「行方不明か。いつから?」
「そうですね……霧が出始めた頃ですから、かれこれ1ヶ月くらいになるでしょうか」
「探さなかったのか?同じ村の、仲間なのに」
「探さなかったんじゃありません。探せなかったんですよ。他の事に手一杯でしたからね。っていうか、この質問、この件の解決に何か役に立つんですか?」
「役に立つというか、関わりはあるんじゃないか?そいつが居なくなったのは、霧が出始めた頃と同じ頃なんだろう?」
質問を重ねられ、段々とイライラしてきたようなジルゼの顔を冷静に観察しながら、更に雷砂は問いかけた。
ジルゼがぐっと、言葉に詰まる。
「まあ、いい。質問は次で終わりにする」
言いながら、雷砂はさりげなく室内を歩き回る。住居に残された、匂いをかぎながら。
質問は最後ーそう言われて明らかにほっとした様子を見せる青年に、雷砂はその質問を切り込むようにぶつけた。
「ここの住人は、人間だったのか?」
と。
雷砂の最後の質問を受けたジルゼは見る見る青くなり、明確な答えを返さないまま、逃げるように出て行った。
取り残されたメンバーは戸惑うように顔を見合わせている。
雷砂だけが射るようなまなざしで、ジルゼが出て行った戸口を見ていた。
「ね、ねぇ、雷砂。さっきの話からすると、この家の持ち主って人じゃないってこと?」
セイラがおずおずと声をあげる。
その声を聞いて、雷砂はほんの少し表情を緩め、がしがしと頭をかいた。
「いや、正直なところ、オレにもよく分からない。ただ、気になる匂いが残ってたのは事実だ。だから、カマを掛けてみたんだけど」
「まー、なんていうか、分かりやすく動揺してましたね」
イルサーダが面白くなってきたとばかりに笑う。
「まあ、どっちみち人間の仕業じゃないだろうなとは思ってたから、別に良いけどな。ただの勘だけど、この家の住人が解決の鍵になるような気がする」
言いながら、雷砂は家の中を見ながら歩き回る。何かヒントになる物が残ってないか気をつけながら。
だが、元々そうだったのか、行方不明になってから片づけられてしまったのか、不思議なくらい人が住んでいた気配のしない家だった。
この家の住人を伺わせるのは、かすかに香るその残り香だけ。
「とりあえず、村長さんからの呼び出しがあるまで待ちでしょうから、荷物をほどいちゃいましょう。リビングの他に部屋が二つ空るので、片方をジェド達、もう片方をセイラ達で使って下さい。私は適当にリビングで寝泊まりしますので。雷砂はー」
「雷砂は私達と一緒で良いわよ。ね、雷砂」
有無を言わせず、セイラが微笑む。
雷砂は苦笑混じりに頷き、彼女に従った。
行動を始めてしまえば、雷砂は外で活動することが多くなるだろう。
毎夜きちんと返って来れるかもまだ分からないし、寝る場所さえあればそれで良かった。
「はいはい。じゃあ、そう言う感じでいきましょう。では各自荷物を整理して呼び出しがあるまで休憩を。結界に関しても、村長さんの許可をもらうまでは動けませんから、雷砂ものんびりしてて下さいね?というか、余計な事はまだしないように、お願いします」
イルサーダの言葉に、それぞれが反応する。
「はーい。じゃあ、行こ?リイン、雷砂」
「うん」
「ああ。荷物、これ?持ってくよ」
と女チームが家主の物と思わしきベッドがある右の部屋へ消え、
「了解した。では、行こうか、ジェド」
「お、おう」
男子チームは、仲良く左の部屋へ消えていった。
残されたイルサーダは、木のイスに腰掛け小さくため息。
ちゃっちゃと解決して、ちゃっちゃと旅を再開したかったが、少し時間がかかりそうな嫌な予感がした。
大きな興業の予定はまだ組んでないので、時間的な余裕はあるが、こんな辛気くさい村に縛り付けになるのは正直勘弁して欲しい所だ。
早く村長から話を聞いて、具体的に動き始めたいー面倒くさがりなイルサーダには珍しくそんな労働意欲に溢れた事を思いながら、決して小さくはないため息を、もう一度吐き出すのだった。
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