第1章 第3話

 「そういえば、サライの村祭りに旅芸人の一座が来るらしいな」



 泉に着き、せっせと薬草を集めている雷砂らいさの背にシンファがそう話しかけた。



 「そうなの?知らなかった」



  作業に集中しながら反射的に答えると、



 「おいおい。私よりよっぽどお前の方が村の事情に詳しいんじゃないのか?」



 あきれたようにシンファ。

 雷砂は微笑って、



 「詳しくなんかないさ。それに、村の行事にはあんまり興味がないんだ。村に顔を出すのも薬草の取引のときくらいだし、詳しくなりようもだいだろ?」



 そう返す。

 言葉の通り、雷砂は薬草の取引き以外でほとんどサライの村に顔を出すことはない。


 サライは雷砂の住処から一番近い、人の集落だ。

 さほど大きくはない村だが、草原への中継地としてそれなりに賑わっている。

 草原へ向かう旅人や、草原から戻る旅人が、旅に疲れた体を休める要所―それがサライという村だった。


 そんな土地柄のせいか、小さな村にありがちな、他人を寄せ付けない排他的な雰囲気はなく、村人達はみな明るく親切だ。

 獣人族じゅうじんぞくと親しい付き合いがある、胡散臭い子供に対してもその態度は変わらない。

 とても親身に、まるで身内のような暖かさで接してくれる。


 雷砂はそんな村の人たちが、村の空気が大好きで、だからこそほんの少し距離を置く様にもしていた。

 居心地のよすぎる場所は苦手だった。

 ずっとそこにいたい……そんな甘えが思いがけず顔をのぞかせてしまうから。



 「世話になってる村だろう?たまには色々貢献したらどうだ?それに……噂は聞いているぞ?」


 「噂?」



 内心首をかしげる。噂になるようなことを、自分はあの村でしていただろうか―考えてみるが心当たりがない。



 「村長の一人娘のことさ。お前にご執心らしいじゃないか」



 シンファの言葉に、一つ年下の少女の顔が頭に浮かんだ。


 栗色の髪と瞳の、明るくて元気な少女、ミルファーシカ。

 村長が目に入れても痛くないほど可愛がっている一粒種だ。


 村に行くと何処からともなく傍にやってきて、何かと一緒に行動することが多いし、ちょっと必要以上に懐かれている自覚はある。

 自覚はあるが、しかし……



 「ミルのこと?そんなんじゃないよ。一方的に懐かれてるんだ。

 可愛いと思うし、妹がいたらこんな感じかなって、そんな風には思うけど……。でも、それだけだ」


 「そう思っているのはお前だけじゃないのか?ん?」



 からかうように言われ、雷砂は苦笑いを浮かべる。



 「そうはいっても、こう見えてオレは女だよ?女にもててもしょうがないだろ」



 いくらシンファが疑ってかかったところで、雷砂もミルファーシカも女同士。

 浮いた話に仕立て上げようというのが無理な相談だ。

 まあ、本気で思っているわけではなく、ただ単に養い子をからかってやろうと思っているだけなのだろうが。



 「もったいないな。折角もててるのに。かと言って、男にもててもあんまり喜びそうにないがな、お前は」



 ニヤニヤと、人の悪い笑みを顔いっぱいに浮かべた保護者を横目で見ながら、ささやかな仕返しを試みようと口を開く。



 「オレの心配をする前に、自分の心配をしたら?知ってるよ。この間も求婚してきたジンガ族の若長を袖にしたんだって?」


 「っっ!!誰がそんな事を吹き込んだんだ!?」


 「さあ、誰だったかな。でも、かなり残念がってたよ。ジンガ族とライガ族の絆を深めるいい機会だったのに台無しだってさ」


 「ったく。昔のお前はもっと素直で可愛かったぞ。どうしてこんなに可愛げがなくなったんだ!?」


 「誰かさんの影響じゃないの?育て方の問題だよ。子供は親に似るもんだ。そうだろ?」


 「……まったく」



 苦笑い。その瞬間、草の間を強い風が吹き抜けた。

 シンファはその風の行方を追いかけるように顔をめぐらせた。



 「そういえば……覚えているか?あの日も、こんな風に風が強い日だったな……」



 不意に思い出した記憶に懐かしさを感じ、問いかけると、雷砂も同じように風の行く先をを目で追いかけながら頷いた。



 「覚えてるよ……覚えてるさ。忘れられるわけがない。あの日を境に、オレの人生はそれまでとまるで違ったものになってしまったんだから」



 色違いの瞳が、遠くを見つめる。


 目の前の景色を、己を育ててくれた草原を、この世界を……何もかもを突き抜けて、ここにはないものを見つめるような、そんな眼差しで。




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