2055年 プレイバック

第16話 2055年7月4日 アメリカ合衆国 フロリダ州 オーランド市 低温治療タウン

2055年7月4日 アメリカ合衆国フロリダ州オーランド市 郊外の湖畔を望む巨大な治療施設 低温治療タウンに突如アナウンスが鳴り響く

「日本語スタンバイ 緊急事態につき、全てのカプセルを開きます、低温治療は一旦停止します 日本語スタンバイ 緊急事態につき、…」


小学生かと思しき少女が、低温治療カプセルの治療ジェルから起き上がる

「日本語、でも私、何故言葉を」治療ジェルで冷えきった院内服が体を震わせる

部屋に漏れ伝わるマシーンボイス

「松本歩美あゆみさん この言葉が理解出来るなら タオルで治療ジェルを拭き 服に着替えて下さい」

歩美、タオルを掴み

「声、人がいない」

「私の声は 衣装箱にあるブローチから話しています ご質問は答えられる範囲でお話します」

歩美、治療ジェルを丹念に拭いて行く

「わかった」

「この機会です 屋上出られて外の景色を眺めては如何ですか 感染症対策ナノマシーンが機能していますので術後でも問題有りませんよ」

歩美、不思議顔で

「外」

「アメリカのフロリダです 湖が綺麗ですよ」


施設の部屋の扉が次々開かれるも、廊下には目眩と息絶える人々の山

歩美、つい寄り添うとして

「みんな、助けないと」

「問題ありません、専門スタッフが対応中です 治療者の心拍数が上がりますので過剰な接触はお止め下さい」


そして、屋上への階段

治療者の呻き声が続き、ただのたうち回るも 歩美、足場を求めては階段を上がる


屋上にて、湖を望む眺望 低温治療カプセルから出た人々、項垂れてはブローチからの声に傾け、余りの絶望に打ち拉がれ横たわる

歩美、不思議顔で屋上の治療者達を見渡す


歩美、尚も

「私は誰、誰なの」

ブローチからのマシーンボイス、ただ朴訥に

「会話は良好 低温治療カプセルでの冷凍睡眠教育カリキュラム及び児童育成保守は問題有りませんね あなたのお名前は松本歩美 日本人 2017年生まれ 実年齢38才 見た目は低温治療中に伴う児童育成保守で8才です」

歩美、動揺しては

「お父さんとお母さんはどうしたの」

「松本家の親族に関しては全て死亡しました 歩美さんが残るのみです」

歩美、涙が止めどなく流れる

「何か寂しい」

マシーンボイス、尚も朴訥に

「それが普通の感情です 家族と呼ばれるものは未成年のうちに親御さんの愛情を受けて育ちます しかし今は戦後 その法則は当てはまりません」

歩美、胸をすくう

「戦後なんだ」

目の前の景色は新緑が生い茂り、夏がこれから始まろうとしている


定期的なアナウンスが鳴り響く

「現在 事態収拾中 事態収拾中」

歩美、不意に

「ねえ、このまま起きてる事は出来ないの」

「現在緊急事態の為 低温治療カプセルを開きましたが完全治癒はされていません 一日も早い完治をすべく 復旧後低温治療カプセルにお戻り下さい」

歩美、不安顔で

「誰が私を起こしたの」

「パキスタンの統合管理センターに連絡が取れない今 鋭意調査中です 補助プログラムも作動しない現状ではパキスタンの統合管理センターが破壊された可能性が高いです テロ案件として捜査に入りました 尚低温治療タウン始め世界各地の分離施設の状況は事態収拾中です」

歩美、覚えたての言葉を反芻

「テロ、これがテロ」

「原因不明ですが テロが高じてパキスタンがインドに宣戦布告しました またもなすり合いです」

歩美のまなじりが上がる

「せんそう、戦争、」

「そう 第三次世界大戦以来の戦争です 辛うじて救われているのが核兵器の完全撤廃で大量殺戮が不可能な事です」

歩美、尚も不安気に

「私は誰を頼ればいいの」

「国連による第三次世界大戦後移民プログラムが継続中です 完治しましたら詳しくご案内します」

歩美、はっとしては

「お父さん、お母さんは、本当にいないの」

マシーンボイス、延々と朴訥に

「ご家族で生存しているのは歩美さんだけです ただお仲間は沢山います 共に生きて行きましょう」

歩美、言葉を噛み締めては

「共に」

「完治され低温治療タウンを出られたら 幾つかの国を選択出来ます 私達のお勧めは安全なシドニー連邦です」

歩美、不思議と言葉がこぼれる

「シドニーって旧オーストラリアの」

「中国がオーストラリア北半分に原爆10個落としましたが同国内でスムーズに移り住み シドニー連邦として見事復興されています これもイングランド連邦の追加支援があればこそです」


不意に歩美のブローチのLEDランプが黄色から青に変わる

「松本歩美さんのナノマシーンによるメディカルチェック完了 セントラルドクターの診察 二次診察によると後は抗剤で完治するので低温治療カプセルの優先度は最後になります 新たな収容先が決まる可能性が有りますので執拗に接触して来る人にはくれぐれも気を付けて下さい」

歩美、不思議顔で

「執拗な人」

「第三次世界大戦から30年余り 世界は労働人口が圧倒的に不足しています その為死ぬ迄拘束出来る児童の誘拐が後を断ちません 各国最重要議題として取り上げていますが現時点の帰還率は30%です 呉々も軽はずみな行動は避けて下さい」

歩美、身構えては

「それは奴隷なの」

「そうです 言葉巧みに 三食食べられる お父さんお母さんに合わせて上げる 友達が沢山出来る これ以外にも切りがありません 甘い言葉には騙されないで下さい」

歩美、引き攣る様に

「悪い人」

「そうです悪い人は沢山います その為に2030年イタリアが自国返上再編成し圧倒的な世論と支持の元 ローマ参画政府として世界の新たな諮問機関となりました もし困った事態に陥ったらお近くのカトリック教会に頼って下さい」

歩美、逡巡しては

「ローマに、」

「そうです ローマ参画政府です 幸せを追求し生きる権利は国際人権法で守られています」

歩美、繰り出す様に

「国際人権法に守られてるって、それ分からない」

「お話が長くなるので割愛します すでに冷凍睡眠教育カリキュラムで記憶の中に有りますので直に思い出します」


顔も青ざめ必死の形相で上がってくるローティーンの女子、日本語で訴える

「お機嫌が冴えない方、全米連邦に連絡しましたから間も無くドクターヘリが来ます、それまで堪えて下さい」

歩美、毅然と

「はい」

息を切らすローティーンの女子、屋上をぐるり見渡し

「はあはあ、強制的に起きたら現実の直視ね、皆第三次世界大戦の現実に打ち拉がれるのね」嘆息

歩美、心配げに

「大丈夫ですか、お姉さん」

ローティーンの女子、苦痛ながらも微笑

「大丈夫、私は一橋美久里、あなたは」

歩美、漸く自分の名が馴染む

「松本歩美です」

美久里、不意に涙が伝い、歩美を抱きしめる

「その姿なら原爆の惨劇知らないのね、もう大丈夫よ、私達絶対生きられるわ、なんとしても生きましょう」


上空にはヘリのプロペラ音が、低温治療タウンの患者を救出すべく次第に集まってくる

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