第10話 2087年9月12日 全米連邦 チリ州 サンティアゴ市内 谷地ビュッフェ

サンティアゴ市内 観光街の片隅に、日本語で書かれた看板の谷地やちビュッフェ 店前に男女3人組が立ち竦む


北浜、谷地ビュッフェの店前に貼付けられた無数のステッカー見ては

「おいおい、これ、見慣れない推薦ステッカー、ここの店ってFBI直営なんだろ」

阿南、鼻息も荒く

「知ってるなら早い、こっちも日本の末端だ 北浜、もちろん協力するだろう」

北浜、顔をしかめては

「どうかな、辺境の案内人は委託が多いからな 右も左も愛想がいいのが相場だ、こっちの動きが見透かされるぞ」

阿南、大仰に

「その為の俺だろう、任せろ、万事ハートトゥハートだ」

美久里、興味深そうに眺めては

「うんうん、中々良い感じですよ 佇まいは少々狭いですが、ドアに往来の跡が多々残ってます、正しくお馴染み店ですね 早く入りましょうよ」阿南と北浜の手を引く


“カラン” 谷地ビュッフェの入り口ドアの音が鳴る

常連素振りで入り口間際のテーブルを陣取り、新聞をようよう下げる男、貴志

「よう、阿南じゃないか」事も無げに

阿南、意外な素振りも無く

「ふっつ貴志か、今度は何を追ってるんだ」

北浜、伺っては

「阿南誰だ、知り合いか」

阿南、大声で捲し立てる

「国連査察団の貴志だ、硝煙のニオイのする所には何故かいやがる、いい加減左遷されろ、いい迷惑だ」

貴志、ほくそ笑んでは

「ただのバカンスなのに御愛想だな、所属名出されたら仕事思い出すだろ、本当やだね まあ阿南の事だ、俺を気にせず暴れてくれればそれでいい、絶対気兼ねするなよ」

美久里、不機嫌にも

「ふむ、何か好きになれませんね」

貴志、口角が上がる

「見るところでお姉さん 私、一橋フレンドクレジットのブラックカード持ってるんですよ、始めての地でのコンシェルジュは非常に役立っています」ブラックカードを翳す

美久里、目を細めては

「自称貴志さん、その指除けて貰います、番号読めませんから」

阿南、拳を固めては

「美久里さん、カードを使用停止しても、こいつの伝手はごまんといますよ」

貴志、楽し気に膨れ上がったカードホルダー翳しては

「やや正解 一橋さん、本当に一橋フレンドクレジットが一番ですから、手段を講じての使用停止は止めて下さいね」

美久里、慇懃に

「貴志様、ご利用ありがとうございます」隙あらば番号覗く

北浜、呆れては手招き

「もういいから、空中戦は時間の無駄だ 阿南、前に来い」

貴志、見据えたまま

「一橋さんに北浜さんに次いでに阿南、この店、どのメニューも旨いですから、是非ご堪能下さい」口角が上がる

北浜、困り顔で

「紹介も無しに俺の名前もか、早速常連で、何張ってやがる」

阿南、押し止めては

「貴志はこういう奴だ、構うな」

貴志、悠然と

「張るも何も、結果として同じかもしれませんね」

カウンターから初老の店主、谷地

「終ったかい、いらっしゃいくらい言わせてくれよ」

阿南、振り向き

「店主なのか」

北浜、小躍り

「やたら、日本人に会うな でも有り難い、旨さは指折りか」

谷地、嬉々と

「そう谷地だよ、今更それかい、日本人は勤勉で通ってるから、大通りの片隅でも店主にはなるよ」

美久里、得心しては

「日本人の身元だけで、ご融資の額は倍保障ですからね このお店の佇まい察するに、いち銀行の融資課職員としては頼もしい限りです」

阿南、身を正しては

「ふん、日本の銀行は本当に審査が甘いですね ですが、その勢い日本復興に是非ご協力願いたいです」

美久里、ふわりと

「審査が甘いとは心外です、ここは支援ですよ、これも日本人の地位向上の為です それに今や日本語も艱難辛苦の末今や五本の指に入る公用語では有りませんか、阿南さん、少々急ぎ過ぎですよ」

阿南、背筋を伸ばし

「ごもっともです、美久里さん、感服します」

谷地、合いの手を入れる様に

「それで、この中なら、お姉さんが訳有りなんでしょう、用件は何かな」

美久里、切に

「ええ、さすが谷地さん、第三帝国を少し」

谷地、敢えて目を逸らす

「それか、高いメニューを、是非お願いするよ」

阿南、訝し気に

「つっけんどんな対応だな、店主」

北浜、食い下がっては

「店主、ガバメントカードで良いだろう、幾らでいいかな」

谷地、コンロに火を通す

「ふん、今時情報料なんて、決算書に書けんだろ 兎に角お腹空いてるだろう、カウンターに五カ国語のメニューあるから目を通しなさい」

美久里、スカートを翻し嬉々とカウンター席に飛び込む

「ふふ、老若男女問わず考え抜かれたメニュー、良心的なんですね」忙し気にメニューに没入

谷地、頬笑む

「それは食べてからにしてね」



一同、魚介スープ:ソパデマリスコスに舌鼓しては食が進み一斉に終る

美久里、谷地に一礼

「ふう谷地さん、美味しかったですよ、魚介スープもパンも最高です」

阿南、ノンアルコールのモテコンウエシージョのコップを持ち上げ

「食い過ぎたくらいの食感だな」

北浜、満足げに

「確かに、ここで情報得たら食事回らんで済むな」

谷地、従容と

「それで、第三帝国の何を探してる」

美久里、鞄から写真を差し出す

「ある情報将校のヘルマン・ブット、この写真の顔、ご存じないですか」

谷地、鼻で笑っては

「こいつな、こいつは、あいつしかいないだろ、情報の内に入らないよ」

阿南、食い下がっては

「店主、それを洗いざらい教えて頂きたい」

北浜、うんざりと

「おいおい、本当にそいつかよ、阿南下調べして来いよ」

阿南、事も無げに

「ふん、チリ州知事だぞ 最初から写真晒したら、日本の放送倫理委員会で自主規制が入ってお蔵入りに決まってる、秘めていた美久里さんの判断は正しい」

美久里、微笑

「このブローチカメラに自動送信機能無いのが救いですね」

北浜、苦い顔で

「やれやれ、全米連邦の汚点だな、もし本当なら対応に大わらわですよ」

美久里、悟っては

「いいえ、ここで全米連邦の真価が問われます、大丈夫乗り切れますよ」

阿南、不意に

「美久里さん、何を考えています」

谷地、腕を組んでは

「このお姉さんは賢いよ でもいいかい、良く聞きな、これ以上踏み込んだらサンティアゴが戦場になるね、早く引き上げた方がいいよ」

美久里、慇懃にも

「いいえ谷地さん、情報は確かに頂きます このままワトソンのそっくりさんで終ってしまっては同胞に顔向け出来ません、私は確たる証拠が欲しいのです そしてけじめをつけます」

谷地、逡巡しては

「証拠も何も、切り口がね…優しい離陸をしないと、けじめまでいかないよ」

美久里、凛と

「谷地さん、今お答えが出ないなら、何日でも通いますよ だって美味しいですもん」

谷地、くすりと

「それも、有りかな」


そのまま、長いティータイムに移る一同

不意に配達の男が入って来る

細面ながら、隈無く筋肉に無駄の無い成人男子、宮武みやたけ

「こんにちは、レニーワイナリーです、ご注文の品はお持ちしました あれ谷地さん、この時間に珍しくお客さん、それなら裏手から入るよ」

谷地、手で置き場所示しては

「やあ、宮武ちゃん、ここんとこの仕入れで裏は置き場所無いよ、そこの空いてる席の横に置いといて」

宮武、嬉々と

「へえ、日本人で労働じゃなくて観光客とは珍しいね、良い旅を」帽子を脱ぎ会釈

美久里、みるみる顔色の血色が良くなり

「ありがとうございます」

谷地、察しては顔が緩む

「そうだよ宮武ちゃんさ、このお姉さんが第三帝国嗅ぎ回ってるよ、代わりに話してやってよ」

宮武、困り顔も

「えっつ、俺が、まあ分かってる事だけなら、怒られないかな」

貴志、入り口席より躍り出る

「おい、さっきから第三帝国ってあの第三帝国か」

阿南何度も首を振る

「貴志、こことぞばかり出て来るな、」

貴志、空いているカウンター席に腰を降ろす

「いいだろ、暇なんだよ、で何が始まる」

宮武、飄々と

「うわ人多いな、俺何も悪い事してないよ」

谷地、嗾ける様に

「嘘付け、第三帝国に肩入れするなんてどうかしてるよ、足洗っちゃいなよ、宮武ちゃん」

宮武、真顔に戻り

「谷地さんも言うね、そうもいかないんだよね、成り行きもあってさ」

北浜、目を細め

「こいつ、生っちょろい事を、なんなら州警察で用件聞こうか、」

宮武、歯噛みしては

「それ、どんな令状持って来るんだよ、別件もいいところでしょう、全米連邦関係者なら協力出来ないよ」

北浜、喧嘩腰に

「おお、全米連邦入植準備局の北浜だ、確かレニーワイナリーとか言ったな、不法労働とかで難癖付けてもいいぞ、どこ経由してきた日本人だ、ID出せよ」

宮武、弁舌さわやかに

「職業の自由は、全米連邦憲章で守られています 職務質問も程々にしないと、うちの腕利きの国際弁護士が職責降格させますよ」

北浜、尚も

「温い事はいいんだよ、ちょっと顔貸せや」

美久里、窘める様に

「北浜さん、根拠が全く無い別件逮捕は無謀です、お考え改めて下さい」

貴志、割って入るかの様に

「さて反米レジスタンス追い出す為には諸々見ない振りもしてきたが、第三帝国が勢力を伸ばされては困るな ねえ宮武君、現状維持って言葉知らないかな、何かと騒ぎ大きくしては皆が困るよ そして北浜さんも頭冷やしましょう」

阿南、舌打ちしては

「貴志、お前国連だろ、第三帝国野放しにするな」

貴志、理路整然と

「阿南も難しい事言うな、古今東西一枚岩の国が有るか、孫請けが抜けたら、全米連邦が綻ぶぞ」

美久里、取り繕う様に

「ちょっと皆さん、お話が拗れる寸前ですよ それより宮武さんからお話を聞きましょう、その上での判断が理性的ですよ」

宮武、満面の笑みで

「折角の女子のお言葉ですから、そうしましょう」

美久里、柄にも無く有頂天で

「ほっつ、ねえねえ宮武さん、恋人とかいます?」

北浜、興奮しては、

「おお、直球かよ、思わず見逃しちゃったよ、何が起こった」

宮武、尚も笑みで

「いやー、仕事忙しくてね、本当、募集中だよ」

美久里、照れては

「やだー、その募集見ちゃいましたよ」

宮武、乗っかっては

「そうだよね、見えちゃうよね」

阿南、軽い目眩しては

「ああ、美久里さん、かなり脱線してますよ、こいつは第三帝国側ですよ、いいですかお忘れなき様にです」

美久里、凛と

「これも引き出す為のトークです」

北浜、目が泳いでは

「そんなのベテラン刑事でもしないですよ、」

宮武、大手に

「いいの、いいの、」

北浜、うんざりと

「お前が言うな、」宮武の頭張ろうにも不意に何かで手が止まる

宮武、油断も無く北浜の右手を握る

「武士相手にしたなら、これだよね、その先も分かるでしょう」

美久里、嬉々と

「宮武さん、かっこいいですよ、ふー」


突然、察したかの様に店のドアが開く

三十路越えた体躯の整った日本人、八反はったん

「おい宮武、早く納品しろよ、配達残ってるぞ」

宮武、北浜の手を振り切る

「八反さん、駄目です、今尋問中です」

美久里、一礼しては

「すいません八反さん、宮武さんお借りしてます」

宮武、八反に向き直り

「第三帝国の事話せとか捕まっちゃてですよ、あれそうだよね、まだ話してないよね」

八反、一同を見渡しては閃く

「日本人が多くて楽しそうじゃないですか、宮武、いい機会だ、あそこ紹介してやれ」

宮武、苦い顔しては

「あそこってフォレストワイナリーとか、いやー」

八反、偉丈夫に

「あそこなら諦めて帰るだろ」

美久里、手に指文字で書いては

「ふむふむフォレストワイナリー、ワイン蔵ですか」

宮武、美久里の一挙手一投足を見据える

「そうフォレストワイナリー、マウレヴァレーのね 但し反米レジスタンスだけど、」

北浜、ハッとしては

「いや待った、その反米レジスタンスと第三帝国の接点って何だ」

貴志、従容と

「詳しい事は分からんが、おおよそ手打ちしたんだろ、よくある話だ」

阿南、偉丈夫に

「ふん、反米レジスタンス位気にするな、こっちは幾らでも張っ倒してやる」

北浜、同じく偉丈夫に

「まあな、全米の清浄化の最終段階だ、乗ったぜ」

貴志、嬉々と

「阿南達もさ、それ罠じゃないのか」

八反、凛と

「俺たちは武士だ、ここは信じて貰って構わない 次いでに言えば第三帝国の幹部連中が何か知らないが通い詰めてたらしい」

宮武、くすりと

「ドイツ系移民って、安ワイン好きなのかな」

美久里、何度も頷いては

「宮武さんも武士、うんうん」破顔

八反、美久里を見ては頬笑む

「皆さんどうしますか、行けば分かりますよ」

谷地、遮るかの様に

「さてさてお兄さん方、兎に角背後に第三帝国いるの忘れるなさんな、ついでにここで話した事も内緒だからね」

宮武、八反を見据えては

「八反さん、いいのかな」

八反、優しくも

「いいんだよ、あそこは施設の構造が謎だ、探って貰った方がいい」

貴志、入り口のテーブルへ向き直り

「やぶさかじゃないのは難民キャンプだけで結構、俺は遠慮しておく、安ワインは次の日も残って好かんからな」

阿南、八反に問い詰めるかの様に

「八反さん、折角の情報だが、第三帝国って一枚岩じゃないのか、これは罠か、敢えて聞くぞ」

八反、一歩も引かず

「こちらの所属は何れ分かろうが、どこも利害が一致しているだけだ、ただそれだけだ そしてこの尾がある以上、武士に謀は一切無し、教えたのですから後で詳らかに聞きますよ」後ろに伸びた尾がたなびく

美久里、一歩進み出ては

「ご報告ですね、全て終ったら、そう、お邪魔でなければ、レニーワイナリーさんに行きますね」

八反、大手に

「ああ大歓迎ですよ、美久里さん、カサブランカヴァレーのレニーワイナリーで分かる筈です、お待ちしてますよ そして、何より宮武を気に入るとは、実にお目が高い、兄弟子としては歓待せざる得ません これをお収め下さい」慇懃に名刺を差し出す

美久里、お辞儀しては八反の名刺を貰う

「ありがとうございます」

宮武、取って付けたかの様に全身叩いては

「俺も名刺って、車か、そう車、」

八反、宮武の首根っこ捕まえては

「おい逃げるな、ここは途切れさすな、いろ、ほら」美久里の前に差し出す

宮武、背筋をシャンと伸ばしては

「俺、チャラいのにいいの」胸のポケットから名刺を一枚仰々しく差し出す

美久里、大いに頷く

「これでも人を見る目があるんですよ」頬笑んでは、宮武から慇懃に名刺を貰う「ありがとうございます」

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