第41話 2087年12月23日 全米連邦 ニューヨーク州 ニューヨーク市 一橋銀行本店 思い

3階迄の吹き抜けのある、日米新旧織り交ぜた建築の一橋銀行本店 佇まいも素晴らしく行き交うお客が途切れず、小口業務は活況、待ち時間を楽しむ人々只多く


左最奥の融資課の窓口業務に、美久里の専門デスク

美久里のネームプレートには”融資課 ニューヨーク地域開発特任部長 一橋美久里”、むずがっては

「加賀さん、アイディアとしては非常に有効なんですが、何故ニューヨークに拘るんですか、京おでん:細腕の業務内容を鑑みますとボストンの再開発計画に参加された方がお仕事の軌道に乗るかと思います 勿論助成金も出ますので、開店資金の3千万には十分到達可能です」

尾が揺れる還暦を迎えた天然パーマの男、加賀

「そこはね、色々考慮してニューヨークなんだよ、うんうん」嬉々と

美久里、4B鉛筆を持っては悩まし気に、書き込んだ資料の厨房資材購入予定を再確認

「いやーこれ以上削れないですね、安価な麦秋製品もニューヨークに出張所有りませんからメンテナンスの点で駄目として そう、ここニューヨークの地代は高いですし、運転資金1億は用意しないと難しいですね それにニューヨークであればあるほど日本人の移住も多いですし、とっくにお馴染みさんは出来てますよ そして競合相手さんとの広告も丁寧に戦略を打ちませんとご新規さん獲得は困難かと、これはアイディア次第なので、もうちょっと捻りますね 一番の問題は、ダイニングに格上げしても顧客単価が然程上がりませんしね ふー不利な条件が重なりますね」尚更溜息も深く「どうでしょうか、ニューヨーク出店では当行が融資しても、焦げ付いて困ります やはりボストン出店に決めて頂けませんか 候補はまだ5つ程ありますが、うーん妥協してもブルックリンのニューパラダイスシティーのテナントかな、いや昼間の往来は多くても夜の顧客層迄は見込めないし、総じて大差は有りませんかね ここは私を信用してボストン出店、如何ですか」改めて美久里自ら推敲した提案書を差し出す

加賀、只嬉々と、受け取った提案書をぱらぱら捲っては

「美久里さん、担保は十分ありますよ、刀剣一通り ただ一橋銀行の後ろ盾が有ると無いとでは、店舗の拡大出来ないのですよ、これが まずは基盤となるニューヨーク本店です」

美久里、凛と

「それでしたら、お言葉ですが、おでんなら屋台で出来ますよね 地道に評判頂いて行きませんか、当行の名前を出されるなら相応の評判は必要です」

加賀、一笑に付す

「それも考えましたが、いちいちニューヨークの街中で刀を振りますのも憚るでしょう、こちらの評判が立っては阿呆な挑戦者が大挙します」

美久里、溜息混じりに

「その尾、武士さんなんですよね、帯刀もなんて世知がない世の中になりましたね、平成が懐かしいですよ」

加賀、見据えては

「いやはや平成の時代を知っているとは造詣が深いですな」

美久里、苦笑いしては

「いや、まあ、そこは、何せあの平成ですよ、第三次世界大戦が始まるまでは結構良い時代じゃないかなとか、でへへ」

加賀、ぽんと手を叩く

「そうだ美久里さん、まずは論より証拠、これを食べてみなさい」鞄から密封容器を取り出しては開けては蒸気が上る

美久里、ご満悦にも

「ほー熱々そう、大根が美味しそうですね、でも私猫舌なんですよ」

加賀、美久里の前に箸を置き、只勧めては

「大丈夫、熱々じゃないですよ、さあ」

美久里、容器に触れては

「ほう、適温です、さて、」透かさず箸をとる


後ろの上長席から、“コホン”三坂の咳払い


加賀、頬笑む

「これは、お昼の方が良いですかね、」

美久里、気にも留めず

「三坂さんは気にしないで結構です、お腹が空いた頃に食べるのもリサーチです それでは頂きますね」手を合わせては啄む

加賀、満悦にも

「如何ですかな」

美久里、たちまち破顔

「ほふ、良い塩梅です、リピーターになるのは必須ですね、後は食材調達ですか、ふむ」箸を止めず、夢中で資料を広げては「カリフォルニアヒライファーム、ここは昨年当行が融資しましたファームですね、成る程コネクションあるとは仰ってたのは本当ですね ここならば日本の土壌そのままは難しいですが合格点ですよ」

加賀、慇懃に

「それでは、何卒ご融資の程を」一礼

美久里、堪らず一礼するも

「はっつ、いや、それは、加賀さんが店の切り盛りをするのでは無いのですよね、改めて開店準備委員会の名簿を頂けますか」

加賀、思案顔で

「名簿ですか、急に言われても そうですな、名刺では如何ですか」机の隙間という隙間に名刺を並べて行く

美久里、並べた名刺に目を見張る

「ふむーーー、京都閥ですか、味はお墨付きと言う事ですね」

加賀、鞄から封筒を差し出す

「それから、そうそう、店長はこいつでね」封筒を美久里の前へと押す「適齢期ですから、ついでに年頃のお姉さんに如何かな、縁談の席なら設けますよ」

美久里、はにかんでは

「いやですよ、もう、私も若く無いんですよ」不意に、加賀の資料を捲ると「はっつ!えっつ…何で」

加賀、尚も

「適齢期はいつまでも続くものでは有りませんよ、美久里さん」

美久里、思いも深く

「宮武さん、、ですか」

加賀、照れ笑いしては

「まあ、よく働く弟子でね、体面上店の一つでも持たせないと、これから先弟子の成り手が少なくなる一方なんですよ」

美久里、おでんへの手が止まらず

「ううーー宮武さん」焼きちくわを頬張っては、つい涙ぐむ「いいのですか、私が門閥に加わっても」

加賀、深く佇み

「美久里さん、八反からサンティアゴの旧大統領府州知事公舎の武勇伝は聞いております、あなたは実にしぶといお方だ まあ止めですが、幾つになろうとも、娘菜穂子の押しの強さには敵いません、そう、そろそろ京都に帰って来いとも言ってますが、レニーワイナリーのぶどう畑が気になる様でしてね、いつになるやらです」

堪らず背もたれに仰け反る、美久里

「おお菜穂子さん、、ワインはあと3年か、ふふ」向き直っては、尚も容器のがんもへと箸を延ばす

加賀、従容と

「それもこれも、第三帝国のしくじりが一段落すれば良いのですがね」

美久里、ふと箸が止まる

「それ死闘とかですか、やはり相手は堂上さんかな」

加賀、微笑

「そうです、堂上です 伸びしろを使って、五分五分ですかな」

美久里、目を見張り

「いえ生きてます、きっとです、堂上さんも、そして宮武さんも、」思わず左手で机を叩く「ああそれで、それなら、いや、ちょっと言うのもこれ恥ずかしいですね」ただ昆布に食いつく

加賀、感嘆

「さて世の中にはお金でも手に入らないのもあるのですな、いやこれ以上は乙女心を傷つけますかな」

美久里、視線を下げ

「いざ、向き合うと溜息ですね、私の立場も有りますし」

加賀、悠然と

「一橋財閥は美久里さんあっての安泰ですが、更に飛躍するにはそれなりの心積もりが必要です、良い機会と思います」

美久里、つい口を尖しては

「はい、それは良いのですが、お招き出来る披露宴の会場がとんと見当たらなくて、」

大いにこける、加賀

「今は、そこのお悩みですか、」目を見張る

美久里、拳を固めつつ

「こう、何と言うか、アットホーム的な、何かなんですよ」

加賀、しばたかせ

「そこは、演出では醸し出せませんよ、美久里さんのお人柄を押すだけです、宮武と話して見なさい」

美久里、はっとしては

「そこです、宮武さんと相談してないからですよ、もーそこかー」

加賀、頬笑み

「そこまで好かれるとは、宮武も成長したものですな」

美久里、ただ頬笑む

「ええ勿論、至って心よりです、あれ、すんなり言えた」不意に素に戻る

加賀、綻ぶ

「クリスマスですからな、主の御心にも触れましょう」

美久里、切に手を組み、瞳を閉じる

「全ては御心のままに」ゆっくり瞳を開け「ですが、全ては宮武さんが生きて帰ってからのお話ですね さて、ご融資は、」こことぞばかり綻ぶ

息を飲む加賀

「融資は、」

美久里、嬉々と

「はいニューヨーク、結構でーす、」ニューヨーク出店の決済書に電子印を豪快に押す


電子印に呼応して忽ち行内中に音楽が鳴り響く


加賀、つい小躍り

「おお、目出たい」

美久里、カウンターから飛び出しては、加賀の手を取り合ってははしゃぐ

「きっと大繁盛ですよ、私も通いますよ」

小走りに詰め寄る融資課職員達

「頭取、また無茶な決済ですか」

「何を担保にしたんですか、皆が真似します、頭取、止めて頂けますか」

「頭取は目利きですが、控えて下さい」

「頭取、ですから融資課はボランティアでは有りませんよ」

三坂、一同掻き分け

「頭取、お話が」

美久里、毅然と

「三坂専務、ここで結構です」ピシャリと

三坂、手持ち無沙汰に眼鏡を持ち上げ

「この手は詐欺とお考え下さい」

加賀、苦笑しては

「いやいや、三坂さん、お人が悪い、きっと京おでん:細腕は大繁盛間違い無し そして何より惚れているのは美久里さんですぞ、ここに割込む余地など私等には有りません、お分かりですかな」

美久里、照れ混じりに加賀の座っていた椅子に座り込み

「もう、嫌ですよー加賀さん」手持ち無沙汰に、ぺろりと大根を啄む

三坂、美久里を見据えては

「頭取の窓口業務は、これをもって当分お控え下さい」

美久里、ただおでんの容器を持ち上げ、三坂を見つめては

「そこはお構いなく、美味しい物食べれないじゃないですか」尚も最後のちくわぶをついばむ

三坂、慇懃にも

「先日、ブルックリンのニューパラダイスシティーの入口に漸く出店した、手巻き寿司のお店、軌道に乗れてませんよ、肝いりと仰ってましたよね」

美久里、憮然と

「言いましたよ、現在午後の賑わいは上々です、テーブルには私の手作り巻き方のステッカー貼りましたから、回転は早まって来ています 改善されていますが何か物足りませんか」おでんの容器を閉じては「加賀さん、おでんごちそうさまでした、非常にグーですよ」ただごちそうさまのポーズ

加賀、頬笑み

「ホテルの厨房借りましたが、滞在中にまた持って来ましょう その際はサイドメニューのご指導も頂きたいものです」

美久里、嬉々と

「お願いしますね、必ずですよ、お待ちしてますからね」

三坂、苦笑しては

「頭取、やはり特定のお店に肩入れされては、面目が立ちません なんせ頭取ご指名の稟議書が山とあるのですよ」

只管、必死に頷く融資課職員達

美久里、尚も

「全てのお店が軌道に乗っていれば問題有りません それに三坂さん、山となった稟議書に何を焦っているのですか このニューヨークは日々流入しています、気長に柔軟な対応も大切ですよ」

三坂、にべもなく

「確かに、ごもっともです」


間も無く昼の刻を告げる鐘が鳴る

美久里、はっとしては

「さて、おこわ食べなくちゃ」いそいそと席を後にする

盛大に転ける融資課職員達

「もう昼か、」

「如何、この時間しか相談出来ない」

「私が先だ」

「いや私だ、ニューパラダイスシティーの三階層化が始まってる、まずいんだよ、今から購買層が分離されては、ただのウィンドウショッピングだ」

「ニューパラダイスシティーならこっちだ、モールテナント案件が、頭取が戻られてやっと4/5だ、再募集検討しないと」

「そんなの放っておけ、アベニューのリニューアルが重要だ、観光客のリピーター率が広告代理店の報告書見るとかなり下がってる」

「ああ、ミレニアムからこの方、流石にくすんで来たからな」

「頭取、お待ちを、」美久里に一斉に追い縋る融資課職員達


三坂、溜息混じりに

「加賀さん大迷惑です、美久里様が困りに困って幾つもの縁談断った事にしないと、皆様が納得しません 何を急がれます」

加賀の口角が上がる

「ふふ、こちらの弟子もそう簡単に死なれては困る、しかし、これでは死ぬに死ねまい、ははー」豪快に笑い飛ばす

三坂、微笑

「美久里様が決めたのでは仕方有りません それで加賀さん、おでんもう無いのですか」空の密閉容器を物欲しそうに

加賀、破顔

「三坂さんは、ニューヨーク店のオープンまで待ちなさい、はははー」只、高笑いが豪快に響く

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